虐待を経験した70人の声 当事者が撮った映画が無料公開

虐待を経験した70人の声 当事者が撮った映画が無料公開
「REAL VOICE」の試写会で登壇した関係者。左から、テーマ曲を提供した加藤さん、監督の山本さん、映画に登場する阿部さん
【協賛企画】
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 虐待は大人になって終わりじゃない――。児童虐待を経験し、児童養護施設などで過ごした約70人の若者の声を重ねたドキュメンタリー映画「REAL VOICE」が完成し、4月12日に都内で試写会が行われた。企画・監督をしたのは、自身も児童養護施設などで育ち、こうした社会的養護の若者を支援する団体「ACHAプロジェクト」の代表を務める山本昌子さん。多くの人に児童虐待や社会的養護の当事者のことを知ってもらいたいと、映画は公式サイトで無料公開されている。

 山本さんは親からのネグレクト(育児放棄)を受け、生後4カ月から19歳まで、乳児院、児童養護施設、自立援助ホームと社会的養護の下で育った。現在は「ACHAプロジェクト」の代表として、同様の若者の居場所づくりなどの活動を精力的に行っている。山本さん自身は児童養護施設などでの生活を「幸せに育ててもらえた」と振り返るが、「ACHAプロジェクト」の活動を通じてつながった他の社会的養護の経験者の多くは、大人になった今もなお、子どもの頃に虐待を受けたことが解決していないということに気付き、そうした当事者の思いを世の中に伝えたいとカメラを回した。

 「REAL VOICE」では全国各地の約70人の社会的養護経験者が登場し、親への思いや今の自分自身について、児童養護施設の職員や仲間に対してなど、さまざまなメッセージを発していく。そのたった一言のメッセージを引き出すために、山本さんは一人一人と向き合い、じっくり話を聞いていったという。一方、映画では、東日本大震災をきっかけに母親の実家がある関西地方に避難し、その後、母親のパートナーと一緒に暮らす中で身体的虐待やネグレクトなどを繰り返し受けてきた阿部紫桜さんに密着。阿部さんが故郷を訪ねる中で、阿部さんから見てパートナーに依存していたという母親に対して抱いている複雑な感情を浮き彫りにしていく。

 映画はクラウドファンディングで制作費を集め、一人でも多くの人に当事者の思いを知ってもらおうと、公式サイトで無料公開している。この日の試写会には、クラウドファンディングに応じた人や映画に出演した当事者など、約570人が詰め掛け、企画に賛同し、テーマ曲『この手に抱きしめたい』を無償で提供した歌手の加藤登紀子さんが出席した。

 映画を見た加藤さんは「画面には登場しないけれど、その向こうに見えるお母さんの姿を想像した。(映画に出ている若者は)みんな、心の中にお母さんがいて、お母さんについて語っている。その姿に、私は母親の思いを感じ取った」と感想を語った。また、社会的養護の役割について「児童養護施設も、そこで生活する場所があって、お風呂に入れて寝る場所があって素晴らしいところだと言うけれど、そういう『支援』だけではなくて、縁を結ぶこと、縁が生まれていく場を目指していく『志縁』が必要だ。縁のある人が支えていく。家族でそれが難しいのならば、家族のような縁を持った人がいっぱいいるといい。18歳までにそんな縁を育ててほしいし、大人になって自立してからも、施設から巣立った人たちが根強いネットワークをつくれたらいい」と、人とのつながりの重要性を語った。

 現在は社会福祉士を目指して学んでいるという阿部さんは「虐待の後遺症は一生続く。虐待は人格も壊すし、その子の人生も破壊する行為で、殺人に等しいと私は思っている。今このときも虐待を受けている子どもたちはたくさんいる。虐待相談件数も年々増えている。この虐待が1件でも早く終わることを心から願っている」と呼び掛けた。

社会的養護の経験がある若者を一人一人訪ねて撮影をしていった山本さん(©ACHAプロジェクト)
社会的養護の経験がある若者を一人一人訪ねて撮影をしていった山本さん(©ACHAプロジェクト)

 こうした子どもたちと関わる大人はどういう姿勢で接してほしいかと問うと、山本さんは「私自身、いろいろな子と出会っても、目の前の子の苦しみが完全には理解できない。その葛藤の中で、映画を撮ることでそれが見えてくるかと思ったが、やっぱり見えなかった。それでもまずは、理解しようとしてほしい。私たちの声に耳を傾けてくれるだけでありがたいし、それこそが今の日本に必要なことだと思う」と強調した。

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