教育新聞のインタビューに応じた中教審の渡邉光一郎会長(第一生命ホールディングス会長)は、教員の長時間勤務を改善する学校の働き方改革について、「『勤務時間管理』と『健康管理』という2本立ての捉え方が常に重要だと思う。教員は単なる労働者ではなく、子供たちを教え、研修や学びもある特別な公務員。だから、健康管理をしっかりしながら、弾力的に勤務できる形が必要になる。それが給特法の枠組みになっている」と、2019年1月にまとめた働き方改革答申の考え方を改めて説明した。「働き方改革はICTを使った業務改善の中で進めることが非常に重要」とした上で、自民党や文科省で始まった給特法の見直し作業について、「給特法の基本的な枠組みを前提にして、働き方改革を確実に実施する仕組みを確立し、成果を出すことが求められる。これが答申の基本的な考え方。ここを議論のスタートにしてほしい」と述べた。
中教審は、教員の長時間勤務を解消するため、17年6月に学校の働き方改革について大臣諮問を受け、1年7カ月かけて19年1月に答申「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」をまとめた。
この答申が第1章に掲げたのは「『子供のためであれば長時間勤務も良し』とする働き方の中で、教師が疲弊していくのであれば、それは『子供のため』にはならない」という考え方。これが学校の働き方改革を進める上での基本的なスタンスとなっている。
具体的な施策としては、まず勤務時間管理と健康管理に基づく働き方改革として▽勤務時間管理の徹底。ICTなどによる客観的な把握▽時間外勤務の上限設定(月45時間、年360時間)と大臣指針への格上げ▽健康管理に必要な労働安全衛生管理体制の整備▽全ての教職員に対するストレスチェックの実施と市町村ごとの実施状況の公表--などを示した。また、給特法が例外として時間外勤務を認めている「超勤4項目」(校外実習、修学旅行などの学校行事、職員会議、非常災害時の対応)以外の業務が教員の時間外勤務のほとんどを占めている実態があることから、学校と教員が担う業務を整理して明確化した。
渡邉氏は「働き方改革」答申をどう捉えているのか。
「『勤務時間管理』と『健康管理』という2本立ての捉え方が常に重要だと思います。教員は単なる労働者ではない。だから、働き方改革の答申では、時間管理だけではなく、健康管理という視点を掲げた。そして、校務支援システムなどのICTインフラを使って効率性を上げながら、学校全体の業務の適正化を図る。働き方改革は、ICTを使った業務改善の中で進めることが非常に重要なんだと打ち出した。学校教育の世界も、ICTインフラを使った教育DXの中で根本的に働き方を変えましょうよ、ということです。今の給特法の議論をみていると、下手をすると、一般企業の勤務時間管理みたいな議論もあって、これらが抜けてしまっています」
給特法の見直し作業は、自民党や文科省で実質的にスタートしている。自民党は22年11月、萩生田光一政調会長が委員長となって「令和の教育人材確保に関する特命委員会」を立ち上げた。23年5月をめどに意見を集約し、24年度予算編成の方針として例年6月に政府が閣議決定する「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)に反映させる考えだ。文科省では、22年度に6年ぶりとなる教員勤務実態調査を行っており、22年4月ごろに速報値を公表。その結果を踏まえて、政府内での検討や中教審での審議をスタートさせていく方向になっている。教員勤務実態調査の結果に基づいて、これまで進めてきた働き方改革の施策の効果検証も進めることになっており、そのためのクロス集計は24年3月をめどに公表される。
こうした給特法の見直し作業について、見解を尋ねると、渡邉氏はまず結論を明快に語った。
「給特法の基本的な枠組みを前提にして、働き方改革を確実に実施する仕組みを確立し、成果を出すことが求められる。これが答申の基本的な考え方です。今の給特法の議論は、ゼロ出発みたいな議論をしているけれども、ここを議論のスタートにしてほしい」
給特法の基本的な枠組みはなぜ必要なのか。
「給特法は、教員は普通の地方公務員ではなく、特に留意しなければいけない『特別な公務員』だと言っている。これを単なる勤務時間管理だけの考え方にしてしまうと、教員は普通の公務員になってしまう。給特法は、教員は子供たちを教え、研修や学びもある特別な公務員なのだから、その勤務時間をガチガチにするのではなく、弾力的に働けるようにしている。だからこそ、教員が時間外勤務をする場合には健康管理が重要だと定めている。働き方改革の答申が示したように、教員には変形労働時間制など休日の在り方にもいろいろ工夫があっていい。そうしたことを通じて、教員が教育に専念できるような周辺整備が重要だということです」
給特法はそもそも教員の時間外勤務を認めず、例外として「超勤4項目」を定め、時間外手当に代わって教職調整額4%を加算したが、法施行から半世紀が過ぎ、教員の業務量が増え、学校の勤務時間管理に対する感覚も緩くなる中で、教員の長時間勤務が日常化した。このため、働き方改革答申では、長時間勤務削減の第一歩として勤務時間管理の徹底を打ち出し、時間外勤務の上限ガイドライン(月45時間、年360時間)の設定とその大臣指針への格上げを求めた。一方、給特法は本来、「超勤4項目」による時間外勤務についても、第6条2項で「教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がされなければならない」と明記している。
渡邉氏は「給特法の基本的な枠組みを前提にするという視点は、戸ヶ崎勤埼玉県戸田市教育長の発言が答申の趣旨をよく踏まえている」と指摘した。戸ヶ崎氏は22年12月、自民党の特命委員会でヒアリングを受け、「給特法が学校の長時間労働の元凶とする見方には疑問がある」とした上で、給特法に教員の健康と福祉への配慮が盛り込まれていることに触れながら「給特法の見直しは必要だが、教員は日本の未来を担う人材を育成するという崇高な役割や職責を担っている、という法の精神は残す必要があるのではないか」と述べている。
こうした説明に続き、渡邉氏は「給特法の枠組みを前提として、私は教員の給与水準を絶対に上げなければいけないと思います。残業代をちゃんと支払うといったものではなく、給与のベースを上げなければいけない。なぜなら、やっぱり特別な公務員だから」と言い切った。その理由を聞くと、ここでもSociety4.0の情報社会から、Society5.0の超スマート社会への移行という歴史の転換を意識した説明が返ってきた。
「そもそも教員に限らず、日本の給与水準が下がり過ぎています。これはSociety4.0時代からの対応のまずさがあったためです。産業界でも、以前から生産性を上げるための働き方改革を打ち出していたけれども、これは分母と分子で見ると、分母対策でした。分母には労働者数とか労働時間がある。分子には生産性の産物である価値の増がある。デフレ構造の下で『生産性を上げろ。そのために働き方を変えろ』と言われると、どうしても分母対策に走ってしまう。それがリストラです。その結果、日本から人材が流出するとともに、知財も流れ出てしまった。流出先は中国や韓国などです。そうやって日本の人材と知財が失われた。これが日本のSociety4.0時代に起こったことです」
「これからは分子対策に変えなければいけない。分子対策は、まさしく価値創造であり、価値を創造する『人』の要素が必要です。新たな価値を創造し、生産性を上げていくために、人材育成による分子対策が重要になってくる。そうやって考え方を変えていくと、人への投資がなぜ今必要なのかが分かるし、多様な個人と社会のウェルビーイングを実現するという方向性も出てくる。もうリストラの要素よりも、人材育成が大事であって、それは教育の世界でも同じことです」
リストラから人材育成への転換は、「人への投資」を掲げる岸田政権の方向性にもあっているし、ウェルビーイングを重視した教育未来創造会議の第一次提言や中教審が検討中の次期教育振興基本計画の考え方とも「ベクトルは合っている」という。
中教審は22年12月、答申「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について」をまとめた。21年11月に教員免許更新制の廃止と新たな教員研修に関わる部分について先行して審議まとめを行い、今回、教員の養成や採用を含めた答申の全体を仕上げている。
この答申の狙いについて、渡邉氏は「一読して分かるように『学校の働き方改革が重要だ』との指摘が至る所に出てくる。つまり、働き方改革の答申をベースに、新しい変化要素に対応していくために必要な施策を描いた答申になっている」と位置付ける。
変化要素とはどういうことか。「例えば、個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実という『令和の日本型学校教育』を進めるためには、それぞれの教員が持つ機能をもっと明確化して、必要に応じて分化しなくては対応できないので、小学校の教科担任制が出てきた。教師に求められる資質能力の点では、ICTやデータの利活用について教育界も周回遅れになっていることが明確になっているので、ここを強化する必要がある。教員免許更新制の発展的解消もこの流れの中で出てきて、もっと教員が前向きになるような研修体系を作り上げていこうというまとめになった。これらを実現するためには、働き方改革によって学校と教員の足元を固めなければなりません」
この答申では、教員養成大学に教員就職率の向上を求め、定員の見直しや統合など組織体制の見直しにも言及するなど、現在の教員養成にも変化を求めた。
「教員養成大学・学部、教職大学院も、新しい時代に向けて足らざるところを変えていく。養成段階はどうしても理論的な要素になりがちなので、大学・大学院と現場との往還をさせて、養成課程も研修の内容も変えていく。この『理論と実践の往還』という考え方が今回のキーワードであり、改革の方向性を示す目玉になる」
答申の最後には「おわりに」と題して、教員へのメッセージを発した。教員のなり手不足が懸念される中、「子供たちにとって、自分に寄り添ってくれたり、温かく見守ってくれたりする教師に出会い、『自分もこうなりたい』と強く心打たれた経験こそが、次代の教師の育成の第一歩である」とつづり、関係者に「学校における働き方改革を強力に推進するとともに、学校を心理的安全性が確保できる職場にすることが不可欠である」と訴えている。
「社会構造の変化に沿って教育を変えていくために、一番重要な要素はやっぱり教師です。だから、この答申の最後に、私はメッセージを出したかった。教師の養成・採用・研修の一体的な改革を通じて、教員が創造的で魅力ある仕事であることを再認識してほしい。そのことによって志望者が増加して、教員自身も士気を高め、誇りを持った働きができるような将来を実現してほしい。このメッセージを伝えることが、今回の答申の本旨です。教員採用の早期化が話題になりましたが、それは一つの要素であって、本当のメッセージはここにあります」
答申は具体的な施策を5つの柱にまとめている。「大学・大学院の養成段階から変えます。採用や免許にも今まで問題がありましたが、特別免許も含めて時代に合わせて運用しやすくしました。今回の改正によって、教員志望者が増えてほしい。ただ、教員になってもらったら、常に学び続けてもらわないといけないので、研修体系も整理し直した。それだけじゃない、校務支援システムを始め、GIGAスクールで整備したICTインフラを活用して、今の業務を見直さなければ始まらない。ベースには働き方改革を置きながら、新しい働き方に対応して、教員は本来の職務に専念してほしい。こういう体系を作ったのが今回の答申です」
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学校と教員の働き方改革には、まだまだ長い道のりが残されていることも指摘しておかなければならない。19年1月に出された働き方改革の答申と教員の時間外勤務の上限指針(月45時間、年360時間)を受け、全国の学校現場で勤務時間管理が進んでいる。文科省が全国の教育委員会に行った22年度の取り組み状況の調査結果によると、時間外勤務が「月45時間以下」となっている割合は、4月から7月までの平均で、小学校は19年の51.5%から22年の63.2%に、中学校は同じく36.1%から46.3%に、高校は同じく53.5%から63.4%に改善した。しかし、21年と22年を比べると、改善幅は小学校で1.9ポイント、中学校で1.8ポイントと小幅の改善にとどまり、高校ではマイナス0.4ポイントと悪化した。学校行事や部活動などもあり、教職員の時間外勤務はなかなか減らない。
渡邉氏が働き方改革の重要なポイントとして挙げた校務のICT化も、依然として課題のままだ。文科省が22年9月に行った「校務の情報化に関する調査結果」によると、校務支援システムは81.9%の自治体で導入している。しかし、学習系と校務系を連携させてさまざまな教育データを可視化できるように、校務支援システムを「インターネット経由で接続したクラウドで運用している」と答えた自治体は、14.0%にとどまった。教職員が自宅から校務支援システムを使うことができる自治体は、6.0%しかない。
時間外勤務の実態がどう変化しているのかについては、文科省が6年ぶりに進めている教員勤務実態調査の結果を待たなければならない。ただ、教育新聞が22年9月30日から10月6日まで、購読会員および過去のアンケート回答者(公立教員)を対象に行ったウェブアンケート(有効回答485件)によると、超勤4項目以外の時間外勤務をしているかどうかを尋ねたところ、93.8%が「している」と回答。給特法の「超勤4項目以外は時間外勤務を命じない」としている原則は、働き方改革の答申から4年がたったいまも形骸化したままになっていることが示唆されている。
※インタビューは22年12月22日に行った。