子供が置かれているやりきれない現実を直視してほしい――。元文部官僚の寺脇研・京都造形芸術大学教授と前川喜平・元文科事務次官が企画した映画『子どもたちをよろしく』が2月29日から、全国で順次公開を迎えた。公開を機に、両氏が教育新聞のインタビューに応じた。文教行政に長く携わってきた両氏が、いじめや虐待、貧困の根底にある家庭の問題にスポットを当てた作品をつくった理由を聞いた。
同作では、いじめや性的虐待、貧困に苦しみ、追い詰められていく子供たちのリアルが描かれ、観客は救われない子供たちの存在を突き付けられる。これが3本目のプロデュース作品となる寺脇氏は「3度目の正直ではないが、以前からやりたいテーマだった。教育や福祉で子供に関わる仕事をしている人にとって、いくら自分の仕事でベストを尽くしても、子供たちを救えない現状がある。この現状をどう思うか。映画を通して世の中に問いたい」と企画意図を語った。
物語は主に、2組の家庭の深刻な状況が交錯して描かれる。家族には内緒で、デリバリーヘルス(派遣型風俗店)で働いている優樹菜と、両親の再婚によって義弟になった中学2年生の稔は、アルコール依存症の父親から日常的に暴力を振るわれている。母親は実の娘である優樹菜への父親の性的暴力すらも見て見ぬふりをしている。稔と同級生で、稔らのグループからいじめを受けている洋一。その父親は、優樹菜を客の家に送迎することで生計を立てているが、ギャンブルに依存し、電気やガスが止められるほど困窮した生活を送っている。
作品の中では、一貫して子供にとって身近な大人であるはずの教師や学校の存在が希薄だ。学校や教師をあえて描かないことは作品の企画段階から決まっていたという。
その理由を前川氏は「子供が学校で過ごす時間は1日のうちのほんの一部で、家庭でどう過ごしているかは見えないままだ。学校を描かないことで、家庭の中で想像もつかないような大きな問題が起きているかもしれないことをえぐりだそうとした」と説明する。
家庭の問題を訴えた作品だが、両氏とも「教師に見てほしい」と口をそろえる。
寺脇氏は「教員は学校では、目の前の子供たちに全力を尽くして、子供たちが学校で過ごしている間は幸せを感じられるようにしてほしい。他方で、教員も地域の大人だ。地域の人間として、地域の子供たちに目を配ってほしい。教師こそ、困っている子供を見抜くプロだ。地域の大人として、教師ができることをしてほしい」と強調する。
前川氏は「学校は児童虐待を一番見つけやすい場所のはずで、教師の役割は大きい。決して学校を軍隊のようにせず、子供一人一人の人権を大切にして、教師自身も含めて、自己肯定感の向上や主体的な学びを実現しなければいけない」と語った。
中学2年生の稔は、同級生の洋一をいじめている。稔は、ふとしたことから義姉の優樹菜がデリバリーヘルス(派遣型風俗店)で働いている事実を知って動揺する。実の父親は酒浸りで、優樹菜に対して性的暴力を繰り返していることに、稔は激しい憤りを感じていた。一方、洋一の父親は優樹菜の風俗店でドライバーとして働いていたが、ギャンブルで借金がかさみ、洋一の給食費の支払いも滞るなど、生活に困窮していた。2組の問題を抱える家庭の中で、子供たちは追い詰められていく。
2月29日より東京都渋谷区のユーロスペースほか、全国で順次公開。詳しくは特設HPへ。