高校現場で「総合的な探究の時間」のカリキュラム開発に向けた模索が続く中、東京都昭島市にある啓明学園中学校高等学校(大坪隆明校長、生徒550人)では、建学の精神の一つである「平和を実現する人」を体現する「Peacemaking Project」が「総合的な探究の時間」として位置付けられている。5月1日には、東京私学教育研究所の研究協力学校事業発表会として、複数の教員がオリジナルの教材を用いて、あるテーマに基づいた問いを提示し、そのテーマが何かを話し合う教科横断型の「Peacemaking Project」の授業などが公開された。
キリスト教系の私立学校として1940年に開校し、外国籍や帰国子女、留学生なども多く在籍する同校では、昨年度から「Peacemaking Project」をスタート。高校1年生では「平和」「環境」「構造的暴力」「開発と援助」「アイデンティティー」といったテーマについてディスカッションする活動が行われている。そこでは、あえてこれらのテーマは事前に示されず、複数の教員が専門性を生かしたプレゼンテーションを行い、そこで与えられた問いから生徒同士で話し合い、それぞれの問いに通底するこれらのテーマにたどり着くようにしている。
高校1年生に行われた公開授業では、「平和」をテーマに地理歴史科の2人の教員と聖書科の教員がプレゼンテーションを行った。まず、聖書科の加藤知祈教諭は、トルストイの民話である「靴屋のマルチン」の絵本を音読。聖書に救われてきたマルチンが、貧しい人々を助けていく中で神の存在を確かに感じ取り、喜んだというストーリーから「絵本では最初に『マルチンも、奥さん、子どもがずっと前に死んでしまいました。マルチンの心は一人ぼっちでした』と書いてある。では、マルチンはなぜ、心が一人ぼっちではなくなったのだろうか。マルチンの心の孤独を癒やしてくれたのは誰だったのだろうか」と問い掛けた。
次に、地理歴史科の大石園香教諭は、ハンバーガーやシャンプー、口紅などのさまざまな工業製品が並べられた写真を見せ、これらにはパーム油が使われていること、海外ではパーム油の原料となるアブラヤシをプランテーションで育てるために、大規模な森林伐採が行われたり、児童労働の問題が指摘されたりしていることを紹介した。「私たちはどこでつくられた、何を食べているのだろうか」という問いを提示した大石教諭は「私たちが普通に過ごしている一方で、どこかで苦しい思いをしている人たちがいるかもしれない、と思いを寄せてみてほしい」と問題提起した。
最後に、同じく地理歴史科の北島亜々斗教諭は、学生の頃に、台風で甚大な被害に見舞われた福島県二本松市の農村で災害ボランティアをした経験を、当時の写真を交えながら話した。ボランティアに訪れた翌日、農家の人たちが自宅にある食糧や酒を持ち寄って歓迎会を開いてくれたことが印象に残っていると語った北島教諭は「(台風で)家や農作物がなくなったら収入を得る手だてがない。それなのになぜ、外から来た私たちをもてなしてくれたのだろう。農家の人は私たちに何をしてほしかったのだろうか。ビニールハウスを直すことか、泥をくみ出すことか。これも一緒に考えてみてほしい」と呼び掛けた。
3人の教員から示された問いを踏まえ、生徒らはグループに分かれて共通のテーマが何かを話し合った。各グループからは「人との助け合い」「SDGs」「世界平和」などのキーワードが出されていた。
この手法のポイントについて、同校の課題研究運営委員会の主任を務める森かほる教諭は「教員が熱く語れることを重視したいと思い、それぞれのパーソナリティーを大事にした。大枠となる環境や人権への意識、開発などの各テーマは、海外のプログラムを参考にしつつ設定したが、プレゼンテーションは各教員のオリジナルの教材にこだわっている」と、教員のこれまでの経験や専門性を生かす重要性を挙げる。
同校の「Peacemaking Project」は、高校1年生でこの活動を経験した後、2年生からはグループでテーマを設定し、探究する活動に発展していくという。佐藤竜之中学校教頭は「1年生の活動をディスカッションベースに変えたことで、生徒の課題の取り組み方は格段に変わった。座学ベースだと生徒はどうしても受け身になってしまう。生徒が主体的に取り組む学習の在り方を考える中で、このような形に変えてみたところ、ほとんどの生徒がディスカッションに参加し、その年度の後半にもなると、彼らが問題を抽象化したり、具体化したりといった思考の操作をしながらのやり取りが増えていく。生徒の学び方は大きく変わったと思う」と手応えを感じている。