中教審の渡邉光一郎会長(第一生命ホールディングス会長)は、教育新聞のインタビューに応じ、未来志向の教育改革に取り組んだ2期4年の活動を振り返りながら、中教審がまとめた4つの答申と、今年3月に最終結論を出す次期教育振興基本計画の狙いについて見解を明らかにした。渡邉氏は、4つの答申が「Society5.0 for SDGsに向けた『未来志向の教育改革』を目指す中で、全体として体系立った答申群となっている」と強調。新しい時代に対応するために教育DXを前提とした個別最適な学びと協働的な学びによる『令和の日本型学校教育』を描き、それを支える学校の働き方改革と教員の新たな学びの姿を組み合わせた構成になっていることを説明した。インタビュー内容は多岐に渡っているため、初回は4つの答申と次期基本計画の位置付けについてお伝えしたい。
「冒頭、教育改革について、そもそも、という話をさせてもらいます」。東京・日比谷にある第一生命ホールディングスの大きな応接室に通され、インタビューを始めようとした途端、26ページもの資料を手渡され、渡邉氏が話し始めた。
「中教審は2018年から『未来志向の教育改革』に取り組み、22年末までに4つの答申を出してきました。これは第3期教育振興基本計画(18~22年)の期間とぴったり重なります。第3期の基本計画はSociety5.0 for SDGsの到来に向けた教育のコンセプトを掲げていますが、中教審の4つの答申はいずれもこのコンセプトをバックキャストした考え方になっています」
バックキャストとは、まず目標とする未来像を描き、次にその未来像を実現する道筋を未来から現在にさかのぼって描いていくシナリオ作りの手法を指す。渡邉氏によれば、中教審は①2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(18年11月)②新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(19年1月)③『令和の日本型学校教育』の構築を目指して(21年1月)④『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について(22年12月)--という4つの答申を順次取りまとめ、第3期教育振興基本計画が掲げたSociety5.0時代の教育を実現させる道筋を描いた、との整理になる。
こうした整理を理解するために、「Society5.0 for SDGs」という言葉が持つ意味について、改めて確認しておきたい。Society5.0は、第5期科学技術基本計画(16~20年)で日本が提唱した未来社会のコンセプトで、「創造社会」や「超スマート社会」などと説明される。一方、SDGsは「持続的な開発目標」を意味する頭字語で、持続可能な世界を実現するために15年9月に国連総会で採択された17の国際目標を指す。
この両者を組み合わせた「Society5.0 for SDGs」が、中教審が目指す「未来志向の教育改革」と、どのようにつながってくるのか。日本経済団体連合会(経団連)副会長として、産官学による教育改革や大学改革の議論に長年携わってきた経験を持つ渡邉氏は、戦後の日本社会の構造変化と教育の関わりを踏まえながら、次のように説明した。
「18年以降、なぜ『未来志向の教育改革』に取り組むことになったかと言えば、工業社会と言われるSociety3.0時代に、日本は成功モデルを作り過ぎたからです。当時の日本は高度経済成長を実現し、メンバーシップ型の雇用制度も日本のモデルとして非常に評価された。その背景には、戦後の民主化された教育基本法に基づく教育が非常に合理的だったこともあると思います」
「1980年代から2000年代ぐらいまで、世界は情報化とグローバル化にぐっと動きます。情報社会と呼ばれるSociety4.0時代です。日本では中曽根内閣の下で臨教審(臨時教育審議会)を開きますが、このときの課題意識は『国際化・情報化』『個性重視』でした。これに『ゆとり教育』が重なっていくことになります。当時、山崎正和さんが『柔らかい個人主義』という本を書き、(産業の中心を知識集約型産業やサービス産業に移行させる)『ソフトノミックス』という考え方が広がりました。経済のソフト化はこの時代の日本人にとってバランスが取れた考え方だったと思いますが、実際には単なるサービス産業のウエート増大になってしまった。そしてバブル経済の発生から崩壊が起き、新自由主義の経済にやや寄せていく中で、『就職氷河期』や『非正規雇用の増加』を招いた。ここに『ゆとり教育』を受けた世代が微妙に重なっていて、やっぱり教育の影響がそのまま出てしまっています」
「そうしたことを踏まえて、第3期教育振興基本計画でSociety5.0 for SDGsという目標が示され、そこからバックキャストした教育改革を『未来志向の教育改革』と呼んだわけです」
こうした未来志向の教育改革に向けて、中教審はまず2つの審議を並行して進めた。1つ目が18年11月にまとめた「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」答申。高等教育機関にリカレント教育への対応や文理横断の教育プログラムなど「多様性」と「柔軟性」の確保を強く求めた。その2か月後には、2つ目として19年1月に「新しい時代の教育に向けた働き方改革」答申をまとめ、学校の働き方改革を進める枠組みを明示した。
「トップバッターとなった『高等教育のグランドデザイン』答申は、まさにSociety5.0 for SDGsのバックキャスト型と言うべき内容です。日本の未来に向けて大学がやるべきことを明確にすることができ、非常に良かった。それと同時期に『働き方改革』答申を出したことで、初等中等教育の足元を固めることができたと思っています」
3つ目の答申は21年1月にまとまった「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」。ICTによる学習履歴などのデータ利活用を重視した「個別最適な学び」と、他者との対話を通じた「協働的な学び」の「一体的な充実」を掲げた。同時に、一斉授業か個別学習か、遠隔・オンラインか対面・オフラインか、といった「二項対立の陥穽に陥らず、どちらの良さも適切に組み合わせていく」と、バランスを重視する方向性を示した。
「第3期教育振興基本計画には『もう一度、日本の教育を強化しなければいけない』という考え方があって、そこから『令和の日本型学校教育』が出てきた。つまり、これもSociety5.0 for SDGsのコンセプトの下での学校教育とは何か、というくくりの中にある。学校教育では、これまで『不易流行』という言葉で、旧来のものと新しいもののバランスを取ることが重視されてきましたが、この答申でも『二項対立の陥穽に陥らない』という言葉が頻繁に使われ、バランスの重要性を強調しました。そもそも『令和』は『ビューティフル・ハーモーニー』(美しい調和)を意味する言葉だとも捉えています」
「その続きのような形で、『令和の日本型学校教育』における教師の在り方はどうなんだという課題が提起された。それが昨年12月の答申になっています」
4つ目の答申となった「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について」は、21年11月に教員免許更新制の廃止と新たな教員研修に関わる部分について先行して審議まとめを行い、22年12月に教員の養成や採用を含めた答申の全体が仕上がった。
「4つの答申を合わせた全体が『未来志向の教育改革』という位置付けになります。これらはひと塊で、第3期教育振興基本計画の旗下に明確に置かれた答申群です」
ここまで話が進んできて、渡邉氏はちょっと渋い表情になった。「ところが、報道やSNSでは、答申の一部だけが取り上げられていて、全体をみてもらえないことがほとんど。そこが私たちは不満なのです。例えば、昨年末に出された『教師の養成・採用・研修』答申にしても、教員採用試験の多様化みたいなところだけに焦点が当てられ、『それだけで改革の答申を出すのはいかがなものか』といった批判まである。これからの教師像について、中教審では、学校の働き方改革の進め方を最初に示してから非常に体系だった答申群を出していますので、ぜひ、全体像をみていただきたいと思っています」
渡邉氏が会長を務める現在の第11期の中教審が、最後に取り組んでいるのが、近くまとめる第4期教育振興基本計画(23~27年)の答申となる。22年2月の大臣諮問では、今の子供たちが社会の中心になって活躍する2040年以降の社会について、「先行き不透明で将来の予測が困難な未来」であり、「望む未来を私たち自身で示し、作り上げていくことが求められる時代」と説明。「超スマート社会(Society 5.0)」への対応とともに、多様な幸せと社会全体の幸せを意味する「ウェルビーイング(Well-being)」の実現を重視して、今後5年間の教育政策の目指すべき方向性と主な施策を示すよう求めた。
「次期の教育振興基本計画は、この答申群全体を総括し、それを未来に持っていくことが役割だと思っています。だから、次期教育振興基本計画は、これまでの延長線上にある第4期ではなくて、新しい時代に対して『未来志向の教育改革』を集大成する。そういう位置付けだという思いを持っています」
大臣諮問では「歴史の転換点に立っているとの認識を前提として策定する必要がある」とも指摘している。こうした歴史観をどう捉えるのか。
「そここそ、全体としての位置付けが重要になるところです。ロシアのウクライナ侵略や新型コロナウイルス感染症の感染拡大が起きて、Society4.0時代の日本の足らざるところが全部浮上した。経済的に見れば、食料安全保障やエネルギーの問題であり、人流が滞って留学がしぼみ、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の周回遅れ具合も明らかになった」
「産業界にとっても、教育界にとっても、問題が全部浮上して、次の時代にこのままでは産学ともに駄目だということが、よく分かった。ここでバージョンアップする必要がある。では、その未来図をどうしたらいいのか。それを考えるときに、羅針盤となる発想が必要になる。そこで、持続可能なレジリエンスの視点とか、ウェルビーイングの視点が出てきた。『歴史の転換点に立っている』とは、そういうことではないでしょうか」
もう少し、砕いて説明してもらおう。「経済界は、格差の拡大や生態系の崩壊をそのままにはできないから、行き過ぎた資本主義を見直して、『サステイナブルな資本主義』を目指し始めた。経団連は大学改革の提言の中で『人材育成と働き方や雇用変化の好循環を生むことが重要』と打ち出しています。政治は、岸田文雄首相がより強く持続的な資本主義へのバージョンアップが必要だとして『新しい資本主義』を掲げた。これは23年度の予算編成方針である『経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針)』(22年6月)にそっくり盛り込まれ、教育未来創造会議の第1次提言(22年5月)にも明確に反映されています。つまり、第3期教育振興基本計画が目指すSociety5.0 for SDGsのコンセプトで産官学が一致したということです」
「では、この先のコンセプトは何だろう。そう考えた時、やっぱり社会と多様な個人それぞれのウェルビーイングではないのか。これはOECD(経済協力開発機構)が『学びの羅針盤』(Learning Compass)で示した世界の潮流でもある。格差の拡大にしろ、生態系の崩壊にしろ、世界の課題であって、それらが重なったものがウェルビーイングの将来像になる。今までが2030年をターゲットにした未来志向だとすれば、その先の2040年をターゲットにすることを考えるとき、このウェルビーイングの考え方の下に、いろいろな検討をしていくことになるのではないか。そういう思いです」
このウェルビーイングを検討の軸に据える中で、中教審は「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を新たな教育政策の理念として打ち出していく。その内容に踏み込む前に、次回は、4つの答申が描く「未来志向の教育改革」をもう少し学校現場に引き寄せ、教員の働き方改革や給特法の見直しについて、渡邉氏の見解を聞いていきたい。
※インタビューは22年12月22日に行った。