新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けを5月8日から5類へ移行することが決定し、今、政府内では卒業式や入学式にマスクを着用しなくても出席できるよう、感染対策を緩和する方向で検討が進められている。では、日本より早く昨年からマスクの着用などコロナ関連の規制が緩和され、ポストコロナへと移行している海外の学校では、どのようなことが起きているのだろうか。オランダ、フィンランド、ニュージーランド、米国の教育関係者に、「コロナ禍の学校」と「ポストコロナに移行した今の学校」について聞いた。
「オランダの初等教育に属する子どもたちは、『groep7/8』(日本の小学5年生と6年生)の非常に短い一定期間を除いて、新型コロナウイルスに起因する理由でマスクの着用を義務付けられたことはなかった」
そう語るのは、元公立高校教諭で、現在はオランダに移住し教育関連事業を行う「Eduble」を立ち上げた三島菜央さんだ。現地の公立小学校で英語のティーチングアシスタントも務めている。同国では13歳以上は一般的な成人と同じ扱いとされ、学校も含めた屋内でのマスク着用が義務付けられていたが、初等教育の子どもたちは社会生活を行う全ての場所でマスク着用の義務はなかった。
三島さんは「オランダでは、子どもたちがマスクをすることでコミュニケーション面や発達面に影響が出るとすでに予測した、もしくは理解しているからこそ、子どもにマスク着用を強要することがなかったのではないかと、個人的には考えている。オランダは『世界一子どもが幸福な国』と言われるが、『子どもは子どものままでいさせてあげる』ということに寛容だ」と話す。
ある時、三島さんが同国の20代の若手教員に、コロナ禍の子どもたちがマスクを着けた日本の小学校の様子を見せたところ、「小学生の子どもたちがこのようにマスクを着用して学校生活を過ごすのは非常に不健康だと思いますが、それについて大人たちはどのように考えていますか?」と聞かれたそうだ。「これは批判ではなく、意見であって、子どもたちの健全な発達をサポートすべき大人たちが何を考えているのかを知りたかったのだと思う」と説明する。
三島さんは「コロナ禍を通して私が強く感じたのは、その国の政策はその国の文化と強く結び付いていることだったように思う。オランダを含め、なぜヨーロッパの人々はここまでマスクを嫌うのか。それは、コミュニケーションとは人と目を合わせ、表情やジェスチャーを通して行うものだと理解しているからではないか」と指摘する。「それが失われることは、彼らにとって人との『つながり』を失うことと同じなのではないか。そして、その『つながり』の中で自分自身を発達させようとしている子どもたちからその機会を奪うことは、あえて強い表現を使うとするならば、『子どもたちの未来を奪うこと』と同等だと考えられているように感じる」と語った。
北欧のフィンランドでも、コロナ禍において国としてマスクの着用が推奨されていたのは12歳以上で、基本的には屋内と公共交通機関での着用が求められていた。ただ、自治体によっては小学1年生からや、小学3年生からなど、初等教育においてもマスクの着用を推奨しているところもあったという。
同国ラハティ市の公立小学校でティーチングアシスタントを務める宮下彩夏さんは、勤務校でマスク着用が子どもたちにも推奨されるようになった日のことを、「市からの申し送りを受けて、最終的には学校長が判断した。その日の1時間目の途中で『小学4年生以上は屋内ではマスクを着用すること』が決まった」と振り返る。
マスクは自治体から学校に届けられ、学校で必要な学年の児童生徒たちに配られたそうだ。「着用ルールが決まった日、中には机をたたいて抗議する子もいたほど、マスクを嫌がる態度を取る子どもたちが多かった。文化的にマスク着用に慣れていない国だからこその反応だったのだと思う」と話す。
4年生以上の子どもたちは、登校してくると教室でマスクをもらって着用して授業を受け、休み時間に外に行くときはマスクを捨て、休み時間から戻ったら新しいマスクを着ける━━といった様子だったという。「例えば、英語の授業などでは『マスクで発音が聞きづらいね』と話していることもあったが、子どもたちは四六時中お互いの顔が見えないわけではないため、そこまでコミュニケーション面での差は感じなかった」と宮下さんは説明する。
同国では、マスク着用などに関する規制は昨年4月に解除されている。「マスクなしになったとき、子どもたちも教員たちも喜んでいる様子で、マスクをし続ける子は見掛けなかった」と言う。また、同校では学校側がコロナの感染者を把握している様子がなかったため、詳しくは分からないとのことだが、「マスクなしになったから欠席が増えるという様子は特に感じられなかった」そうだ。
「文化的にマスクを着ける習慣のない国々と日本とでは、大人をはじめ子どもたちのマスクあり・なしに対する感覚が全く違うものなのだと実感した。私が勤務する学校では、着用しなくてよいと決まった日から、率先して教員たちがマスクを外し、『やっと教室でも子どもたちの表情が見られる』と喜んでいた」と話してくれた。
感染者が1人確認されたことを受けて全土をロックダウンするなど、当初はゼロコロナ戦略を打ち出していたニュージーランドは、日本よりも厳しい規制が敷かれていた国の一つだ。同国に20年以上住む保育士の早野裕香さんは、オークランド市内の公立高校に通う2人の子どもがいるが、当時の学校について「ロックダウンの間は完全に自宅でオンライン授業となった。その後も学年ごとに曜日を分けて分散登校する形だった」と振り返る。ただ、同国ではコロナ以前からICTを活用した授業が進んでいたため、「オンライン授業になっても、非常にスムーズだった」という。
ロックダウンが明けて、徐々に全学年の生徒が登校できるようになってからも、子どもたちの学校ではランチタイムには学年ごとにどのエリアで食べるかが厳格に決まっていたそうだ。室内において大人数で密集することは禁じられており、雨が降ると学校は休校になった。「なぜなら、雨だとランチタイムに室内で密集することになるから。朝晴れていて登校したとしても、途中で雨が降りだしたらランチタイム前には休校が決まって自宅に返されるほど徹底していた」と振り返る。
同国では22年9月にはマスクの着用規則などが撤廃された。現在もコロナ陽性者は7日間の隔離が義務付けられているが、ほぼコロナ前の日常に戻っているという。マスクの着用規則の撤廃後について、「娘や息子の学校では、特に感染拡大ということは感じなかった」と話す。「ただ、以前はみんな少し体調が悪いぐらいなら登校していたが、今は自宅で休むようになった」といった変化は感じており、早野さんが勤務する保育園でも同様の傾向だという。
「今も感染が気になりマスクをしている人もいるが、私の住んでいるオークランド市内では、100人いたらマスクをしているのは5~6人程度。例えばバスに乗るときだけマスクをしている学生や、ちょっと人が多いイベントでは着けている人もいる。ただ、それは周りがマスクをしているからではなく、自分がする必要があると思ってしているだけ」と、ポストコロナの同国の現状について説明する。
「実は今、またマスク有りの生活に戻っている」と話すのは、ニューヨーク市の「Alto日本語補習校」で校長を務める中村健人さん。同校は、個別進度・自由進度学習を主軸としており、現在、小学生36人、中学生6人が通学している。
米国では昨年末から新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの感染者が爆発的に増えており、ニューヨーク市では再び公共施設の屋内などでのマスク着用を強く呼び掛けている。中村さんの学校でも職員のマスク着用推奨を再開しているというが、街の様子について「全員がマスクをしているわけではない。例えば、電車に乗る時だけマスクをしているといった人は多く、体感では乗客の3割くらい。本校でもクラスに2、3人マスクをしている子がいる」と話す。
中村さんは「マスクをしていても、していなくても感染者は出てきており、その割合にあまり変化はないように感じている。今は以前のように大ごとにはならず、コロナに感染した子も数日休んで、治ったらまたすぐ学校に来る。濃厚接触者というのもなくなったので、普通の風邪のような感覚だ」という。
感染者の増減を繰り返しながらも、ポストコロナへと移行している米国。マスク生活が長く続いたことによる弊害について、中村さんは「私自身は相手の表情が見えることで、安心してコミュニケーションが取れるようになったと感じているが、マスクによる影響はほんのわずかではないか」と考えを示す。
「私たちが行っている教育は、マスク程度でその質が揺らぐほどやわなものではないはずだ。マスクに意味を持たせて、これまでは良くなかったけれども、マスクを外せたこれからは良いとしてしまうと、頑張ってきたコロナ禍の数年間はなんだったんだ、ということになってしまう。これまでも、これからも、子どもたちのウェルビーイングを体現していきたい」と力を込める。