東京大学の学園祭「五月祭」の中で5月14日、教育関係者などを対象とした「五月祭教育フォーラム2023」(主催:NPO法人日本教育再興連盟〈ROJE〉)が開かれた。今年は個別最適な学びをテーマに取り上げ、経産省「未来の教室」事業を手掛けた同省の浅野大介産業資金課長、リクルートホールディングスで「スタディサプリ」事業を立ち上げた現LITALICOの山口文洋社長のほか、奈須正裕上智大学教授、安居長敏ドルトン東京学園中等部・高等部校長、ROJE代表理事を務める鈴木寛東京大学・慶應義塾大学教授らが登壇。子供たち一人一人の特性と興味・関心を踏まえた教育の在り方や、教員が担うべき役割を巡り、講演やパネルディスカッションなどが行われた。
フォーラムの前半では浅野課長、山口社長が講演。浅野課長は「今の学校のフォーマットは、個別最適を前提に設計されていない。個別最適にするしつらえで、全てを作り替えるしかない。そのための最低限のインフラがまさにデジタル・トランスフォーメーションだ」と指摘。「お互いの事情を尊重し、一人一人の潜在能力を無駄にしない。その上で唯一解のない問題に対して、社内外・国内外の知恵、ネットとリアルを自在に組み合わせる。そういう社会に向けて子どもたちの学びも全て変えていこうというプロジェクトを、『未来の教室』で進めてきた」と振り返った。
また山口社長は、子供たちが自分に合ったツールを使って個別最適学習を進める一方、教員はむしろ「自己探求・他者からのフィードバックの機会」「探究学習・部活動などダイバーシティとインクルージョンを体験できる場所」を作ることに注力すべきだと提言。「多様な人とのコミュニケーション、その中で自分がどのような役割を果たせるか、という原体験を積んでほしい。そこでテクノロジーが、時間と場所を超えるのに役立つのではないか」と語った。
前半のパネルディスカッションで浅野課長は「個別最適になると、具体的に、学校の一日はどう変わるのか」と問い掛け、「コロナ禍以降、職場でもみんなが同じ時間に出勤するわけではなく、テレワークの人もいる。みんなばらばらで、集まるべき時に集まるべき人だけが集まって議論している。それが学校にも導入されているイメージだ。全員が教室で前を向いて座り、同じことをするのではなく、それぞれのプランがあってそれを遂行する。グループで動く時間や、全員で集まる時間もある」と自身の考えを語った。
次いで山口社長も「1週間のうち、みんな一緒に、またはグループで何かをする協働の時間がほぼ決まっていて、それ以外の時間に個別最適学習を、学力や特性に合わせて進めている。ただ自宅での学習はセルフ・マネジメントが難しいため、学校に来て、分からないところを教員に聞きに行くといった形がよいのではないか」と応じた。
これに対し、鈴木教授も「1人で学ぶのがよいのか、2人、4人……といったグループで学ぶ方がよいのか、誰と学ばせるのがよいのか、コーチングはあった方がよいのか、といったようにデザインし、協働学習も最適化するのが教員の役割だ。全ての学校が旧態依然としているわけではない。挑戦をしようとしている教員はたくさんいるし、それをサポートする学校管理職、それを支える地域やNPOもいて、日進月歩で進んでいる」と指摘した。
後半では奈須教授、安居校長がそれぞれ講演した後、パネルディスカッションに登壇した。安居校長は「学校の真の使命は生徒を鋳型にはめることではなく、自分の考えを持てるよう自由な環境を整えてやり、学習する上で生じる問題に立ち向かう力をつけてあげること」というドルトン・スクール創立者の言葉を紹介。学習空間と時間割の細分化が、子供の自発性や興味を奪う一因になっているとして、単元・テーマごとに、生徒が決めた手順・時間で学習を進めることができる「アサインメント」の取り組みなどを紹介した。
その上で、中学校のアサインメントでは「単元・テーマがある程度、可視化できるような指示書があり、なぜこの単元を学ぶのか、小学校の学びからどうつながり、高校の学びにどうつながるのか、評価はどうなされるのか、どれだけの課題を何時間でやるかなど、全てのことが書かれている。これさえ見れば自学自習が自動的にできるようになっているが、難しい場合には教員がサポートする」と語り、さらに「全員が取り組む課題も最低限はあるが、深めたい人はもっと進めてもよいし、それが面白くなければ、自分でアサインメントを作って教員と話をしてもよい」と説明した。
同校での教員と生徒の関係性については「学びに向かう姿勢において、教員と生徒は対等。教員は教えつつ学ぶものだし、学びつつ教えるものだ。ICTなど、いろいろなスキルで生徒の方が勝っていることも多い。チームズの使い方について、生徒が先生たちにレクチャーすることもある。より良くなろうとする相手として一緒に学びましょう、という姿勢が、授業の中にもある」と話した。
パネルディスカッションで、それぞれの教員が学校で起こせるアクションを問われた奈須教授は、「学習指導要領では教育方法については定めておらず、特に小学校では、それぞれのクラスで個別最適な学びも進められる。すでに研究や確立された方法がたくさんあるので、思い付きではなく、勉強してから始めてほしい。とはいえ、やはり学校や学年で取り組み、教員が共同で教材開発をするのも大事だ」と語った。
「中学校・高校と比べ小学校では、(アサインメントのように)単元指導案を子供に分かるように書く、子供が自分でアクセスして進められる教材を作るのが難しいという教員がいる。小学校の教員こそ、教科内容や教科系統の研究をしてほしい。採択教科書以外の教科書を見たり、学習指導要領を読んだりして、それをきっちり押さえていくと、普段の授業も良くなる。一人で難しければ、学校で夏休みを使って取り組んでみるのもよい。そういう基礎部分を鍛えていくことが案外、個別最適では大事になる」と助言した。
さらに来場した教育関係者に対し、奈須教授は「まだまだやるべきこと、やりたいことがあるはず。子供たちは何を求めて学校に来ているのか。給食や友達だけではなく、授業や学習に関わる楽しみがあるとよいなと思う。私は教員養成の出身だが『お前にしかできない授業をするために、お前は教師になるのだ』と言われたものだ。できない理由を探すのではなく、何をしたいかを考えて、それができるよう着実な戦略を練ってほしい」と呼び掛けた。
同フォーラムは2006年から毎年開催されている。今回のフォーラムを企画した学生らは、「個別最適な学びに注目が集まっていることを踏まえ、さまざまな立場からの意見を、教員の方々に知ってもらいたいと思った」とその狙いを語った。パネルディスカッションの司会を務めた国際基督教大学2年の茨木恵(めぐ)さんは「個別最適な学びと協働的な学びがどうつながるのかが分かって非常に面白く、考え方が変わった」と振り返った。