多様な不登校を描いて見えた共通点 漫画家・棚園正一さん

多様な不登校を描いて見えた共通点 漫画家・棚園正一さん
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 夏休みが終わり、2学期が始まる時期を迎えると、学校に行くのが“しんどく”感じやすい。そうした中でポプラ社から、不登校を経験した16人の生き方を紹介した『マンガで読む 学校に行きたくない君へ』が発売された。漫画を描いたのは、自分自身も不登校を経験した漫画家の棚園正一さん。不登校になった理由や原因は人それぞれだったが、根底にある部分は共通していたと振り返る棚園さんに、改めて16人の生き方を描いた後に見えてきた、不登校の子どもの気持ちを聞いた。

「こうすべき」を捨てたとき、出口は開く

――この本には、サヘル・ローズさんや内田樹さんをはじめ、メディアに登場する方もいれば、不登校経験のある養護教諭や不登校の子どもの父親など、いろいろな当事者のエピソードが入っていますね。

 不登校にはいろいろなケースがあることを知ってもらえればという思いもあり、担当の編集者と話し合いました。テレビに出ている有名人でも、じっくりと話を聞ける時間を取ってくれたのはありがたかったです。一見、キラキラした世界にいるようで、実はこの人たちとは地続きでつながっているんだと感じました。

 自分とは違う遠い存在なのかなと思っていたけれど、実際に会ってみると俳優・ナレーターの田口トモロヲさんが『まだ自分も悩み中』とおっしゃっていたり、お笑い芸人の方が明るいけれどすごく真面目に考えていたりして、お話の一つ一つが、どの人も印象的で、根底で通じ合う部分がたくさんあるんです。

16人の不登校の経験を漫画で描いた棚園正一さん(本人提供、奥野浩次氏撮影)

 不登校になった原因や理由は千差万別だけれど、やがて出口が見えてくるというのは共通しています。それも、何か劇的な変化が急にもたらされるというよりも、日々、目の前のことと精いっぱい向き合っていくうちに、自然と導かれていくんです。その人の中にある「こうすべき」という意識を捨て去ったとき、出口が開かれる。今読み返してみると、改めてそんな共通点を見つけました。

――どの人も不登校を経験しながら、自分と向き合い、やりたいことを見つけていますね。ただこれは、もしかしたら読むのがつらい、まだ肯定的に捉えることができないという読者もいるのではないかとも感じました。

 自分が不登校だったときもそうでした。一番苦しい時期というのは、心のコップに水がいっぱい入った状態で、何かをやるのも「無理だ、できない」と思っています。きっと、当時、学校に行けなかったときの僕自身がこの本を読んだら、「自分とは違うな」と思っていたんじゃないでしょうか。

 でも、それでいいかなと思います。この本が今すぐにその子の役に立たなくても、本棚に置いてくれて、いつかもう一度、ふと手に取ってくれたら、そのときは心を軽くしたり、出口を見つけるヒントになったりする存在になるかもしれません。そういうものになればいいなと思っています。

先生という鎧(よろい)を脱ぎ捨てて

――エピソードの中には、保護者や教員といった、不登校の子どもと接する大人の視点も入っているように感じました。

 ときどき、学校の先生がたくさん参加する講演会で話す機会があるのですが、「結局、不登校の子どもとどう接すればいいのでしょうか?」という質問を一番よくもらいます。親や先生は、子どもに対して「何かをやってあげたい」「何かの役割を果たさなければ」と思いがちです。でも、子どもにとっては、そんな役割とは関係ない話を聞いてほしいし、学校に行く・行かないとはいったん切り離して普通に接してほしいと思っています。「晩ご飯は何がいいい?」「最近の映画で何が面白そう?」といった、親や先生からすると少し物足りないかもしれませんが、本人たちからするとそういう色眼鏡のない会話の方が、何倍も価値があるんです。

 この本のエピソードの中でも、不登校の娘がいる父親が、テレビを見ている娘の隣にふらりと腰掛けて、「このタレント、よくCMに出ているよなー」と話し掛けるシーンがあります。子どもにとって、こういう何気ない会話が安心できるんです。そういうヒントがこの本には散りばめられています。

 大人になった今、僕も父親に、当時どんな気持ちだったのかを聞いたことがあります。もしかして子どもが学校に行けないということで、会社で恥をかいているんじゃないかと、子どもながらに考えたこともあったのですが、父親は「恥だと思ったことはない。だけど、顔を合わせてもどう声を掛けたらいいか分からなかった」と言っていました。不登校の子も、その親も、実は同じ気持ちなのかもしれません。

――不登校を経験した養護教諭のエピソード(第12話)で、保健室に来た子どもが「どうせ先生たちはみんな、私みたいな経験をしたことないから分かってくれないよね」と言っているシーンが印象的でした。

不登校経験のある養護教諭のエピソードも収録されている(ポプラ社提供)

 講演会で、ある先生から「クラスに不登校の子がいて、家庭訪問をしたときに、学校のことが気になるかと思ってクラスの様子を話すんですが…」と相談されたことがあります。私は正直に「その子にとって、それはプレッシャーに感じると思います」と答えました。先生としては、良かれと思って学校の様子を話したのでしょうが、学校に行きたくない子どもは「学校に来てほしい」というメッセージだと受け取ってしまうんです。

 では、どういう会話をすればいいかというと、さっきも挙げたような、学校とは何の関係もない会話です。学校の先生が子どもと学校以外の会話をするのって、案外難しいかもしれません。でも、不登校の子どもと信頼関係をつくるには、これがはじめの一歩だと思います。難しいかもしれないけれど、先生も、先生という鎧を脱ぎ捨てて、子どもに歩み寄ってほしいんです。

 そうやって、色眼鏡なしで接してくれる大人の存在が、子どもたちには必要なんだと思います。

今という時間を楽しもう

――夏休みも終わりに近づくと、学校に行くのがしんどくなる子もいます。そんな子どもたちや、彼らと接する大人に、メッセージをお願いします。

『マンガで読む 学校に行きたくない君へ:不登校・いじめを経験した先輩たちが語る生き方のヒント』(ポプラ社)

 どうすれば出口は開かれるのかといえば、今を大事に過ごすことだと思います。よく不登校に関する保護者の勉強会で、「子どもが動き出すのを待ちましょう」というアドバイスを聞くのですが、この「待つ」という言葉には、裏を返すと、「今は良くない状態だ」という暗黙の前提があるように思えます。そうやって今を否定すると、子どもにとっても親にとっても、待つことが乗り越えるべき試練のようになってしまう。そうやって今というかけがえのない時間を過ごすのはもったいないです。学校に行かないと経験できないこともあるけれど、学校に行かなくても、好きなことを通じて学べることはたくさんあります。無駄なことは何一つないんです。

 きっと、「晩ご飯は何がいい?」という雑談や、今を楽しんでいくことの先に、出口につながるきっかけや出合いがある。

 だから、9月1日が近づいてきて、「頑張って学校に行こう」と思っていたけれど、結局行けなかったとしても大丈夫。学校に行くのはいつだって遅くないし、行かなくてもいい。つらいことに耐えるのが、頑張ることではありません。それよりも、自分の好きなことに没頭したり、楽しく過ごしたりしてください。

【プロフィール】

棚園正一(たなぞの・しょういち) 1982年、愛知県生まれ。13歳で鳥山明氏と出会い、漫画家を志す。2005年に「集英社少年ジャンプ第70回手塚賞」、08年に「集英社少年ジャンプ 第68回赤塚賞」を受賞。15年に自身の不登校経験を基にした漫画『学校へ行けない僕と9人の先生』(双葉社)が注目を集める。21年にその続編となる『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』(同)が刊行されている。

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