給特法の見直しに先立ち、文科省は12月20日、教員の処遇や勤務制度を巡る国際比較などの情報収集や論点整理を行うため、有識者や教育委員会、学校関係者で構成する調査研究会を新たに立ち上げた。オンラインで開かれた初会合で、教員勤務実態調査などに関わってきた青木栄一・東北大大学院教授は「教員政策には給与、勤務、定数の3分野の密接な関連が観察でき、これらに一体的に取り組む必要がある」と提言した。一方、国立教育政策研究所(国研)の藤原文雄・初等中等教育研究部長は、教員の処遇や職務を巡る国際比較の調査結果を基に、日本の教員に比べて各国の教員が担っている職務の幅が狭いことをデータで示した。また、給特法の問題点とされている超過勤務手当について「唯一最善の仕組みがあるわけではなく、各国でも改善を進めている」と説明した。
調査研究会の正式名称は「質の高い教師の確保のための教職の魅力向上に向けた環境の在り方等に関する調査研究会」。
文科省は現在、給特法の見直しを含む教員の処遇を巡り、6年ぶりとなる教員勤務実態調査を進めており、23年春ごろに速報値を公表。その結果を踏まえて「給特法等の法制的な枠組みを含めた教師の処遇の在り方を検討する」としている。そうした検討作業に先立ち、調査研究会を立ち上げた狙いについて、初会合であいさつした藤原章夫・同省初等中等教育局長は「速報値公表後の円滑な検討に資するよう、給特法等の関連する諸制度をはじめとする関係事項についての情報収集や論点整理を進めることにした」と述べた。
藤原局長によると、調査研究会では①給与面、公務員法制・労働法制面の在り方について②学校における働き方改革に係る取組状況や学校・教師の役割について③学校組織体制の在り方--などについて、諸外国の状況を含む情報収集や論点整理を進めていく、としている。文科省は配布した資料の中で、考えられる論点案として▽給与の在り方▽勤務制度の在り方▽学校における働き方改革--を挙げた。
座長に選ばれた貞広斎子・千葉大教授は、冒頭のあいさつで「本研究会は、教員の働きやすさと働きがいを両立し、教員のウェルビーイングを確保できる労働環境、処遇改善に関わってどのような課題があるのかということを改めて抽出し、論点を整理する会であると理解している」と説明。今後の運営について「論点抽出を通じて、教職という職業を創造的で魅力的な仕事として再認識していただくことができるかどうかという点も重要であると考えている。こうした物事は、特定の観点からだけ考えられるよりも、複数の要素がお互いに関連し合って成立している。多様なバックグラウンドのある委員の知見を抽出、共有させていただきたい」と述べた。
委員の顔ぶれは、貞広座長のほか、▽青木・東北大大学院教授▽植村洋司・東京都中央区立久松小学校長▽鍵本芳明・岡山県教育長▽川田琢之・筑波大教授▽齊藤正富・東京都文京区立音羽中学校長▽戸ヶ﨑勤・埼玉県戸田市教育長▽藤原・国研初中教育研究部長▽善積康子・三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員。教育政策や公務員法制などを専門とする学識経験者、小学校と中学校の校長、都道府県と市町村の教育長らで構成されており、当面は委員がそれぞれの知見を順次報告していくとみられる。
この日の会合で、青木教授は「教員政策上の論点を一体的に理解するために」と題して報告した。まず、主要論点の全体像として、教員政策では「(06年の第1回教員勤務実態調査から)15年ほどの流れを振り返ると、給与、勤務、定数の3分野の密接な関連が観察できる」と説明。給特法と人材確保法という2つの特例措置法で定められている「給与」、給特法によって他業種とは異なる労働時間管理が定められている「勤務」、教員の人数を学級数に応じて定める義務標準法によって結果的に1人当たりの業務量が決まるという「定数」という、3つの政策分野に一体的に取り組むことが必要だと指摘した。
また、学校のマネジメントや教員個人の業務、気質などマルチレベルの論点も隠れているとして、教員の養成、採用、研修といったキャリアステージに応じた政策手段が求められていることも論点として挙げた。
検討の視点としては、働き方改革が進められて以降、学校現場にICカードやタイムカード、パソコンの使用時間の記録など客観的な方法で教員の勤務時間が把握できるようになったことに触れ、「学校は16年の段階で非常にアナログな方法で勤務時間を把握していたが、21年の文科省調査では客観的な把握が適切になされるようになった。こうした把握ができるのであれば、教員の勤務時間がどれくらい変わったのかという検討も非常に重要な視点になる」と説明した。
続いて、国研の藤原部長は、文科省が外部委託で行った教員の処遇や職務を巡る国際比較の調査結果を紹介した。まず、教員の勤務時間数の規定が各国それぞれになっている実情を説明。「担当する授業時間数を勤務時間とする類型」としてドイツ、フランス、フィンランドを挙げ、「これらの国においては、教員の業務が授業等に限定されていることが特徴」とした。2つ目は「学期中に校長の指揮下で割り振られる学校内勤務時間を勤務時間数として規定する類型」で、英国や米国の一部の州が該当する。3つ目は「全ての職務をその時間の中で行うことを前提として、勤務時間が規定されている類型」で、韓国が該当するとした。こうした類型を前提に、超過勤務に対する支払い方法にも触れ、「唯一最善の仕組みがあるわけではない」と説明した。
諸外国における教員の役割について、日本の教員が担っていると思われる38業務について、諸外国の教員が担っているか否か調査した結果も取り上げた。労働協約や法令で教員の担当が確認された業務を〇、労働協約や法令で確認できなくても各国の有識者からのヒアリングで教員が担当しているとされた業務を△で集計したところ、日本の92%に対して、フランスの小学校で37%、フランスの中学校と英国で42%、米国とオーストラリアで50%、フィンランドで53%、ニュージーランドで61%、カナダで63%、韓国とドイツが76%だった。
藤原部長は「この割合は教員業務の幅の目安と言えるもの。フランスやフィンランドの教員が担っている職務の幅は極めて狭いことが分かる」と述べ、教員の勤務時間を担当する授業時間数としているフランスやカナダでは、教員の業務がほとんど「児童生徒の指導に関わる業務」に限定され、「学校の運営に関わる業務」や「外部対応に関わる業務」を担っていないことをデータで明らかにした。さらに「韓国においても、日本の教員よりも職務の幅が狭い。日本と比較した場合、韓国においては、社会活動の指導時間が少ないことが特徴となっている」と説明した。
また、各国でも多様化する児童生徒への対応が課題になっていることを指摘した上で、学校職員の配置率に関する国際比較の調査結果も示された。それによると、教員1人当たりの学校職員の配置人数は、英国(1.09人)、カナダ(0.87人)、米国(0.62人)、ニュージーランド(0.52人)、韓国(0.50人)、オーストラリア(0.45人)、フランス(0.44人)、フィンランド(0.25人)に対して、日本は0.13人にとどまっている。
藤原部長は「小学校においても多様な児童生徒を支援するために学校が担う機能は拡張傾向にある一方、教師が専門職としてふさわしい業務により力を注げるような体制作りが求められている。その中で重要な位置を占めるのが学校職員の配置。諸外国における学校職員の配置については、英国が最も高く、日本が最も低い」と指摘した。
委員の意見交換で、戸ヶ﨑委員(埼玉県戸田市教育長)は「教員の給与はもちろん、勤務制度とか、教職員定数、さらには支援スタッフ、働き方改革や業務改善を含めて、まさに一体的に検討を進めていくそういう必要があると思う。その際に教職はわが国の未来を担う人材を育成するという崇高な役割や職責を担っているんだという給特法や人材確保法の精神は、ぜひ引き続き維持していただきたい。教師の職務について、単に在校等時間の把握ができるといったレベルではなく、本質的に勤務時間の内外に切り分けることができる性質のものであるのかどうか、という点が今後しっかり議論されてしかるべきではないか」と述べた。
公務員法制や労働法制を専門とする川田委員(筑波大教授)は「給与、勤務、定数という政策分野の整理を一体的に考えるとき、教員が担う業務の量や内容はどのように関わるのか」と質問。これに対して青木委員は「本質的な指摘だと思う。これを議論する際には(教員だけではなく)職員がまず議論の対象にならなければならないし、そもそも業務を削減する工程を考えなければいけない。学校の外部にアウトソーシングすることも考えなければいけない。(教員の)業務の削減、廃止も含めた議論をまずした方がいいし、(削減や廃止を)やるにしてもどのぐらいの量が適切なのか、ということも議論しなければいけないかと思う」と答えた。
植村委員(東京都中央区立久松小学校長)は「子供の一人一人の特性を踏まえたきめ細やかな指導をすればするほど、教員の業務量が増える。また、非常に多様な考えを持つ保護者がいて勤務時間を超えて対応しなければならないことも日常的にある。そうした中で、いい教員を育てていくことが大切。そのためにも、教員が子供たちと向き合う時間をできるだけ多く確保していくことが大きな課題になっている」と、学校現場で実感している論点を伝えた。
給特法の見直しを含む教員のなり手不足や処遇改善については、自民党の令和の教育人材確保に関する特命委員会(委員長=萩生田光一政調会長)が、文科省とは別に抜本的な改革案の作成を目指して議論を進めている。特命委員会では、来年の3月まで有識者などへのヒアリングを行った上で、5月ごろまでに議論を取りまとめ、結論を6月ごろに政府が閣議決定する「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)に反映させる方針。一方、文科省は教員勤務実態調査の速報値を23年春ごろに公表した後、中教審での議論も想定しているとみられる。学校の働き方改革の効果検証などにも踏み込んだ教員勤務実態調査の確報値は、23年度末(24年3月ごろ)にまとまる見通し。
教員の処遇改善や学校スタッフなどマンパワーの確保には予算措置が必要で、24年度予算に反映するためには23年8月の概算要求に盛り込む必要が出てくるが、どのような改革にどのような順番でいつ取り組むのか、今後のスケジュールは見通せない状況となっている。