持続可能な社会の構築に向け、環境や貧困、格差など社会課題を主体的に学び、判断し、行動できる人材の育成に寄与する教育:ESD(Education for Sustainable Development)が求められている。
児童生徒が社会課題を自分ごと化するのは容易ではないが、世界が直面する社会課題の中でも深刻な「難民問題」に取り組み、70%のリピート率と累計4,322校参加の実績を誇る、参加型学習プログラムをここに紹介したい。
ユニクロやジーユーを展開する㈱ファーストリテイリングが国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)とのパートナーシップのもと10年前から実施している「“届けよう、服のチカラ”プロジェクト」だ。
“届けよう、服のチカラ”プロジェクトは、「出張授業」と「子ども服の回収活動」で構成される。出張授業では、学校の近隣のユニクロ・ジーユー店舗従業員やファーストリテイリング本部社員が講師を務め、世界の難民問題やSDGsについての授業を行う。その後の服の回収活動では、児童生徒が自由にアイデアを出し合って実施する。校内だけにとどまらず、近隣の幼稚園や商店街に自ら電話で交渉し、手作りのチラシやポスターをもって協力を依頼するなど、自主性が発揮される展開である。
運用の柔軟性も同プロジェクトの特徴だ。総合的な学習(探究)の時間はもちろん、学校によっては、社会で難民について学びを深めたり、家庭科で服や環境を扱ったり教科横断で取り組む事例も報告されている。
――実際に参加した2校を取材した。
兵庫県立川西北陵高等学校は総合的な探究の時間で同プロジェクトを取り入れた。狙いの一つは「国際貢献を人任せにせず、共に考える自分たちの問題、『自分ごと』として取り組むこと」。中でも重視したのは「グローカルな力の創造」だ。この考え方は、まさにESDといえるだろう。「グローバルとローカルを両立できる学習活動は決して多くありません。その点、このプロジェクトは非常にしっくりきました」と同校の稲中優子教諭はいう。
最初はためらいもあった生徒たちだったが、同プロジェクトでの経験を経て日に日に変化を見せる。出張授業では、企業で実際に活動している講師の話が、大人になりつつある17歳の心を捉えたようだ。真剣に耳を傾ける様子があったという。
回収活動では、2年生196名が地区別のグループに分かれ、卒業した小学校でプロジェクトに関する授業をしたり、地域に回収協力を依頼したりした。地区別の少人数グループに分けたのは主体的な活動を促す目的に加え、「地域の方に生徒の成長を見てほしい」との思いからだ。回収協力は近隣の公民館からのスタートだったが、やがて川西市や隣接する猪名川町に広がり、最終的には30か所もの協力を得た。時には失敗もあったが、その度に地域の人が教えたり励ましたりとサポートしてくれたという。「『世の中の人は優しい』と信じられるようになった。とても大きなことだったと思います」と稲中教諭。近隣地域を巻きこんだ活動により、社会の一員としての認識や行動力が育つとともに、「開かれた学校づくり」も加速した。
活動の終盤では、回収した服が実際に難民に届けられた様子をフォトレポートで知り、心を動かされた様子の生徒が多かったという。「自分たちが汗をかいて取り組んだことを笑顔で受け取ってもらえた。生徒にとって大きな経験でした」稲中教諭は力強く語る。
「目的が明確だからこそ、子どもたちが一つになったのだと思います」そう語るのは横浜市立嶮山小学校の米倉明日子主幹教諭だ。同校の個別支援学級(特別支援学級)では、1年生から6年生までの児童が生活と総合的な学習の時間でSDGsに取り組んできた。
SDGs学習が始まって3年目に導入したのがこの“届けよう、服のチカラ”プロジェクトだ。それまで動画や本で世界のさまざまな課題について学び「自分たちも何かしたい」という思いがむくむくと出てきたタイミングでの同プロジェクト開始。学んできた国際課題が、出張授業により「世界で本当に起きていることなんだ」と一気に身近なものとなったという。
回収活動では、地域の協力も得て校内外での呼びかけを行った。保護者からは「回収にそなえて服をためています。来年もやりますよね」との声もあり、大きな関心を呼んでいることがうかがえる。
同プロジェクトでは、回収した服の行き先を動画やフォトレポートで児童生徒に伝えている。ファーストリテイリング サスティナビリティ部 ビジネス・社会課題解決連動チームの山口由希子氏によれば、「回収して終わりではなく、参加校にフィードバックし、活動の振り返りに活用してもらうことを大切にしています」。嶮山小学校でも「成果がリアルに感じられた結果、児童生徒が自分と社会のつながりを強く意識できるようになり、児童のやる気につながった」という。
同プロジェクトでの経験は「もっと世界のためになる活動をしたい」という子どもたちの思いを呼び起こした。難民問題から環境問題やジェンダーギャップなどに広がった学びを世界に向けて発信したいと、全員が英語での発表に挑戦。さらには飢餓問題への取り組み・国連WFP訪問へと広がっていった。
「個別支援学級に在籍しているからといって、教師が活動に制限を設けるようなことは一切しませんでした。児童を信じた結果、主体的に考え始めたのです」
そう回想する米倉教諭の言葉からは、同プロジェクトが児童のもつ可能性の扉を開いたことが感じられる。
ファーストリテイリングが大切にしているのは、次世代を担う児童生徒に貢献したいという思いだ。「難民」という国際的な課題に等身大で取り組む。その一連の過程はESDそのものと言えるだろう。
参加校は増え続けているが、難民の数もまた増加の一途をたどっている。世界ではまだまだ“服のチカラ”が求められているのだ。
このプロジェクトの対象は日本国内の小学校・中学校・高等学校(一貫校・特別支援学校など含む)だ。
2024年度の申込は2024年4月15日(月)まで受け付けている。参加費は無料。詳しい流れや手順、申込みはこちらのページから。
“届けよう、服のチカラ”プロジェクト
対象:
日本国内の小学校・中学校・高等学校(一貫校・特別支援学校など含む)
応募方法:
応募フォームはこちらから
応募締切:
2024年4月15日(月)まで
概要:
1 授業(6~8月)
「服のチカラ」について学ぶ。
ユニクロ・ジーユーの社員が学校を訪問し、講師となって出張授業を実施。
2 呼びかけ(授業後)
校内・地域へ協力を呼びかける。
3 回収・発送(~11月)
服を回収し、倉庫へ発送。
4 報告(1月)
難民キャンプに寄贈した様子をまとめたフォトレポートが届く。
問い合わせ先:
“届けよう、服のチカラ”プロジェクト事務局
Eメールアドレス:fukunochikara@fastretailing.com
インパクト調査:
ファーストリテイリングは2020年に、インパクト調査を実施。11校に協力を依頼し、プロジェクト開始前と開始後に定量調査を行った。SDGsや難民の理解度アップはもちろん、「世界で起こっている問題について、私はその問題を解決できると思う」と答えた児童生徒の割合は16%から29%に増加。「他の人に、環境保護や世界の人たちの役立つような生活を勧めた」は20%から30%、「国際的な機関やチャリティ団体に寄付をした」は22%から26%など、社会問題に対しての行動変容も確認できた。