「生徒指導提要」が改訂され、子どもの個性や良さを認め、自己実現を支えていくことが求められるようになった一方で、多忙な学校現場では「子どもと向き合う時間がない」という声も聞こえてくる。そんな中、東京都八王子市立上柚木中学校(三田村裕校長、生徒262人)では昨年度から、毎週水曜日の午後に生徒が教職員と1対1で話せる取り組みなどを展開する「ユニバーサルタイム(ユニバタイム)」を始めた。三田村校長はユニバタイムによって学校の中の風通しが良くなったと変化を実感する。なぜこのような思い切った時間を設けることにしたのか。2年目のユニバタイムが始まったばかりの同中を訪ねた。
「どんなことを話すかと言えば、何でもいいです。例えば、自分の好きな趣味、逆に嫌いなこと、勉強について、これから入る部活動のこと、クラスや友達、家族のこと。誰かとけんかしたとか、誰とはすごく仲が良いんだとか。中学生になったからこんなことを頑張りたい。最近困ったことができて、誰に相談したらいいか分からない。自由です。そして先生を選ぶのも君たちです」
水曜日の午後、中学校に入って間もない1年生の学年集会では、生徒を前に養護教諭がユニバタイムの説明をしていた。普段ならば5時間目が始まっている時間帯だが、すでに上級生の多くは下校していて、校舎の中は静かだ。「ユニバタイム」が設定されている毎週水曜日は、原則として午後に授業は行われず、部活動もない。多くの生徒は家庭に帰り、自分の学習に取り組んだり、学習支援員のいる放課後学習教室で勉強したりする。そして、希望した生徒は、その時間に指名した教職員と1対1で面談することができる。
なぜこのような時間をつくったのか。その理由を三田村校長は「生徒一人一人と向き合うことのできにくさに、私を含め、ほとんどの教職員がもどかしさを感じていた」と打ち明ける。「『あの子、ちょっと大丈夫かな』と気になっても、なかなか話す時間がない。部活動があるから、放課後に残ってそういう時間をつくることもできなくはないが、子どもはあまり喜ばない。せっかく時間をつくっても『別に何もありません。もう部活動に行ってもいいですか』みたいになってしまう」と三田村校長。「そんな中で、八王子市が週に1時間、時数を減らす方針を出した。どこを減らすかは各学校に任されていたので、時間を有効に使うなら4時間の日を1日つくって、午後を空けようとなった。その日は部活動もないので、用事のない子は下校する。落ち着いた放課後ならば、教職員も生徒一人一人と向き合える」と話す。
同中では、毎週水曜日はユニバタイムの後に職員会議を集中させ、教職員も早く帰れるようにしているという。
ユニバタイムでは、生徒は話したいと思う教職員を指名する。日程を調整し、水曜日の午後に1回につき20分程度の時間が設けられる。とはいえ、希望をするのは何か相談事がある生徒だけだと思われてもいけない。まずは全員に体験してもらおうと、最初は全生徒が必ず1回、誰かしら教職員を指名するようにした。一通り面談が終わった後は自由に希望できる形にしたが、2回目以降の申し込みをする生徒もかなりいるそうだ。指名は学年などに関係なく生徒が話したいと思う教職員にできる。スクールカウンセラーや三田村校長自身も対象だ。
「私を指名する生徒も割といる。何を話したいのかって聞くと、単に『校長室に入ってみたかっただけ』なんてこともある。そんな生徒とも、後日、廊下ですれ違うと、『よう!』と声を掛けやすくなる。そういうものでもいいのではないか」(三田村校長)
ところで、生徒が教職員を自由に指名できるとなれば、特定の教師に指名が集中してしまうのではないだろうか。実際に、昨年度は女性の若手教員で40人待ちという状況が生まれたというが、指名が少ない教師は「逆指名」をすることもできる。
「例えば、その生徒が授業でつまずいている様子ならば、逆指名して補習の時間に使ってもいい。私もかなり逆指名をした。日頃はどうしても、生徒指導をしないといけないことが起きてから対応する。何か生徒がしでかしたら、『コラ!』と、叱る・叱られる構図になってしまう。しかし、そういうことが起きたわけではないけれど、ちょっと心配だという子はいる。そんな生徒とじっくり話をしてみると、その子がどうしてこうなっているのかが分かることもある」と三田村校長。
ユニバタイムで面談が設定されると、担任を通じて生徒には招待状が渡されるが、上柚木中ではそれが日常の光景であるため、生徒には「教師から呼び出された」という、気まずい感覚はないそうだ。
取材に訪れた日は、1年生の学年集会と並行して、2・3年生の何人かの生徒が、教師と面談を行っていた。相談内容はさまざまだ。進路のこと、部活動のこと、最近身の回りで起きた出来事、自分が今考えていることなど、幅広い。
生徒の話を聞く際は、真正面に向かい合わせに座らないようにして、聞き役に徹するなど、養護教諭が中心になってカウンセリングの基本を教職員間に浸透させた。また、生徒と話した内容は、教師が後で簡潔な記録に残し、教職員間で確認できるようにし、必要に応じて組織的な対応が取れるようにしているという。
ユニバタイムを1年間試してみて、三田村校長は「学校の風通しが良くなった。これは一つ効果としてある。小学校も中学校も、どうしても学年で動いてしまうことが多く、他の学年に関わる機会が限られてしまう。本校の規模では、自分の学年以外にも、教師はいろんな授業をしているため、もともとみんなであらゆる生徒を見ていくことはしていたが、それがより強まったと思う」と振り返る。
一方で、気を付けなければいけない部分も見えてきた。三田村校長は「一歩間違えると、教員によっては服務事故に発展しかねない要素をはらんでいる。例えば、ある男性教員に憧れている女子生徒が指名して、思いを語り、だんだん歯止めがきかなくなるといったことになってはいけない」と指摘。「誰がどこで誰としゃべっているかが分からない状況は絶対につくらないようにしている」と強調する。面談を行う場所は教職員によって固定され、その時間にどの生徒と面談をしているかはホワイトボードで確認できるようにした。廊下からはその様子が見える。今年度からは、面談が設けられてない教員が巡回するようにした。
また、週に1時間を減らしたことで、年間授業時数のゆとりが少なくなってしまった。このため、想定外の休校などがあると、必要な授業時数の確保が厳しくなるという側面もある。
それでも、三田村校長はユニバタイムの取り組みに手応えを感じている。「1人の生徒にとっては、年に数回程度の時間だ。たとえそうであっても、大げさと思うかもしれないが、ものすごく追い込まれて、生徒が自殺寸前の精神状態になってしまったときに、もしこの取り組みがきっかけで、教職員の誰かの顔が浮かんでくれて『話してみようか』『聞いてもらおうか』と思ってくれたらいい。子どもはなかなか大人に相談できないというが、むしろ相談できる大人がいない。だから、このユニバタイムによって、教職員がその大人の役割を担えたら」と語る。