【教員採用を問う①】 倍率信仰からの脱却を、前田助教

【教員採用を問う①】 倍率信仰からの脱却を、前田助教
教員採用の仕組みの成り立ちに詳しい前田助教(本人提供)
【協賛企画】
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 中教審答申を受けて、今年実施される教員採用試験は、多くの自治体で早期化・複線化をはじめとするさまざまな改革が行われている。教育新聞は、教員志望の学生、教員採用を行う自治体(教育委員会)の双方にアンケートと取材を行った(「採用試験の早期化・複線化 教員志望学生の意識とニーズ」、本紙電子版4月10日)、(「大学3年生受験、教員免許不要… 人材確保に奔走する教育委員会」、本紙電子版5月1日)、(「あなたの地域で教員になる魅力は何ですか?」全教委に聞く、本紙電子版5月2日)。教育社会学・教育制度論が専門で、日本の教員採用システムの成り立ちを研究した著書『戦後日本の教員採用』(晃洋書房)がある國學院大學人間開発学部初等教育学科の前田麦穂助教は、教員採用試験の倍率が高ければ良い人材が確保できるとする「倍率信仰」が、採用の場で一貫して続いてきたと指摘。早期化・複線化の負の影響として、辞退者数を把握する必要性を呼び掛ける。

学生のニーズと施策のミスマッチを把握できているか?

 自分のゼミの学生に、「教員採用試験が3年生から受けられるようになったらどう思うか」と聞いたら、ほとんどが好意的な評価だった。4年生が忙しくて大変だから、3年生で受けられるならば少しは楽になるということや、教員を志望する学生には現状、一つの自治体に対して大学推薦と一般受験の2回のチャンスが与えられているが、3年生でも受験できるようになることで、違うパターンのチャンスが増えると捉えているようだ。それに対し、アンケートに答えていた学生は教育新聞を購読しているだけあって、政策としての評価をしている人も一定数いたことが伺える。当事者目線で主観的な評価をする人もいれば、政策として客観的な評価をする人もいた。それが評価が割れたことにつながっているのかもしれない。その部分は留意してみる必要がある。

 山形県のような初任者の負担を軽減する施策に対して、肯定的な受け止めがほとんどだったのは、政策としての客観的な評価と当事者目線での主観的な評価の乖離(かいり)が大きくなかったためと考えられる。アンケートからも伺えるが、学生のニーズとして採用試験のスケジュールはそこまで重要ではなく、むしろ職場環境や労働時間の改善を求めている。採用試験の在り方に言及した今回の答申(「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について~「新たな教師の学びの姿」の実現と、多様な専門性を有する質の高い教職員集団の形成~」)でも、本音の部分では「根本的な労働環境や待遇改善の問題があることは分かっているけれど、今は相対的にコストのかからないことを対策として提言している」というのが率直な印象だ。

 文科省・中教審は学生のニーズと施策のミスマッチをある程度自覚しているかもしれないが、自治体側は学生のニーズを把握していない可能性がある。動向調査で地域の魅力をアピールする自治体が多かったのは、教員志望者は地元志向が強い傾向にあるのは確かだと思うので、そこまで的外れではないだろう。しかし、学生と教育委員会が接する機会は、大学で行われる説明会など、公式的な場がほとんどだ。そこでは、どちらかというとネガティブな、職場環境や労働時間の改善に関する質問ができる雰囲気ではない。また、仮に学生のニーズを把握していたとしても、それに応えるだけの時間的・財政的なリソースが不足しているということもあるだろう。

倍率頼みは危うい道、辞退者数の調査を復活すべき

 戦後初期の教員採用の状況を研究してきた立場からすると「何十年もたって、またここに戻ってきた」というのが率直なところだ。例えば、戦後しばらくは受験者も多く、教員も足りなかったので、いろいろな自治体で1年の間に複数回の試験が行われてきた。教員が足りなくなった今、同じようなことをせざるを得なくなっている。この構造を変えないままずっとやってきたから、同じようなことを繰り返してしまう。教員採用試験のやり方を変えるのは、弥縫策でしかない。

 日本の教員採用は高い倍率によって人材の質を担保する発想が根強い。なぜそうなのかと言えば、教員免許状を信頼できないからだ。教員免許状を持っているだけでは、実際に、教師にしていい人間かどうか信頼できないと、採用する側は思っている。教員免許状を出しているのは都道府県教育委員会のはずなのに、これは変な話だ。もちろん、養成を行っているのは大学だが、自分たちが出している教員免許状に対して不信感があるから、採用試験の倍率は高い方が良いということになり、採用試験を変えて、どうにかしたことにしようとしている。しかし、採用でどうにかしようというのはとても危うい対策を繰り返すことにしかならない。なぜならば、採用段階は経済状況や人口変動の影響をとても受けやすいからだ。

 本当は採用の話ではなく、教員養成や教員免許そのものの問題として議論すべきことなのではないか。

 それから、大学3年生でも教員採用試験を受験できるようにすると、志願者は増えるので見掛け上の倍率は上がるだろう。答申では、重複合格で辞退者が多く発生することを懸念し、そうならないように文科省は協議会を立ち上げたが、結果的に各自治体の青田買い競争、早期化合戦が始まってしまった。そうすると、答申が危惧していた大量の辞退者が絶対に発生する。現在、文科省は採用辞退者数の集計をやめてしまっているが、政策を検証する観点からも、辞退者数がどの程度発生したのか、大学教育にどのような影響が出たのかといった負の効果の面も検証すべきだ。本来であれば、早期化するならば採用試験の日程を統一するところまで、国が責任を持ってやらないといけなかった。これは政策の不備と言わざるを得ない。(談)

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