【給特法】学校の総人件費の増額こそが問題の本質 鈴木寛氏

【給特法】学校の総人件費の増額こそが問題の本質 鈴木寛氏
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 学校の働き方改革と教員の処遇見直しを巡り、民主党政権で文科副大臣、自民党政権で文科大臣補佐官を務めた鈴木寛東京大学・慶應義塾大学教授は4月17日、「給特法の改正は、不払い残業をなくすため、絶対に必要だ。しかし、現在の議論は、超過勤務に対する報酬の支払い方に集中している。最も本質的な問題解決は、学校教育に関わる総人件費の予算増額である」との見解を教育新聞への寄稿で明らかにした。鈴木氏は「いまの給特法を巡る議論は『財政当局のトラップ(わな)』に、はまっている」と指摘。人事院のような中立・第三者機関が関与し、学校現場の実態に合わせて必要な調整額を予算編成に盛り込む仕組みの構築が必要との見方を示した。また、教員の長時間勤務の常態化を解消するためには「この問題は、最終的には『学校に対する保護者と社会の期待値コントロール』に行き着く」とした上で、「学校に対する期待値を下げるか、保護者か社会が対価を負担して学校に関わる人員を増員するしかない」と結論付けた。

 ※鈴木寛東大・慶大教授の寄稿「【給特法】学校教育の総人件費を確保するメカニズムが必要」は、こちらから。

 寄稿の中で、鈴木氏はまず、「給特法の下で、今、学校現場に起こっていることは、一言で言えば、長時間勤務の常態化であり、それに伴う不払い残業だ。それらを是正することが学校の働き方改革であることは言うまでもない」と指摘した。

 教員の長時間勤務が常態化している背景には、学校が教育も福祉も含めた児童生徒に対するワンストップサービスの拠点になっており、教員がその担い手になっている実態があるとして、「平たく言えば、保護者と社会は、学校に対して、そもそも過剰な期待をしている。この学校に対する期待値をコントロールしない限り、この問題は永遠の課題であり続ける」とした。

 学校に対する今の期待値を維持するのであれば、教員の長時間勤務を解消するために、「ワンストップサービスに対する対価を保護者が実費で、または社会が税金で支払い、学校に関わる人員を増員するしかない」と説明。例えば、保護者の過度なクレームについては、学級担任ではなく、学校管理職とスクールロイヤーが対応したり、警察に補導された児童生徒の引き取りはスクールソーシャルワーカーが対応したり、警察が児童生徒を自宅に送り届けたりするといった仕組み作りが必要になるとの考えを示した。

 次に、教員の超過勤務に報酬が払われていないという不払い残業の問題については、「確かに給特法が大きく関わっている。給特法の改正は、不払い残業をなくすため、絶対に必要だ」としつつも、「それは教師の働き方改革の必要条件ではあるが、十分条件ではないことに留意する必要がある」と注意を促した。

 学校における働き方改革や教員の処遇に関する論点整理を行った文科省の調査研究会や自民党の令和の教育人材確保に関する特命委員会で、給特法の見直しを視野に入れた議論が行われてきたことを受け、「時間外勤務の時間数に応じて残業代を支払う方法がいいのか、それとも給特法の枠組みを維持して教職調整額の増額や各種手当を設定することで時間外勤務に見合った報酬を支払う方法がいいのか。この問題は本当に難しい。勤務時間に対して対価が払われるのか、それとも勤務による付加価値に対価が払われるのか、これは全ての労働問題に共通の課題と言っていい」と説明。

 続いて、民間企業と学校現場における労働環境の違いを踏まえ、「公教育の場合、利益率では動いていないので、残業時間に応じて残業代を支払う制度を導入しても、それによって残業時間を減らそうというインセンティブは学校管理職にはなかなか働かない。学校は、教育を必要としている子供がいる限り、児童生徒のことを思い、学校や教員はそれに対応し続ける。だから学校や教員への期待を減らすか、対応する教員やスタッフを追加するしか、教員の残業時間を実際に減らす方法はないのである。となると学校の総人件費をいかに増やすかが最も重要な論点となる」との見解を示した。

 そして、学校に関わる総人件費の予算を増額するためには「支払い方法の制度論よりも、支払う原資を確保するための予算制度論が重要だ」と指摘。時間外勤務の時間数に応じて残業代を支払う方法か、教職調整額の増額や各種手当を設定することで時間外勤務に見合った報酬を支払う方法か、といった給特法を巡る議論について「『財政当局のトラップ(わな)』にはまっていると、私は思っている。財政当局にとっては、予算総額さえ一定程度に抑え込めるのであれば、どちらの支払い方法になろうと、痛くも痒(かゆ)くもない」とした。

 その上で、学校に関わる総人件費の原資を確保するための具体的な予算制度として、人事院のような中立・第三者機関が関与し、学校現場の実態に合わせて必要な調整額を予算編成に盛り込む仕組みの構築を求めた。

 鈴木氏は「教員は地方公務員なので地方公共団体人事委員会の所管にはなるが、教員については義務教育費国庫負担制度があり、国がその給与の3分の1を支出することによって教員の給与や超過勤務に対する報酬の水準を事実上決めている。にもかかわらず、義務教育費国庫負担金の内容が、予算獲得に非力な文科省と査定権を持つ財務省との不平等な関係下での予算折衝のみによって決まっている。つまり、中立・第三者機関の関与なく決まっていることが問題なのである」と説明。「人事院または都道府県の人事委員会が共同して、何らかの勧告や意見のようなものを導入し、教員の総勤務時間の実態に応じた調整率を定期的に調査・勧告し、財政当局もそれに事実上拘束されるような仕組みを予算編成過程に盛り込むための議論こそが必要である」と指摘。学校に必要な総人件費の原資を確保した上で、「どんなタイプの教員に優先的に配分していくかの議論を詰めていけばいい」とした。

 文科省では、学校の働き方改革と教員の処遇見直しについて、5月までに公表する教員勤務実態調査の速報値と4月13日に調査研究会が取りまとめた論点整理を基に「中教審における検討に速やかに着手したい」(永岡桂子文科相)としている。一方、自民党の令和の教育人材確保に関する特命委員会では、5回に及んだ議論と有識者からのヒアリングを踏まえ、文科省による教員勤務実態調査の速報値もにらみながら、「(来年度予算編成方針となる)6月の『骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)』を見据え、政府に対する抜本的な改革案の提案の取りまとめに向けて議論を深めていきたい」(萩生田光一政調会長)としている。

 一方、もし仮に、長時間勤務が常態化している教員の残業代について、時間外勤務の時間数に応じて支払った場合、幾らくらいの予算額が追加で必要になるのか。これについて、2022年4月6日の衆議院文部科学委員会で、当時の伯井美徳文科省初等中等教育局長は「現状の勤務実態をもって直ちに教員の時間外勤務の給与上の評価を行うことは困難」と前置きした上で、過去の中教審で当時の担当課長が説明した推計について答弁している。それによると、月額給与に対する残業代を「16年度の教員勤務実態調査の結果などを基に推計すると、小学校は30%、中学校は40%に相当する」として、「(義務教育費国庫負担金として3分の1を負担する)国庫ベースで3000億円、国と地方を合わせると9000億円を超える金額が必要」という。

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