次期教育振興基本計画の答申を、学校現場はどのように受け止めたのか。小中高の学校管理職・教員に話を聞くと、計画に盛り込まれた方向性を評価する声の一方、人材不足や不登校など深刻な課題が山積する学校現場で、これ以上の対応は難しいのではないかという意見も上がった。同時に、政策・施策の抽象度が高く、学校現場がどのような役割を担ったらよいかが見えにくいといった指摘も寄せられた。
埼玉県越谷市立新方小学校 田畑栄一校長
教育振興基本計画が、教育の方向性を示す大変重要な羅針盤であるというのはよく分かる。しかし、現場の教員は基本計画をほとんど知らないし、触れる機会もないというのが実情ではないか。また、「令和の日本型学校教育」や基本計画など、国から出ている施策やキーワードが多過ぎるという印象だ。新しい施策が示されるばかりでは、とにかく時代の流行を追わなければいけなくなり、不易の部分は忘れ去られる可能性もあるのではないかと危惧している。
学校現場にとって、一番の要は学習指導要領だ。例えば、「基本計画の教育政策の目標の〇番は、学習指導要領のどこをベースにしていて、それが今後どうなっていくのか」といった流れが見えないと、学校現場での活用度は低くなってしまう。基本計画の概要を示したウェブページやパンフレットにおいても、学習指導要領のどこと関連性があるのかを分かるようにリンク先などを示してほしい。次期教育振興基本計画の「ウェルビーイング」や「ステークホルダー」といった目新しい言葉も、学習指導要領のどこに関連付いているのかが分かれば、現場の教員の理解も進むのではないか。
個人的には、不登校やいじめ、自殺を防いでいくための予防教育を充実させるべきだと考えている。例えば、不登校の理由が学校に合わないとか、教員と合わない、一斉授業が合わないといったことならば、改善はいくらでもできるはずだ。学校教育の根底の部分が変わっていないから、不登校児童生徒が増えている。
本校では今年度、4年生で自由進度学習に取り組んだ。1年間取り組んでみて、一斉授業でやった方がいい単元と、自由進度学習でやった方がいい単元なども見えてきた。また、生活科や総合的な学習の時間では、規模の小さい本校の特徴を生かして、異年齢で学んでいる。このように、授業改善という視点で取り組んでいけば、これまでの画一的な授業からも脱却でき、それが予防教育にもつながっていくと考えている。
各学校の校長は、この基本計画をどう咀嚼(そしゃく)し、学校経営案の中にどう落とし込んでいくのかを考えていかなければならない。学習指導要領を踏まえながら、これから先の教育をどう見据えていくのか、校長のリーダーシップが求められている。
東京都公立小学校 岸名祐治教諭
正直、ほとんどの学校現場の教員は、国の教育振興基本計画の存在自体を知らないはずだ。職員室で話題に上ったこともない。概要や本文を読んでも難しい言葉が並んでいる印象で、教員や保護者に広く理解されるためには、もっと分かりやすい表現にする必要があると感じた。
次期計画のコンセプトに「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が掲げられている。個人的に今、ウェルビーイングについて学びを深めており、コンセプトになったのはうれしいし、今の社会に合っていると思う。しかし、多くの教員は「また新しいことをやらされるのか」とアレルギー反応を起こしてしまうのではないか。「日本発の調和と協調に基づくウェルビーイングを発信」などと説明されているが、学校現場としては何をすればいいのか分からない。初めて「ウェルビーイング」を入れるのであれば、もっと易しく、誰にでも分かるものにしてほしい。
また、子供たちのウェルビーイングを目指す上では、教員や保護者など、子供たちを取り巻く環境の充実を図る必要がある。そうした意味でも、教員の働きやすい環境づくりは急務だ。人材不足が続いている限り、子供のウェルビーイングも、教員のウェルビーイングも保障されない。
特に教育政策の目標11「教育DXの推進・デジタル人材の育成」の、校務DXの推進を強く望んでいる。現状、勤務している学校の自治体では自宅や出張先などでは校務処理ができない。自治体によってもシステムが大きく異なっているという課題もある。校務支援システムのクラウド化や、校務系・学習系ネットワークの統合などが進めば、かなり教員は働きやすくなるだろう。
学校現場はコロナを機に、行事を精選したり、今までの教育活動の意義を一から問い直したりしている。教員間での対話が増えていることは非常に良い傾向ではあるものの、負担が大きくなっている側面もある。同様に、コミュニティ・スクールや小中連携など、さまざまな連携が進めば進むほど、大変さも増している。さまざまな連携は学校現場としてもやりたいし、得られる成果は非常に大きいが、そこに割ける時間やリソースはまだまだ足りていない。
学校現場は、多様な子供たちと向き合おうと奮闘している。本来、教員が考えなければいけない子供の問題などにしっかり時間を割けるような働く環境が整備されてほしいと願う。
愛知県公立中学校 熊谷雅之教諭
マクロの視点で書かれているものなので、現場の一教員としてはとても抽象的に感じた。教育政策の目標が16ある。これは絞られた上での数だと理解しているが、学校現場からすると「あれもやろう、これもやろう」に見えて、とても多いと感じてしまう。現状、教員は子供とゆっくり向き合う時間がない。基本計画を実現していく上でも、とにかく余裕が欲しいというのが切なる願いだ。
例えば、教育政策の目標1「確かな学力の育成、幅広い知識と教養・専門的能力・職業実践力の育成」における基本施策として「個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実」がある。これはもちろん、現場の教員も実現したいと思っている。しかし、特に公立中学校では高校受験があるため、どうしてもそこに向けて授業を着実に進めていかなければならないというジレンマがある。教員側も試行錯誤を続けているが、国としても現場の現状を踏まえた上で、もう少し具体策を示してほしいという思いはある。
第3期計画期間中の課題としても挙げられているが、不登校の生徒はかなり増えている。教員の一番の強みであり、やらなければいけないのは、こぼれてしまうような子供たちの声を一番身近な大人としてきちんと聞くことではないか。
コロナ禍では、学校行事などがことごとく延期や中止、変更になったが、その際に子供たちにどうしたいかを委ねてみると、こちらが予想もしなかったような素晴らしいアイデアがどんどん出てきた。「教育の答えは子供が持っている」と実感することばかりだった。
子供たちは「何でもっと好きなことを勉強させてくれないのだろう」「テストでいい点を取るための勉強が、将来、何の役に立つのだろう」と、今の学校教育に対して、強い疑問を抱いている。教員や大人が思っていることと、子供たちが思っていることには大きなずれがある。こういう子供たちの声を聴かずに、これまでのように大人主導で進めていくと、いつか学校が子供たちに見限られるのではないか、学校という場所が選ばれなくなるのではないかという危機感を持っている。
テストで測れる能力など、ごく一部だ。しかし、その尺度は中学生にとって非常に大きいのも現実だ。理想を語るのは簡単だが、日本はまだまだ学歴社会で、子供は大人が思っている以上にとても苦しい思いをしている。こぼれてしまうような子供たちがたくさんいる。そこに目を背けることは、これ以上してはならないのではないか。
東京都で不登校経験のある生徒や、外国にルーツのある生徒など、多様な背景のある生徒の支援に携わる都立高校の教諭
「ウェルビーイングの向上」がコンセプトの一つとなったことは素晴らしい。都教委が今年2月に公表した「都立高校の魅力向上に向けた実行プログラム(案)」でも、困難を抱えた生徒への、生徒目線に立った支援の充実が大きな柱となっている。多様な背景のある子供たちへの対応は、今やそれぞれの自治体でも避けて通れない課題だ。
さらに、「ウェルビーイングの向上」が、個人それぞれの幸せだけでなく、学校や地域とのつながりを含んでいる点も重要だ。次期計画の諮問事項に「『デジタル』と『リアル』の最適な組み合わせ」があるが、デジタルはリアルの代替ではなく、リアルのデメリットを補完する別の選択肢と考えるべきだ。不登校の子供たちが、リアルな人とのつながりや空気感を求めていることは珍しくない。
こうしたウェルビーイングと、もう一つのコンセプト「持続可能な社会の創り手の育成」が並立するならベストだが、対立することにはならないだろうか。新学習指導要領以降、「AIに仕事を奪われる時代に、どんな力が子供たちに必要か」と議論されることがある。さまざまな事情で「AIに奪われる」とされている仕事しか選べない生徒が、現にたくさん存在する中で、それがまるで価値がないかのように言うのは違う。「あなたが今、ここにいることに価値がある」と言ってあげられる学校でなければならないと思う。
不登校の増加は、学校の在り方そのものが問われているのであり、そこに手を入れずして無理に学校に戻す、あるいは別の支援につなげるだけでは限界がある。小中学校では、さまざまな背景のある子供たちが同じ空間で学ぶことも必要だが、高校からはもっといろいろな選択肢があってよいと思う。
そのためにも、次期計画の教育目標7「多様な教育ニーズへの対応と社会的包摂」の中にあるような、夜間中学の設置・充実や高校定時制・通信制課程の質の確保・向上、高等専修学校の教育の推進などをぜひ実現してほしい。一から始めるのは大変でも、すでにある地域の団体と連携するなど、学校を地域に開くことで、柔軟に対応できる策はあるはずだ。