「GIGAスクール構想」の推進や改訂学習指導要領の実施により、各学校にはデジタル端末を活用して、探究的な学びを展開することが求められている。とはいえ、現職教員の多くはそうした学びを経験したことがないだけに、戸惑う人も少なくない。そうした中、奈良県にある西大和学園では端末やクラウドサービスを活用しながら探究的に学ぶ活動が、幅広い教科・領域で展開されている。生徒がゼロベースから作り上げた2022年度の文化祭にスポットを当てる形で、同校が展開する教育実践をレポートする。
「教員は一切、手を貸しませんでした。Web上に公開されたコンテンツは、全て生徒たちが自ら考え、必要なリソースを探し、学校と予算折衝をしながら創り上げたものです」
同校の光永文彦教諭は、2022年度に開催された文化祭についてそう語る。この年、同校の文化祭は対面での来場を保護者と卒業生に限定し、それ以外の人たちはオンラインで参加する形で開催された。オンラインではWebサイト「NYG(西大和学園)streaming.info」を公開し、ダンスや歌、バンド演奏、演劇、部活動紹介などの動画などを配信したが、これらは全て生徒がゼロベースから創り上げたものだという。
公開されたコンテンツの中でも一際注目を集めたのが、同校の校舎をクラウドサービス上に再現した「3D校舎」だ。ユーザーがブラウザ上からアクセスし、校舎内を自由に散策でき、バーチャル空間内の教室に入ると生徒たちの作品画像が展示されていたり、謎解きクイズが張られたりしている。玄関から廊下、各教室、階段、中庭に至るまで精緻に再現されており、クオリティーの高さに驚かされる。
これらコンテンツの制作を中心となって担ったのは、同校の「技術統括局」だ。生徒会でも部活動でもない組織で、システムの開発・運用、動画の撮影・配信などを行っている。文化祭では、サイトの構築や動画の撮影配信はもちろん、どのサービスを利用するかを含め、技術統括局の生徒が決めていった。局長の栗栖幸久さんは「予算額を細かくシミュレーションし、分厚い企画書を作って学校側にプレゼンを行いました。そうしてどうにか了承を得ることができました」と話す。
サイトや動画を作っていく過程では幾度となくバグやエラーが発生したが、「生徒たちは教員を頼らず、自力で解決していった」と光永教諭は話す。システムのコーディングを中心になって担った渡部総一郎さんは、「問題が発生した際はネットで検索するなどして、一つ一つ解決していきました。文化祭を通じて、調べて解決する力が付いたように思います」と話す。3D校舎の制作に関わった伊藤凌太朗さんも「どのツール・サービスを使うかも含め、自分たちで一から決めて、作り上げていきました。そのため、課題解決力が付きました」と話す。
文化祭で生徒たちが挑んだことは、実社会さながらの高度なミッションだった。なぜ、高校生がそれだけのことをやり遂げられたのか。この点について、大きく二つの背景を指摘することができる。
一つは、同校の教員に「やってみよう」とする組織風土があることだ。「本校は教員の平均年齢が若く、何か新しいことや面白いことがあると積極的にトライしようとします。そのため、端末を活用した授業も早い時期から多くの教科で展開されてきました」と光永教諭は話す。
そして、そうした組織風土は、2022年度から始まった新課程の「探究的な学び」の積極的な実施にもつながっている。「本校には探究心の強い子が数多く入学してきます。その興味・関心を最大限に広げ、一人一人が自ら学びをデザインできるようにして卒業させたいと考えています」と光永教諭が話すように、同校では探究的な学びが幅広い教科・領域で展開されている。その核となる考え方は、「生徒たちに任せる」ことで「教師が『教える』ポジションに立たないことが大切。近年は教師の長時間労働が大きな課題となっていますが、全部教えようとするからそうなってしまう側面もあります。生徒に任せることが、そうした状況から脱却する一つのきっかけになるのではないでしょうか」と光永教諭は話す。
東京大学や京都大学などへの進学実績が注目されがちな同校だが、探究的な学びを通じて将来の夢を見つけ、進路を決める生徒も多いという。全国的に見れば、探究的な学びをどう実践すればよいかで悩む教員も少なくないが、「生徒たちに任せる」ことを柱に据えた同校の実践は大きなヒントを与えてくれる。
もう一つは、生徒たちが使えるリソースが以前に比べて格段に増えたことだ。今回の文化祭で言えば、端末が1人1台ずつ配備されていたこと、従量課金制のクラウドサービスを活用できたことが、大きかったと言える。
同校がデジタル端末の配備に着手したのは2014年度と早く、現在では1800人を超える全生徒が1人1台ずつ端末を所持し、日々の授業で活用している。そのため、生徒たちの操作スキルは高く、必要な情報をリサーチしてまとめる力も、探究的な学びを通じて身に付いている。
また、今回の文化祭ではクラウドサービスがキーとなったと、コンテンツ制作に関わった生徒たちは口をそろえる。例えば、動画の配信については今回、YouTubeではなくAWS(アマゾンウェブサービス)のストリーミングサービスを活用したが、その経緯について局長の栗栖さんは次のように話す。
「以前は動画をYouTubeで配信していましたが、生徒の中には『ネット上に自分の顔を出したくない』と言う人もいます。そのため、URLを知っている人だけが視聴できる「限定公開」で配信していましたが、動画のURLをSNSで共有されてしまうと意味がありません。また、音楽はたとえJASRAC (一般社団法人日本音楽著作権協会)に事前申請をしていても、YouTubeのAIが自動的に配信をストップしてしまう可能性がありました。こうした問題をどう解決しようかと迷っていたときに偶然見つけたのが、動画配信のクラウドサービスでした」
これをきっかけに、生徒たちはWebサイトの構築やチケットや入退場の管理などにも、クラウドサービスを活用していった。また、体育祭においても競技へのエントリー管理をクラウドサービスで行い、以前は手入力で行っていた作業が大幅に省力化されたという。
クラウドサービスを活用した大きな理由の一つは、利用料が従量課金制だったことだ。「サーバ上に一から構築するとなると、かなりの労力とコストが必要となる。その点、クラウドサービスはブラウザ上から作業できて、利用料も使った分だけ済む。学校側に予算を措置してもらう上でも、この点が大きかった」と栗栖さんは話す。
とはいえ、クラウドサービスでWebサイトを構築するにあたっては、プラットフォームを自作するスキルが求められる。この点はやや敷居が高いように思えるが、システムコーディングを担当した渡部さんは「新課程の『情報Ⅰ』で習うPythonやJavaScriptなどのプログラミング言語をしっかりと学べば、決して難しくない」と話す。
1人1台端末が配備され、さまざまなアプリが使えるようになったことで、子どもたちが使えるリソースは大きく広がり、教師に頼らずともできること、学べることは以前と比較にならないほど多くなった。実際、西大和学園のように教員が見守り役に徹し、学びを子どもに委ねることで、学びの変革が起きている学校も出始めている。一般社団法人デジタル人材共創連盟の鹿野利春代表理事は「現在は、1人1台端末でクラウド上の情報システムへの窓が開かれた状態です。子どもたちは『情報I』で身に付けた知識・技能を基に、膨大な学びのリソースに触れ、さまざまなクラウドサービスも使えるようになりました。これは、機会が与えられれば誰でも『想いを形にする』ことができるということを示しています。子どもたちは、教師の知らない領域に躊躇ためらいなく踏み込んでいきます。これからの教師の役割は、見守ること、環境を整えてあげること、一緒に楽しむことになるでしょう」と話す。
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