京都府京丹後市でこのほど、市内の中学3年生と高校2年生の35人が地元企業の課題を解決しようと、デザイン思考を取り入れた2日間の探究型ワークショップ(WS)に取り組んだ。生徒らは地元企業担当者へのインタビューを通して企業や個人が抱えるニーズと課題を捉え、チームで協働しながらアイデアを出し、最終的なプロダクトを英語でプレゼンテーションした。同市教委ではデザイン思考を核としたプログラムを展開し、今後3年間かけて京丹後市版のSTEAM人材育成のためのプログラム開発を行うとしている。
同市は同府最北端にあり、人口は約5万人。高等教育機関がなく、東京からも約5時間かかるなど地理的なハンディキャップも大きい。ただ、市内には200社以上の機械金属業関連会社があり、300年の歴史を有する丹後ちりめんの最大の産地でもあるなど、地域産業は豊富にある。同市教委は「本市が有する素地を生かした教育により、地域の有する可能性を最大限に伸ばすとともに、教育を核としたまちづくりを進め、地方創生の実現を目指す」としており、新たな試みとして「どこまでも広がる みらいのまちを創造する Kyotango Sea Labo」というプロジェクトを開始した。
9月下旬には、STEAM人材育成をけん引するトロント大学の木島里江准教授とスタンフォード大学のヤング吉原麻里子講師らを招き、自ら希望した市内の中学3年生28人と高校2年生7人が、シリコンバレーで注目される発想メソッド「デザイン思考」を学びながら、地元企業関係者と共に探究型ワークショップを行った。
ワークショップでは中高生が9つのチームに分かれ、各チームが日本酒の蔵元や織物業、精密部品加工会社など、9つの地元企業の担当者へのインタビューを通して、企業担当者が抱える個人レベルのニーズや課題を深掘りしていった。
児童・障害・高齢者福祉事業に取り組む「みねやま福祉会」の理事、櫛田啓さんにインタビューした中学生のチームは、櫛田さんの趣味や1日のルーティン、この仕事に就いたきっかけなどを質問していった。
例えば「仕事において工夫していること」の質問に、櫛田さんは「600人を超えるスタッフが、より働きやすくなる環境をつくること」と答えた。さらに、「京丹後地域だけが良くなると考えるのではなく、もっとグローバルな視点を持って考えていかなければいけない。当社にもフィリピンから技能実習生が来ているなど、今後は外国の方の働き手もさらに増えてくる。世界とのつながりを強固にして、グローバルな展開や企画ができるような会社をつくっていきたい」と今後の展望を語った。
ここから各チームは、企業担当者のニーズがどこにあるのか、何を大切にしているのか、まだ気付いていないことは何なのかなど、インタビュー内容を整理していき、課題を解決するためのアイデア出しを行っていった。
同市教委の担当者によると、このアイデア出しのフェーズが生徒らにとっては一番難しかった様子。「生徒らはこれまで学校で自分たちが持っている知識を使って何かをつくったり、考えたりすることは経験してきている。しかし、今回のようにインタビューした人に寄り添って、ニーズを捉えるのは初めての経験だった。生徒たちが出したアイデアはすでに実行済みであるなど、その先にいくのが大変だったようだ」と振り返る。
しかし、ワークショップの2日目にプロトタイプをつくるフェーズに入ると、生徒らは一気にアイデアや意見が出るようになった。例えば「みねやま福祉会」のチームは、インタビューから櫛田さんが「今よりもっと、みんなが多様性を認め合いながら生きていける社会」を求めていると感じ、「GLOBAL TOWN」という街をつくるアイデアを出した。プロトタイプでは、街の真ん中にさまざまな国の国旗が掲げられたタワーがあり、それは街の多様性を表すシンボルになっている。タワーの横にはサッカー場があり、櫛田さんの趣味でもあるサッカーを通して、お互いが持っている偏見などを崩せる場にもなると説明。さらには「国際移住地エリア」なども構想されていた。
こうして各チームは試行錯誤を繰り返しながら、最終的なプロダクトを企業担当者に対して英語でプレゼン。企業担当者からは、「ワークショップの1日目と2日目で言葉の量がぐっと増えるなど、生徒たちの成長が見えた」「インタビューでは聞かれたこともないような深いところまで聞いてくれて、こちらのことを知ろうとしていることが伝わってきた。また、生徒たちがプロトタイプを出してきた時、自分がなんとなく『こうなったらいいな』と考えていたことが形になっていて、本当にびっくりした」といった感想があった。
同プロジェクトは、今後3年計画でプログラムの確立を目指している。今回のワークショップについても、「日本語と英語の割合がどうだったのか」「デザイン思考を生徒らにしっかり落とし込めたのか」「どういう言葉を使うと子どもたちの思考が深まるのか」「キャリアに対する意識は変わったか」などを、トロント大学とスタンフォード大学の研究者が中心となって分析を進めていくとしている。
同市では小学3年生から中学3年生まで、総合的な学習の時間などで地域に根差した特色あるカリキュラム「丹後学」を実施しており、今後はまず「丹後学」においてデザイン思考を取り入れ、その後、各教科学習にも波及させていくことを構想している。同市教委の担当者は「今回のプロジェクトの分析結果などを基に、本市の教育を変えていきたい」と意気込む。