公立学校の教員が勤務時間外に行っている業務は労働基準法上の労働に当たるとして、埼玉県内の公立小学校に勤務する教員が埼玉県に対して約242万円の支払いを求めた「埼玉超勤訴訟」を巡り、最高裁から上告が棄却されたことを受けて、原告の田中まさおさん(仮名)は3月27日、文科省で記者会見を開き、改めて判決の問題点を訴えた。今後は、田中さんの支援団体が中心となり、この裁判の成果を基に、全国の公立学校の教員が原告となった第二次訴訟を展開していくと発表した。
公立学校の教員は給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)によって、①生徒の実習②学校行事③職員会議④非常災害など――のいわゆる「超勤4項目」を除いて、時間外労働をさせられないとされ、時間外勤務や休日勤務に対する残業代を支払わない代わりに、給与の月額4%相当を「教職調整額」として上乗せして支給されている。
原告側は、教員が勤務時間外に校内に残り、長時間勤務をさせられていると訴え、これは1日8時間を超えて労働させてはならないと定めている労基法32条に違反しており、時間外労働に対して割増賃金を支払うことを定めた労基法37条に基づき、残業代を支払うべきだと主張。仮に労基法37条が適用されなくても、法定労働時間を超えて働かされていることに対して、国家賠償法上の損害賠償請求が認められるべきだと主張していた。
しかし、2021年10月に出た一審のさいたま地裁判決は「教員が自主的・自律的な業務を行い、勤務時間外に及ぶこともあることから、超勤4項目だけでなく、それ以外の業務も含めた時間外勤務の超過勤務手当に代わるものとして、その職務を包括的に評価して教職調整額が支給されている。これを踏まえれば、給特法が超勤4項目以外の業務の時間外勤務について、教職調整額のほかに労基法37条に基づく時間外割増賃金の発生を予定していると解することはできない」として、原告側の請求を棄却した。
一方で、判決文では原告側が勤務時間外に行っていた業務の一部は、労基法32条の労働に当たると判断。▽校長の職務命令に基づく業務が日常的に長時間にわたり、時間外労働をしなければ事務処理ができない状態が常態化している▽校長に労基法32条に違反するという認識があって、業務の割り振りなどの必要措置を怠ったまま、法定労働時間を超えて働かせ続けている――などが明らかな場合は、国賠法上の損害賠償が認められるという基準を示したが、原告のケースは法定労働時間を超過したのは最大でも月15時間未満であり、この条件に当てはまらないとしていた。
続く二審の東京高裁判決でも一審判決をほぼ踏襲。判決を不服として原告は最高裁に上告していたが、3月8日付で最高裁第二小法廷(岡村和美裁判長)は上告審として受理せずに棄却する決定を下した。
記者会見で田中さんは今回の裁判の問題点として▽なぜ公立学校の教員だけ、自律的な職務と指揮命令に基づく職務が日常的に混然一体となっているために時間管理ができないとしているか、根拠が不明である▽時間外労働の認定が、超勤4項目の仕事であったかどうかの判断ではなく、校長の職務命令があったかどうかの判断にすり替わってしまっている▽時間外勤務を認定しているにもかかわらず、空き時間にできたはずだという判決になっているが、職務専念義務のある空き時間の仕事状況について詳しい説明を求められていない▽休憩時間も同様に、児童の指導や会議・研修などの業務に携わっていることが認められたが、それも全て勤務時間の合算として処理されており、労基法上の休憩時間が考慮されていない――などを挙げ、「日本の労基法違反に対する判断が健康や安全の確保に限られている。しかし本来、8時間を超えて仕事をさせないという中には、自分たちの生活時間の確保も含まれているはずだと思う。これが含まれていない日本の文化レベルの低さを嘆いている。教員の時間外勤務は明らかな事実だ。自主的かどうかを目で判断するのではなく、裁判所は法律上の理論ばかりに終始している」と指摘した。
その上で田中さんは、長時間労働が常態化している公立学校の教員を公募し、同様の裁判を各地で集団訴訟として起こしていく構想を表明。「私たちの働き方はどう考えても法律違反に当たると思う。このまま裁判を終わりにするわけにはいかない」と、賛同を呼び掛けた。
4月23日をめどに、支援団体が中心となり、原告になってもいいと考えている教員の公募を始める。裁判費用はクラウドファンディングで集めるなどし、できるだけ原告となる教員の金銭的な負担がかからないようにすることも検討しているという。
一審で原告側の主張を法的な観点から補強する意見書を提出し、記者会見にも同席した、教育法学が専門の髙橋哲(さとし)埼玉大学准教授は「第二次訴訟は第一次訴訟の獲得物をフルに活用する。第一次訴訟の一審、二審では法論理として私たちが提示したものを認めたものの、損害賠償請求までは認められない、国賠法上違法とまでは認められないというのが、第一次訴訟の結論だった。これまで文科省が自発的だと言っていた教員の労働の中に労基法上の労働に該当する時間があることが認定され、さらに、時間外労働を放置し、常態化していたら、国賠法上の違法になる可能性があるという枠組みを認めたというのが、この裁判の趣旨だ」と解説。
「小学校教員の原告に加えて、今最も労働時間が長いと言われている中学校教員、あるいは部活動が問題となっている高校教員が原告となった場合に、国賠法上違法になる可能性が非常に高い」との見方を示し、第二次訴訟では▽憲法28条で定められた「勤務条件法定主義」が、文科省の給特法の解釈と運用によって半ば脱法的な状態で勤務時間外の長時間労働が放置されている▽私立学校や国立学校の教員は労基法に基づくにもかかわらず、公立学校の教員にだけ給特法が適用されるのは、憲法14条の法の下の平等と矛盾している▽教員の長時間労働が、憲法26条の子どもたちの教育を受ける権利を侵害している――などの憲法違反の可能性を、一審の段階から問うていくべきだとした。