教員のなり手を確保するための対策の一つとして、文科省は教員採用試験の前倒しを本格的に検討し始めている。民間の就職活動が早期化していることを踏まえ、教員志望者が民間に流れるのを食い止めるのが狙いだ。しかし、教育新聞が行った読者投票「Edubate」では、人材確保策としての教員採用試験の前倒しについて、半数が反対という結果だった。教員採用試験の時期を早めることは、試験を実施する教育委員会だけでなく、大学や学生にもさまざまな影響を与える可能性が考えられる。教員採用試験の前倒しによってどんなメリットやデメリットがあるのか、有識者に聞いてみた。
中教審の「『令和の日本型学校教育』を担う教師の在り方特別部会と基本問題小委員会が9月9日の合同会合で検討した「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について~「新たな教師の学びの姿」の実現と、多様な専門性を有する質の高い教職員集団の構築~」と題した中間まとめ案では、教員採用試験について、「4~5月に出願、7月に1次試験、8月に2次試験を実施し、9~10月に合格発表・採用内定を公表するのが一般的であり、少なくとも20年以上大きな変化は見られない。一方、民間企業において、学生が内々定を獲得する時期、就職活動を終了する時期はますます早期化しており、民間企業の内々定解禁(6月1日)までに、就職活動を事実上終了している学生も増加している」との問題認識を示し、教員採用試験についても実施時期の早期化を検討する必要があると提案した。
これを受けて教育新聞では、9月13~10月3日まで、電子版上で行ったEdubateで、人材確保策としての教員採用試験の前倒しの賛否を問うた。その結果、249件の回答があり、賛成は31.7%、「どちらとも言えない」は16.9%、反対は51.4%と、賛否が分かれた。(※画像の右側をクリックすると次のページに進みます。前に戻るときは左側をクリックしてください)
さらに、コメント欄には33件の投稿があり、「可能性のある改善点は試すべきであると考えます。長く考えているうちに、子供たちは学校を卒業してしまいますから」「講師の人は実態も分かっている中で採用試験を受けているし、何よりも早く正規教員になりたいからチャンスが広がるのはいいと思う」「人材確保策として有効かどうかの議論は置いといて(そもそも検証してみないとその有効性は分からない)、人事制度改革の一つとしてさっさと進めるべきと考える」などの賛成意見も見られた半面、「人材確保の論点が『採用試験の実施時期』という時点で本気度の低さを感じる。その程度で有意な変動が期待できるとは到底思えない」「試験を早めることは、自治体間の新規採用者の取り合いを過激にするだけ。そもそも志願者が減る理由は教職そのものに希望を持てなくなったから。根本的解決を考えるべき」「教員採用試験が早くなると、大学生はますます学習準備を早く進める必要があります。ただでさえ、新型コロナウイルス感染症のまん延で、学生生活が制限され、自由な学生時代だからこそできる経験ができなくなっています。面白味のない、ガリ勉先生ばかりになってしまうのでは?と、心配になります」などの疑問の声も多く見られた。
教員採用試験の早期化を求める声は、一部の教育関係者からも上がっている。例えば、深刻化する教員不足の改善に向けて活動しているプロジェクト「#教員不足をなくそう緊急アクション」では、5月に出した政策提言の中で、教員を増やすための「応急処置」の一方策として、教員採用試験の前倒しを掲げている。
プロジェクトメンバーの一人である、学校業務改善アドバイザーの妹尾昌俊さん(教育新聞「オピニオン」執筆者)は「欠員状態が深刻な学校がかなりある中で、今年の教員採用試験の状況を見ても、倍率が1倍前後という自治体がある。少しでも受験者や講師登録者を増やす手だてはしておくべきだと思う。早めに囲い込むというのは一つの作戦だ」と強調。「今の教員採用試験は、倍率が高くて不合格者がかなり出て、そのうち一定数は講師として登録してくれて、その講師は年度途中に『来て』と言われたら来てくれる人がそれなりにいた、ある程度、人材供給に苦労しなかった時代の名残でもある。もうちょっと早めに内々定を出して、不合格になっても講師登録をしたり、学校への有償ボランティアやスクール・サポート・スタッフとして雇ったりするなどして、企業や他の公務員に逃さない施策を考えざるを得ないのではないか」と話す。
妹尾さんは「(Edubateでは)『小手先だけやっても駄目でしょう』という意見が多い。それはその通りで、文科省も採用スケジュールの見直しだけで教員人気が上がり、優秀な人が来るようになるとは思っていないのではないか。予算がかからない施策で『やった感』を出しているという見方もあると思うし、本当に欠員が生じているような学校現場からすると、『本当に何とかしてくれよ』という気持ちはすごく共感できる」と、反対意見に一定の理解を示す。その上で「でも、だからといって『やらなくていいのか?』ということも考えないといけない。別の施策も必要だが、スケジュールの見直しはこれで必要性が高いのか、果たして低いのか、マイナスの方が大きいのか、プラスの方が大きいのかはよく吟味しないといけないと思う」と指摘。
「民間が早く内々定を出しているのは事実で、内々定となった学生を懇切丁寧に引き留めようとしている。それを体験すると、4年生になってわざわざ教育実習をしたり、教員採用試験を受けたりするよりも『就職でいいか』と考えてしまう。そういう人たちは、もしかしたら同じ時期に教員への内々定が早めに出れば、教員の方がいいとなっていたかもしれない」と分析する。
教員志望の学生には、どんな影響があるのか。教育新聞に「5分でわかる教育時事」を連載している、教員採用試験対策専門スクール「Kei塾」の神谷正孝主任講師は、試験対策の準備も早期化に合わせて前倒しで始める必要があるといい、「現役の受験生で差がつくのは教職教養よりも専門科目。自分の専門科目の勉強を先送りすると、苦手な部分が残ってしまった状態で試験に臨まなければいけなくなるので、もし教員採用試験の早期化を視野に学習を進めるのであれば、まずは専門科目でしっかり点が取れるように準備を進めておくといい」とアドバイスする。
しかしその一方で、教員志望の学生にとって教員採用試験の早期化によるメリットは少ないとみる。「すでに高知県などで試験日程を早めた結果、受験者が増えて倍率も上がったものの、結局その分、辞退者も増えたという話を聞く。強いて言えば、一部の自治体が早期化した場合、受験生は併願の幅が増えるというメリットは考えられるが、全体的に日程を早めるとなれば、教育実習に行く前に試験を受けたり、教育実習の真っ最中に一次試験を受けたりすることが増えるかもしれない」と予想し、特に、教育学部に比べて他学部の学生は教育実習の調整が難しい場合が多く、より負担が増える可能性があると懸念。
「教員採用試験の前倒しが決まっても、教育実習との調整までは考慮されない可能性もある。そうなると、もう覚悟した上で試験に臨むしかない。4年生の5~6月に教育実習と試験があるのであれば、それまでに仕上げておく心構えが必要だ」と語る。
「中間まとめ案では民間の採用スケジュールを意識した書きぶりになっているが、試験の時期を変えても、受ける人は変わらないと思う。受ける人は受けるし、民間に行く人は民間に行く」
そう話すのは教員養成を専門に研究している岩田康之東京学芸大学教授だ。岩田教授は採用試験の時期ではなく、採用試験の選考の考え方に課題があるとみる。
どういうことか。教員養成に長年携わってきた岩田教授は、学生の傾向として「教員免許はちゃんと取るが、教育に対して意識が高いのに、教職に就かないで教育関係の民間企業に職を得る学生が毎年かなりいる。話を聞いてみると『自分が学んだことをより生かせるのは学校ではなく、民間ではないか』と彼らなりにちゃんと考えている」と指摘。「採用試験では人物本位の選考が増えているとされているが、結局、今の枠組みでは、管理的な立場の人が面接をするので、どうしても秩序の再生産になってしまう。なおかつ、いわゆる『本県が求める教師像』を打ち出しているから、それに合わせる形で受験者は面接に対応することになる。そうすると、教育課題を自ら見つけて自分で解決していくような学生の志向性はそがれる。これこそがネックだ。採用試験の在り方にかなり手を入れないと、教員にリクルートされる人が限られる状況は変わらず、『自分のやりたいことは学校の中ではできない』と考える人が出てくるのは、ある意味で当然だ」と問題提起し、こうした思いのある学生を受け入れる学校や教育委員会に変わらなければならないと強調する。
また、「中間まとめ案は全般的に中途半端。採用試験の時期だけを変えるのではなくて、教員養成のカリキュラムの在り方や実習の在り方も合わせて検討するのであれば、もう少し現実味があったかもしれない。例えば、採用試験合格者に『仮免許』を与えて長期の実習をさせ、採用試験のときは実習を必ずしも要件にしないといったような形に変える。本気で教員になるつもりがあって採用試験を受けた人は、その後、長期の実習を課してもしっかりやるだろう。中間まとめ案だと教育実習の改善と採用試験の前倒しが別個の問題として挙げられていて、それらをつないで教師の養成・採用・研修をどうするのかというビジョンが見えてこない」と案を示した。
文科省は9月29日に、オンライン会議で都道府県、政令市の教育長に向けて、教員採用選考試験の早期化などを具体化させるための協議会を立ち上げることを表明した。文科省総合教育政策局教育人材政策課によると、協議会は10月中に初会合を開くことを目標に、教員採用試験を実施している都道府県、政令市の教育委員会のほか、国立教員養成系大学・学部で構成される日本教育大学協会や、教職課程を置く私立大学の多くが加盟している全国私立大学教職課程協会がメンバーになることが想定されているという。
教員採用試験の具体的な前倒し時期について、教育人材政策課の担当者は「民間が6月1日で内々定を出しており、他の地方上級公務員の試験日程が5~6月であることを参考にして検討することになる」と説明。一方で、文科省が昨年度初めて実施した「教師不足」の実態調査を踏まえて、都道府県と政令市の教育委員会にヒアリングを行ったところ、民間との人材確保競争が激しい都市部を中心に、教員採用試験の前倒しを意識する傾向があるが、近隣の自治体との試験日程の兼ね合いから難色を示している自治体もあるなど、どの都道府県・政令市も早期化を求めているとは「一概には言えない」状況があるという。
永岡桂子文科相は10月3日の閣議後会見で「今、結論を出してすぐに(やる)というわけにはいかない。協議会は今年10月からやるが、試験のこともあるので調整に時間がかかる。今年度は無理で、来年度にやるということではない。しっかり協議して、早ければ24年度に(早期化や複線化が)行われるように頑張りたい」と発言した。
果たして教員採用試験の前倒しで、どのような影響やデメリットが考えられるのか。今後の教員の人材確保や質の維持に、どういったリスクを伴うのか。あるいはもっと抜本的な採用の見直しを考えるべきなのか。限られた時間の中でも、慎重な検討が求められそうだ。