給特法の見直しに先立ち、教員の処遇や勤務制度を巡る論点整理に取り組んでいる文科省の調査研究会は1月16日、第2回会合を開き、岡山県の鍵本芳明教育長と埼玉県戸田市の戸ヶ﨑勤教育長が現状と課題を報告した。鍵本氏は「岡山県の教員の時間外在校等時間は、特別支援学校を除いて指針の上限である月45時間を超えており、給特法が成立当時のままである中、学校現場の不安は大きい」と述べ、働き方改革とともに給与面での見直しが必要だと指摘した。戸ヶ﨑氏は「全人的な教育といった日本の教育の強みを維持していくためには、教員の献身的な努力に頼っているわけにはいかない」として、職務に応じた手当の大幅な充実などを通して「頑張っている教員が報われる給与体系」を作り上げていくとの提案を行った。両教育長とも、教員の職務の特殊性を踏まえた給特法や人材確保法の枠組みを維持しつつ、教員の処遇改善を図るべきだとの立場をとった。
鍵本氏は、岡山県教委が直面している課題として、教員の長時間勤務と教員採用試験の倍率低下を上げた。教員の長時間勤務では、岡山県の教員の時間外在校等時間は2022年6月時点で、小学校49.6時間、中学校61.0時間、高校53.9時間、特別支援学校30.2時間で、「少しずつ減少してきているが、特別支援学校を除いて国が教員の勤務時間の上限指針で定めている45時間を上回っている」と説明。働き方改革を進めることが第一だとした上で、「給特法や人材確保法の精神は生かしつつ、給与面で何らかの見直しが必要と考えている」とした。教員採用試験の倍率低下については「学校現場の忙しさを理由に教職を諦める学生がいる」と懸念を示し、「教職を希望する学生を増やすために教員業務の明確化や適正化、教職員体制の充実による働き方改革を進め、教員の業務負担の軽減を図ることが必要と考えている」と述べた。
給与面での見直しに当たっては「まず教員の職務の特殊性について十分な議論が必要になる。教員の職務は、給特法制定の経緯の中で指摘されたように、教員の自発性や創造性によるところが大きく、どこまでが教員の勤務であるかを判断することが難しい状況がある。この状況は現在に至るまで変わっていない」と指摘。教員の職務を勤務時間の内と外を切り分けることができるのか検討が必要だとの考えを強調した。
その上で、現在4%の教職調整額を変更する場合には「過重な業務負担を容認することにならないか」「個々の教員で勤務の状況が異なる中で、国民からの理解が得られるか」が検討事項になるとの考えを示した。教職調整額に代わって時間外勤務手当を支払う場合には「現在の学校現場の体制で、時間外勤務命令やその管理が可能か」「服務監督権者の時間外勤務の考え方の違いにより給与面の差が生じないか」「効率的に仕事を進め、時間外勤務をしない教員ほど給与が少なくなることへの理解が得られるか」「『超勤4項目』をどう整理するか」が検討課題になるとした。
教員採用試験の倍率低下については「教員に優秀な人材を確保するために県教委としてさまざまな取り組みを行っているが、現状には厳しいものがある」と率直に説明。特別免許状の積極的な活用を進めるとともに、教職に就いた場合に奨学金を免除する制度の復活を求めた。さらに、児童生徒や教員の負担を考慮した教育課程の見直しについても検討課題に挙げた。
一方、戸ヶ﨑氏は、議論の出発点として、教員の給与に対する優遇措置を定めた人材確保法と、教員の職務の特殊性を理由に教職調整額の支給と時間外手当を支給しないことや教員の健康管理の重要性を定めた給特法の枠組み維持が必要との見方を説明。「給特法こそが学校の長時間労働の元凶とする見方、あるいは、給特法を改正さえすれば教師の業務が適正化に向かうという考えには疑問がある。(給特法は)決して『定額働かせ放題』とする法律ではない」と指摘した上で、「給特法の見直しは必要だが、給特法や人材確保法の『精神』は残す必要がある」と強調した。
その上で、教員給与が抱える課題について「がんばっている教師が報われる給与体系になっていない」と指摘。対応策として、さまざまな教育活動のニーズに応じた手当の充実などにより、「メリハリある給与改善」を行うことを提案した。具体的な手当としては「学級担任手当」「特別支援教育コーディネーターへの手当」「道徳教育推進教師への手当」「研修主事への手当」「情報教育主任への手当」「管理職手当(改善)」を挙げた。
戸ヶ﨑氏は「(時間外勤務に応じた残業代の支払いで)仕事の効率化を実践している教員ほど給与が相対的に減少してしまうようでは、働き方改革へのブレーキになってしまう。考えられる対応策として、メリハリのある給与改善の優先度が高いと思う。例えば、授業のほかに学級活動や保護者対応に当たる学級担任や、授業改善の推進役である研修主事に手当を処遇するとか、管理職のなり手不足も危機的な状況なので管理職手当を拡充することが考えられる」と説明。「意欲や熱意のある教員のモチベーションが高まるような、個に応じた処遇改善を行うことを強調したい」と報告を結んだ。
2人の教育長の報告を受け、有識者や学校関係者で構成する委員による活発なやりとりが行われた。
青木栄一委員(東北大大学院教授)は「給特法には『教育職員の健康と福祉を害することとならないように』と書いてあり、タイムマネジメントの必要性は給特法の成立以来、何も変わっていない。それにも関わらず、こういう(教員の長時間勤務が日常化する)事態が生じているのは、学校や教育委員会の責任は非常に大きいと考えている」と指摘。給特法が教員の健康管理を求めているのに対し、学校管理職や教委が教員の勤務時間管理を適切に行ってこなかったことに大きな責任があるとの見解を示した。
戸ヶ﨑氏が提案した手当の充実による給与改善については、「私も非常に賛同する。手当の設定は給与負担者としての県教委の判断でできる。これは市町村教委から県教委への提案でもあるし、国から県教委への提案にもなる。県教委ができることという意味で、提案として非常に魅力的だと思う」と高く評価した。
さらに青木氏は、小学校教員が抱える授業のコマ数が多いことを問題点として挙げた。「(2人の教育長の報告を受け)教員定数について、議論していかなければいけないと思った。現在、小学校教員はコマ数が多い。学習指導要領で求められているのは評価の充実であり、あるいは多様な教育活動に向けての準備の大事さだと思う。それならば、一コマ一コマ(の授業)にかけるコストが非常に大きくなっているはず。コマ数を削減しない限り、教員の本来業務である授業がおろそかになってしまう。そう考えると、1人当たりの子供の人数で教職員の定数をカウントする、あるいはクラスサイズ(学級編制)の上限を踏まえて教員数をカウントするという現在の仕組みに上乗せする、といった形でコマ数にも注目すべきではないか」と指摘した。
この発言を受け、貞広斎子座長(千葉大教授)は「(2人の教育長の話を聞きながら)私もコマ数という考え方で定数をアジャスト(調整)していく考え方が必要ではないかと考えていた。ぜひ引き取りたい」と述べた。
善積康子委員(三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員)は「教員が受け持つ授業のコマ数を調査してみると、学校によってすごく差がある。産休育休を取った教員の代わりがいないとか、ある科目に対応できる教員がいなくて学校管理職が急に授業を持つとか、単純に言うと、人事がない。人事は教育委員会の役割で、本来は、そうした実態に合わせて人繰りをしなければならない。ただ、人繰りをしたくても、そのもとになる人がいないという悪循環があるのだと思う。だから、そうした状況をデータとして記録し、採用に当たってもどのような人がどれくらい必要なのかを見える化することが必要ではないか」と指摘した。