福岡教育大学准教授
本連載では、全国学力テストの失敗と、現在議論されているCBT化に関する基礎的な情報をお伝えしてきました。これまでの説明を通して私が皆さんに伝えたかったことは、全国学力テストについて考えるためには、教員ももっと学ばなければならないということです。
前回は、全国学力テストのCBT化の可能性を語りました。もっともこれは、うまく設計すれば可能になるという「夢」の話です。現実には、CBTの利点を享受するためのハードルは低くありません。
現在、全国学力テストをCBT化するという議論が進んでいます。国際学力調査であるPISAやTIMSSもCBT化がされていますから、これは国際的な潮流と考えてもよいでしょう。
前回私は、全国学力テストは実態把握を優先した方がよいと述べました。ただ、ここで困ったことがあります。それは日本の教育行政には、実態把握を行う積極的な動機がないという点です。 日本の行政には、「無謬(むびゅう)主義」という特徴があると言われます。これは行政が実施する政策は常に正しいという発想で、官僚(あるいは公務員)の世界が減点主義であることと関係していると思われます。
全国学力テストは何のために実施するのでしょうか。文科省によれば、現在の全国学力テストには、大きく二つの目的があるとされています。一つは、全国の学力実態を把握して政策立案に生かすこと。もう一つは、個々の学校の指導改善に生かすことです。近年は後者が強調されており、全ての児童生徒を調査する悉皆(しっかい)実施を正当化する根拠となってきました。
全国学力テストのような大規模な学力調査を設計する場合、最低限知っておかなければならない基礎知識が幾つかあります。知識がないと、全くの善意から誤った判断を下す可能性もあるので注意が必要です。今回は、中でも重要だと思われる項目反応理論(Item Response Theory:IRT)について説明します。
現在、全国学力テストは対象学年全員を対象に、全員が全く同じテストを受験する悉皆調査で実施されています。日本全体の学力を把握するだけなら、数千人を標本抽出すれば十分なのですが、全ての教育委員会や学校において「指導改善に利用する」という理由で、この実施方法が正当化されてきました。
全国学力テストを使うことで、日本の教育実態や政策の効果を知ることを望む人は少なくありません。かくいう私もその一人です。ただ、現在の全国学力テストでは、教育の実態を知ることも、政策の効果を測ることも簡単ではありません。
全国学力テストが開始された理由の一つに、21世紀初頭の学力低下論争があります。当時、いわゆる「ゆとり教育」の実施に伴い、日本の学力が低下しているのではないかという懸念が世間を騒がせていました。折しも2000年から03年にかけて国際学力調査PISAの日本の順位が急落したこともあって、学力低下は決定的な事実として受け止められるようになったのです。
文部科学省が実施する全国学力・学習状況調査(以下、この連載では「全国学力テスト」と呼びます)が2007年に始まって、10年を超える月日が流れました。 初めに言っておきますが、全国学力テストは失敗しています。このテストには、当初さまざまな目的が与えられてきました。ある人は、テストを通した点数競争によって日本の学力を向上させたいと考えていました。
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