文科省は2月10日、卒業式のマスクについて「児童生徒及び教職員については、式典全体を通じてマスクを外すことを基本とする」とする通知を、都道府県・政令市教委に向けて発出した。東京都教委の教育委員で、あきやま子どもクリニック(東京都三鷹市)院長の秋山千枝子医師は「マスクの着用が不要となっても、すぐには気持ちが追い付かない子どももいる」として、正確な情報に基づく判断だけでなく、子どもの気持ちにゆっくり寄り添っていくことの大切さを指摘する。さらに今後の感染対策については、長引くコロナ禍が、子どもたちの心身にもたらした影響は大きいとして、「子どもたちが、苦しかったことを表出できる場が必要だ」と訴える。
――文科省は10日の通知で、卒業式のマスクについて「マスクを着用せずに出席することを基本とする」という方針を示しました。同時に留意事項として、「学校や教職員がマスクの着脱を強いることのないようにすること」としています。
これまでずっとマスクをしてきたのに突然、卒業式で「外してもいいよ」と言われても、気持ちが付いていけないかもしれません。心配だったらマスクをするし、「自分は大丈夫だ」と思ったら外す、という考え方をすればよいと思います。感染状況が落ち着き、黙食なども緩和してきた地域で、「卒業式にマスクをしなくてもよい」という方針が決まったとしても、最終的な判断をする上ではやはり、個人の気持ちが最優先です。
今後、段階的に感染対策を解除していく段階では、保護者への情報発信がいっそう大切になります。国や自治体、医療関係者など、どこから発信された情報や意見に基づいて学校が判断したのか、学校のウェブサイトなどを通じて、きちんと伝えていくのがよいでしょう。
――政府は新年度から、「学校教育活動の実施にあたっては、マスクの着用を求めないことを基本とする」という方針を決めました。今後の学校での感染対策について、どのように考えたらよいですか。
「全員一斉に、マスクを外しましょう」といった判断は難しいでしょう。個々にいろいろな心配や思い、考えがあるでしょうから、ゆっくりと寄り添っていくことが大切です。今後もし、マスクの着用が不要となっても、すぐには気持ちが追い付かない子どもも保護者もいるでしょうから、無理をさせてはいけません。
これまで教育現場では、感染対策について「保護者から責任を追及されることがないように」というリスクヘッジを考えがちだったかもしれません。とはいえ今後は、信頼できる根拠(エビデンス)に基づき、リスク(危険性)とベネフィット(恩恵)をはかりに掛けて判断し、行動するという模範を、子どもたちに示してほしいと思っています。特にウイルス感染に対する正確な情報は、子どもたちの理解度に合わせて伝えていく必要があります。
――これまでの学校での感染対策をどう見ますか。
学校は十分に対策を行ってきたと思います。2020年春の一斉休校の時には専門家も含めて、コロナがどんな病気なのかが分かっておらず、命を守ることを最優先に対策をしてきました。校内の消毒も大変な作業だったはずです。今となっては「過度な対策」だったと言われるかもしれませんが、あの時はそうするしかなかった。この3年間、これだけみんなが感染症に関心を持って対策してきたことは、私は大事な経験だったと思うのです。
それ以降、「屋内ではマスクをするが、運動時は外してもよい」など、場面に応じて対応するようになってきました。今後もこうして、場面ごとにリスクを判断していくことになると思います。基本的な感染対策としては、手洗い・うがいは引き続き重要です。アルコールで消毒したい人もいるでしょうから、学校には置いた方がよいと思います。ワクチン接種も、子どもたちを守るための一つの選択肢になってくるでしょう。
――20年春の一斉休校から3年が過ぎようとしています。子どもたちの心身への影響は。
子どもたちへの影響は、身体・心理・社会のそれぞれの面から見ていく必要があります。身体面では、文科省・スポーツ庁の調査や学校保健の関係者などから、体力低下、視力低下、肥満傾向、虫歯の増加などが指摘されています。
また心理面では、ストレスへの反応と見られる行動の変化や、抑うつ症状が増えるなど、子どもたちの精神状態の悪化がさまざまな調査で報告されているほか、不登校や自殺、摂食障害などの増加も見られています。
さらに社会面では、保護者の間で子育てのストレスが増加し、それが子どもたちに向けられています。国立成育医療研究センターの調査によれば、子どもを「怒鳴った」「ののしった・脅した」「たたいた」という保護者が、コロナ前より増加しています。
休校により家庭の様子が学校に伝わりづらく、子どもがSOSを出す機会が失われてきたことが懸念されます。加えて性被害、予期せぬ妊娠、人工中絶の増加なども指摘されており、子どもたちにとって決して良い環境ではなかったと推察されます。
――これからの子どもたちの心身のケアについて、教員が気を付けなければならない点は。
全ての子どもたちがコロナ流行前の生活を取り戻すには、かなりの時間を要します。これまで学校や家庭で抑制されていた活動を、徐々に解放していく作業が必要です。学校の日常を保障し、学校行事や部活動などを元に戻していくだけでなく、コロナ禍で苦しかったこと、残念だったことを子ども自身が表出できる場も大切です。
社会が大きく変わるのを目の当たりにした子どもたちに対して、大人の側も「どうすればよいか、自分たちも試行錯誤していたのだ」と認める。そうやって気持ちを受け止めてもらった経験が、「子どもたちが何を話しても、安全・安心に受け止めてもらえる」という実感につながると思うのです。そういう経験を、コロナ前より増やしていきたい。
素顔を見られたくないという子に、無理にマスクを外させる必要はありません。その子の気持ちに任せるべきです。そして、先生はそのことがいじめや偏見につながらないよう、守っていかなくてはなりません。
先生たちはこれまでも、子どもたちの体と心、家庭環境などに目配りをしてきたはずです。ここでもう一度、そのことを思い出して、アンテナを張り巡らせてほしい。そして、子どもたちが困難に直面していることに気付いたら、適切なケアにつないでほしいと思います。
特に、貧困や虐待などのリスクにぎりぎりのところで耐えていた家庭の中には、地域社会とのつながりが途絶え、破綻してしまったところもあるでしょう。リスクを抱える児童生徒や家庭には、いっそう丁寧に関わってほしいと願っています。