今月に入り、各地の高校で卒業式が行われている。新型コロナウイルス感染症の拡大以降、マスク下での卒業式を余儀なくされてきたが、今回、政府は、児童生徒や教職員に対し、校歌などの斉唱や合唱時を除き、マスクを外して式に参加することを推奨した。しかし、実際には感染症への不安から全員にマスクを着けさせる学校もあり、すぐには素顔での晴れの日とはならず、対応が分かれた。今回の卒業生は2020年4月、コロナ禍で全国の学校が一斉に休校となった時期に入学を迎え、入学式そのものが実施されなかった学年に当たる。その後もコロナ禍によるさまざまな制限の下で3年間を過ごしてきた高校生たちは、それでも高校生活最後の日を笑顔で過ごし、思い出深い校舎を後にした。
東京都では中高一貫の都立白鷗高校(台東区、宮田明子校長)で3月4日、卒業式が行われた。都では、政府が2月10日に示した方針に従い、卒業式でのマスクについて生徒は式典全体を通じて外すことを基本とし、マスクの着脱を強いることのないようにした上、檀上で行う卒業証書授与、校長式辞ではマスクを外して差し支えないとした。一方で、国は校歌や国歌などの合唱の際にもマスクを着用したままであれば実施してもよいとしたが、都では飛沫(ひまつ)の拡散防止を徹底するため声に出して歌わないとする従前の方針を維持した。
この日、同校で卒業式を迎えた226人のうち約16%(退場時、教育新聞集計)がマスクを外していた。国歌、校歌は準備された歌唱入りのCDがかけられ、卒業生らは黙って聞いていた。式典中、感染防止のため、たびたび式場内の空気の換気が行なわれた。
宮田校長は式辞で、卒業生の在学中、さまざまな行事が中止となったことに触れ、「おそらく人生で1番輝いているはずの高校3年間が、この時期に重なった皆さんの思いはいかばかりであったかと思うと、胸を突かれる思い」とした上で、世界ではその当たり前を日常的に奪われている人々が大勢いることを指摘し、3年間の学びを生かして世の中の課題に取り組んでいくよう求めた。
卒業生の答辞に立った青木悠悟さんは、入学式が直前に中止になったことやオンライン上でのホームルームで級友と初めて会ったことなど異例の高校生活を振り返った後、教職員や保護者へ感謝の意を述べた上、「正直、思い描いていた高校生活とは全然違ったけど、みんなのおかげで幸せな時間を過ごせました。他愛もない会話をしながら、朝、学校に向かう瞬間、休憩時間に一緒にふざけた瞬間、今日1日あったことを話しながら帰る瞬間、どこを切り取ってもキラキラしていました。ありがとう」と仲間たちに思いを伝えていた。
福井県の啓新高校(福井市、荻原昭人校長)は「卒業式だけ大丈夫とはならない」として、3月1日に卒業生も含め出席者全員がマスクを着用して式典に臨んだ。伊藤昭一教頭は「卒業式が終わってからも受験を控えている生徒がいる。県外移動も多くなるので、体調管理という面で考慮した」と説明。また、全国優勝経験のある男子ソフトボール部や甲子園出場経験がある硬式野球部など部活動も盛んで、県外出身の生徒も少なくないことも理由の一つに挙げた。
一方で、当初は今年度も中止する予定だった校歌斉唱をマスク着用の上で実施するなど制限を一部緩和。コロナ禍以降はクラス代表者だけだった卒業生の名前読み上げも全員に対して行い、名前の読み上げとともに返事もした。
卒業生の答辞を述べた今田優愛さんは「マスク着用で素顔が分からないまま、楽しいはずのクラスメートとの食事でさえ、前を向いての黙食。普段とは異なった学校生活となり、しばらくはぎこちない日々だった」とコロナ禍の学校生活を振り返った。それでも、遠足や学校祭など行動制限が徐々に緩和されることで、友達がそばにいることの安心感や声を掛け合う楽しさを再認識できたとし、「ここで学んだ挑戦する気持ちや仲間と支え合う中で育んだ力を糧に、それぞれの新しいステージで活躍できるように努力し続ける」と力強く決意を述べた。
荻原校長は「自己制限をせず、心技体のバランスを保ち、失敗してもその経験を生かして挑戦を続けることが大事。約1000日の高校生活はコロナの環境下であったが、卒業する皆さんは間違いなく挑戦し続けてきた。これから新たなステージで活躍してほしい」と卒業生にエールを送った。
岡山県立倉敷鷲羽高校(倉敷市、三村直子校長)でも3月1日、在校生や保護者も参列する中、3年生158人の卒業式が行われた。県教委からはマスクを着用しないことを基本に卒業式を実施するよう各校に通知され、卒業式時点で大学入試が残っている生徒もほとんどいなかったが、それでも3年生はほぼ全員がマスクを着けたまま出席した。
同校ビジネス科3年の妹尾春佳さんは「マスクを外そうとは思わなかったし、友達の間でもそういう話にはならなかった。マスクをしていることが当たり前になっていたし、着けていた方が落ち着く」と話した。妹尾さんは1年生の頃について、「入学式は短時間で終わり、周りの子と話す時間もなかった。とにかく不安だらけのスタートだった」と振り返る。その後も6月まで登校できない日々が続いたが、「それでも先生方が工夫してオンライン授業などをしてくれ、授業に関する不安はなくなったし、きちんと資格も取れた」と教員への感謝の気持ちを口にした。4月から他県の大学に進学するが、「大学でもマスクは着ける」と言い切る。
ちょうど3年前に、「未来創造科」から「普通科」と「ビジネス科」に学科改編を行った同校。それぞれの1期生が今回、卒業した。ビジネス科長で、3年生の担任だった大池淳一教諭は「さまざまな計画をしてビジネス科をスタートさせたが、コロナで出鼻をくじかれた。ただ、それをどう補っていくかを考え、本当にいろんな工夫を重ねてきた。コロナ禍で遠くに行けなかったからこそ、地元に目を向けて新たな学びを生み出すこともできたし、生徒たちは予想以上の成果を出してくれた」と目を細める。
妹尾さんは「ビジネス科としてさまざまな学校と一緒になって商品開発に取り組んだり、オンラインだったけれどもコンテストなどにも出場したりできた。大人から見れば、私たちの高校生活はコロナ禍で大変だったと思うかもしれないが、私たちは意外とたくさんの経験も思い出もできた。今日もみんなで『充実した高校生活だったね』と話していた」と明るい声で語った。