前例踏襲の校内研修からの脱却 埼玉県戸田市立美女木小が研究発表

前例踏襲の校内研修からの脱却 埼玉県戸田市立美女木小が研究発表
チームごとに「個別最適な校内研修」について発表した
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 来年4月からスタートする新しい教員研修制度の在り方について各自治体や学校で模索が続く中、埼玉県戸田市立美女木小学校(山田一文校長、児童699人)はこのほど、同校で取り組んできた個別最適な校内研修についての研究発表会をオンラインで開催した。同校では「先生も子供も学びだす~対話でつくる成功の循環~」をテーマに、昨年度から▽教員の興味関心に応じたチームによる「個別最適な校内研修」▽教員集団の関係性の質の向上のための「対話の時間」――に挑戦。教員からは「自由進度学習を学び、実践することで、教師の役割について改めて考えさせられた」といった校内研修についての報告や、「心理的安全性が担保された職員室になった」といった対話による変化が語られた。

「個別最適な校内研修」へのチャレンジ

 オンラインで開催された研究発表会には、北は北海道から南は沖縄まで、全国から230人ほどの申し込みがあった。冒頭、山田校長は参加者に「オンライン開催だが、リアクションボタンやチャットを活用して、双方向でやりとりしましょう」と呼び掛けた。すると早速、多くの参加者からスタンプや絵文字など、さまざまなリアクションボタンが送られ、和やかな雰囲気でスタートした。

 山田校長は「昨年度からの本校の取り組みは、教員の研修の在り方についての挑戦だった。まず、教員の興味関心に応じたチームによる個別最適な校内研修にチャレンジした。そして、教員集団の関係性の質の向上のために、対話を重視してきた」と説明した。

 個別最適な校内研修にした理由について、山田校長は「多様な児童の実態に、柔軟に、適切に対応するためだ。教員の心から学びたいという想いも実現したかった」と振り返った。また、対話を重ねていくことで、職員室が「心理的安全性が担保された環境」になり、それが土台となって教員が学びたいことを学べるようになっていったと報告した。

 続いて、今年度の研究主任を務めた後藤宏清教諭は「校内研修の時間、皆さんの学校の先生はどんな顔をしていますか?」と参加者に問い掛けた。「本校ではとにかく笑顔だった。大人がワクワクしながら学ぶ学校を目指し、楽しみながら真剣に創っている」と話した。

 同校でも以前は校内で一つの研究テーマを決めて校内研修に取り組んでいたが、そのテーマがはまる教員もいれば、興味が持てない教員もいて、“やらされ感”の強い校内研修になりがちだった。個別最適な校内研修にシフトした当初、後藤教諭は「自分の興味があるものだけやっていたら、どうなってしまうのか?」との不安もあったが、いざ始めてみると、そこには教員が生き生きした様子で学んでいる姿があった。「教員一人一人の変容が、学校全体の変容につながっていった」と2年間の取り組みの実感を述べた。

子供たちを信じ、見守ることができるように

 同校の校内研修は、チームごとに研修計画を立てて進められている。その分野のトップランナーに教員自ら研修講師を依頼し、学びを深めているのも特長だ。また、年に4回、各チームの取り組みについて共有する「シェアタイム」を開催。公開授業も年間を通して行っており、「見たい教員が気軽に見に行く」という形をとっている。

 研究発表会では、今年度取り組んできた「自由進度学習」「PBL(課題解決型学習)」「哲学対話」「GBL(ゲーム・ベースド・ラーニング)」「SEL(社会性と情動の学習)」「GWT(グループワークトレーニング)」「ぱれっとルーム(校内フリースクール)」について、それぞれのチームが発表した。

 自由進度学習に取り組んだチームは、「子供たちの『学びたい』は一人一人違う。取り組む中で、しんどい子の学びがうまく進まないこともあったが、何がしんどいのかを丁寧に見ていくようになった」と話した。また、「教師の役割は、子供たちのやる気スイッチの受け皿を用意しておくことだと感じた」との気付きを共有した。

 GBLに取り組んだチームは、算数の長さの単位の単元での取り組みを報告。用語をキャラクター化するなど、子供たちがやってみたいと思える仕掛けづくりや、明確なゴール設定をするなど工夫した。「最初は『みんな本当に分かっているのかな?』と不安もあったが、算数が苦手な子も楽しみながら学んでくれた。学びと思い出がセットされることで、学びの定着が図れたのではないか」と述べ、教員が楽しく授業準備できたこともメリットとして挙げていた。

 一つの課題に対して子供たちが協力して取り組んでいくGWTに取り組んだ教員らは、「子供たちを信じて見守りたいけれども、どうしても指示を出してしまう。そこで取り組んだのがGWTだった」と振り返った。「教員の指示を短くし、子供の気付きを促すような声掛けを意識した。そうすることで、子供たちを信じて見守ることができるようになったり、子供同士をつなげるような声掛けができるようになったりしてきている」と変容を語った。

 総合的な学習の時間で「美女木小に生き物が住みやすい環境をつくる」というPBLに取り組んだチームは、子供たちがやりたいことを実現するには資金が必要だったことから、まずお金をもうけるための授業を実施。そしてオンラインでオリジナルグッズを販売するなどして、実際に子供たちは10日間で約8万円を稼ぐことができたという。「資金ができたことで、子供たちは次々と自分のやりたいことを形にしていった。『こういうことが学校でできるんだ!』と、子供たちの自己肯定感も高まった」と報告した。

 また、その過程で子供たちへのフィードバックの質と量を高めるために、積極的に企業などの外部人材に協力を仰いだ。子供たちは企業の人たちとミーティングするなど、大人と対等に話す経験を積んだことで、どんどん自信を付けて自走するようになっていった。外部人材へのアプローチにちゅうちょする学校も多いが、「やってみたら企業の方は力を貸してくれる。今は子供たちが企業にアポイントを取って交渉している」とアドバイスを送っていた。

個別最適な校内研修を支えた「対話の時間」

対話による変化について語り合うNPO法人「学校の話をしよう」のメンバーと同校の教員
対話による変化について語り合うNPO法人「学校の話をしよう」のメンバーと同校の教員

 こうした校内研修を可能にした土台となっているのが、昨年夏から取り組み始めた「対話の時間」だ。研究発表会の後半では、この取り組みに伴走してきたNPO法人「学校の話をしよう」の寒川英里代表らと、同校の教員の座談会が行われた。

 寒川代表は対話の重要性について、「私たちは普段、出来事について話している。しかし、その奥にある感情や思い、価値観については話せていない。対話によって感情や価値観を共有していけると、『この先生はこういう背景があるから、こう考えるのか』と理解し合えるようになっていける」と話した。

 同校では年に5回ほど、3時間程度のロング対話を行っている。また、今年度から職員会議を「教職員が対話する時間」にして、毎月1時間程度のショート対話も重ねている。

 この対話の取り組みが始まった当初の思いについて聞かれた同校の教員は、「対話って何なんだろうと、ピンとこなかった」「正直、もうすでに対話しているんだけどな? 今さら?と思った」などと振り返った。

 以前は学年団の教員同士で話すことが多かったものの、対話の時間を取るようになってからは学年団以外の教員とも「どうして教員になろうと思ったのか?」など、お互いの教育観についても深く話すようになっていった。教員からは関係性の質の変化について、「どの先生も自分が良いと思ったことを気兼ねなく試してみたり、やっていいか相談できたりするようになった」「自分の内面を見つめ直すことにもなった。普段の会話とは違うものを学ばせてもらった」「年齢や経験も違う先生とも関係を築けるようになった」といった意見が出ていた。

 対話を進めていく過程で対立などがあったかについては、「相手が本当に分かってくれているのか、苦しい時期もあった」と話す教員もいた。他の教員からは「意見や考えが違っても、どういうスタンスで聞くかといったことを学んでいった」「お互いを深掘りしていく大変さはあったが、対立というよりは、お互いを出し合えているという感覚だった」とのコメントがあった。

 研究発表会の参加者からの「うちの学校でも取り組んでみたいけれども、どうすれば対話の時間を捻出できるか」という質問に対しては、「本校のように『職員会議』と『対話の時間』を置き換える形ならば、トライしやすいのではないか」とアドバイス。別の教員も「対話によってお互いを深く理解できるようになると、職員間で何かを決めるときにも時間が短くて済むようになる」と話した。

「自分の学びたいことを学べるって、こんなに楽しいのか」

 研究発表会終了後、これまでの取り組みを振り返って山田校長は「みんなが、何がやりたいのか、何にモヤモヤしているのかを対話しながら、新しいことにチャレンジし続けた2年間だった。前例踏襲は大きな事故は起こらないかもしれないが、下降するだけだ。この仲間とだったらチャレンジできる――、そんな人間関係を目指してやってきた」と述べた。

 同校に赴任して3年目の学年主任を務める教員は個別最適な校内研修について、「これまでの経験があるから、そんなやり方でうまくいくのかという疑問があった。でも、とにかく一緒に楽しもうとやっているうちに、だんだんとみんなの矢印の向きがそろってきた感覚だ」と振り返る。

 同校に赴任して4年目の教員は「みんなで対話をしてみると『こんなことを思っていたんだ』という驚きばかりだった。また、自分の思いや考えを言語化していく過程で新たな気付きもあった」と対話の面白さを語る。そして、「毎月対話の時間をつくる、設定するということが、重要なポイントだった」とも話してくれた。

 別の学年主任の教員は個別最適な校内研修について、「自分の学びたいことを学べるのは、こんなに楽しいのかと感じた。そして、きっと子供もそうなんだろうな、と言うことに気付けた」と充実した表情を見せる。「これまでは、例えば教科書を開いてない子がいたら、『教科書を開きなさい』と注意して終わらせていた。でも、今はその背景に何があるのかを見ようと意識するようになった」と思考の変化も感じている。

 研究主任としてけん引してきた後藤教諭は個別最適な校内研修について、「学び始めはみんな楽しいけれども、やっていくうちに自分の無知や出来なさに落ち込んでいく時期もあった」と回顧する。「でも、みんな自分が学びたいことだから、苦しさの感じ方も違う。そこが決められたものをこなすだけの研修とは違っていた」と話す。

 また、対話による変化について、「以前は職員室で『この実践や指導、どう思いますか?』と聞いたら『いいんじゃない?』と返ってくるパターンが多かった。しかし、対話によって関係性が深まった今は、『それは○○だから、こうしてみたら?』と、みんなが自分事として考えて答えてくれることが増えた」と話す。

 教員の学びも関係性にも大きな変化があった2年間の取り組みだったが、今後について後藤教諭は「対話にしても、校内研修にしても、この形だけが正解ではない。研修については、もっと子供たちの変容につなげていきたい。そして教職員の関係性がさらに深まるにはどうしていけばいいのかを考えていきたい」と話した。

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