今こそ幸福を重視する社会に こども家庭審議会会長に聞く

今こそ幸福を重視する社会に こども家庭審議会会長に聞く
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 「こどもまんなか社会」の実現に向けて、こども家庭庁に置かれた「こども家庭審議会」での議論が動き始めている。初代会長に選出された秋田喜代美学習院大学文学部教授/東京大学名誉教授は、自身もまた子育て経験をきっかけに研究の道に進んだ経歴を持つ。少子化対策をはじめ、喫緊の課題が山積する中で、こども家庭審議会のかじ取りを任された秋田会長にインタビューした。秋田会長は、こども家庭庁の発足を機に、こどもだけでなくあらゆる人のウェルビーイングを大切にする社会に変わろうとする動きに期待を寄せる。

こどもたちを大事にする哲学を日本に根付かせる

――こども家庭審議会の会長に選出された抱負を教えてください。

 こどもの最善の利益を第一にして、こども政策を社会政策のまんなかに据えるというミッションを掲げ、こども家庭庁が発足しました。特に私は、子どもの人権を守り、意見表明権を明確にした「こども基本法」の理念に基づきながら、政策を包括的に推進していくことに期待しています。今、異次元の少子化対策が政府の「こども未来戦略会議」の中で議論されていますが、「こどもまんなか社会」は、こどもを中心にしながら、全ての世代の人たちが幸せな社会をつくっていくことを目指していると思います。こどもたちはまさにその象徴です。

 こども家庭審議会でも各部会が立ち上がり、いろいろな背景や経歴を持った委員が集まりました。さらに、こども家庭庁には多様な職員が働いているので、それらの知恵を結集した政策に耳を傾けながら、取りまとめの役割を果たしていきたいと思います。それは、喫緊の課題である少子化対策だけではなく、10年後、50年後、100年後の日本でも、こどもたちを大事にする哲学が根付いていく、その礎になることを願っています。

 こども家庭審議会では、いろいろな人の声を聴きながら議論を進めていきたいと思っています。そのいろいろな人の中には、もちろんこどもたちがいます。さらには、こどもたちの中でも多様な社会文化的文脈を持ち、多様な困難な経験をしているこども、そして、そのこどもの声を代弁してくれる人たち、そういった人たちの話に耳を傾けることが、政策を推進する一助になると思っています。

――こども家庭審議会では、若い世代や子育て世代など、当事者も委員として多く参加していますね。どうやって当事者の声を反映させますか。

こども家庭審議会の初代会長に就任した秋田喜代美学習院大学文学部教授/東京大学名誉教授(本人提供)
こども家庭審議会の初代会長に就任した秋田喜代美学習院大学文学部教授/東京大学名誉教授(本人提供)

 多様な世代、多様な経験をしてきた人たちが委員として参加してくれました。委員が率直に本音で語りやすいような場をつくっていくことで、自分たちの目線や経験に基づきつつ、その世代を代表した意見や、困難を抱えている人たちの声を届けてもらえたらと期待しています。

 特に、こどもの声を聴くことについては、すでにこども家庭庁の中でもさまざまな取り組みが行われていますが、さらに、特定の場にこどもが来るだけではなく、全国津々浦々、いろんな声を聴いていきたいと考えています。「声なき声」や声を出しにくい、今まさに困難な状態にあるこどもたちにも、目を向けていく工夫が必要です。

 また、すぐに声にはならないかもしれないけれど、傍らにいる大人が代弁してくれることもあれば、じっくり待つことで声が醸成されることもあるでしょう。

 こどもの意見を表明・反映していくという意味では、私は、東京都の「こども未来会議」の座長もしているのですが、そこでは、こども自身が自分たちでワークショップをしながら、子どもの権利のリーフレットを作成し、同じ年代のこどもに届けていく取り組みが始まっています。こうした取り組みは、こどもだけでなく、子育て世代や若い世代が協働して声を届けていくような場や試みが広がっていけないかと考えています。

――こどもの声を届ける際に、ファシリテーターとなる大人の役割も注目されています。特に学校の教師や保育士、児童館の職員など、これまでもこどもと関わってきた大人に、その意識が求められているのではないでしょうか。

 学校から研修を依頼されると、先生方なので文科省の施策や取り組みを中心に話すのですが、ここ最近は必ず、こども家庭庁やこども基本法に触れるようにしています。

 先進的な取り組みをしている自治体として、熊本市などがあると思いますが、こどもたち自身が子どもの権利を学んでいくことによって「自分たちも大人と対等に、意見を出していいんだ」と自信を持てるようになります。子どもの権利を巡っては、こどもがわがままを言うのではないかと、一部の大人の間で誤解があります。でもそれは、どういうこども像を描いているかによると思うのです。

 こどもたちは、自分たちの社会をこどもなりに考え、仲間や社会のことを考えている有能な存在です。そうしたこどもの本音を出してもらうことが、これからはとても重要ではないでしょうか。まだ言葉が十分に話せない乳幼児であっても、保育者が日々のこどもたちの様子を見て、こどもたちの気持ちや思いを代弁して大人に伝えていく。そういったことも大事です。

 また、それは親も同じはずです。児童虐待や、さまざまな事情でこどもを育てられない親のことが社会問題になっています。しかし、なぜそこまでその人が追い詰められてしまったのかということをその人の立場に立って考えなければいけません。その声を代弁して届けてくれる人がいることで、こどもを産み、育てることに苦悩している人たちに、社会は何ができるのかということを共有していくことも、大切だと考えます。

「スタート100カ月」が、「人生100年」の出発点

――岸田文雄首相の掲げる異次元の少子化対策のたたき台として、小倉将信こども政策担当相は3月末に「こども・子育て政策の強化について(試案)」を取りまとめました。

 これから具体的な財源の確保が議論され、それに基づくこども政策が打たれていくことになります。その効果によって救われる人もいるでしょうし、何よりもこどもの健やかな育ちにつながることが重要です。

 「人生100年時代」を考えると、こどもが生まれてすぐの「スタート100カ月」が、「人生100年」の出発点になっていきます。こども家庭審議会の「幼児期までのこどもの育ち部会」のテーマともつながりますが、胎児期からの育ちや乳幼児期の生活の在り方が、成人病などの大人になってからの心身の健康に関係しているという欧米の研究も出ています。こどもの頃に健やかであることが、その後、雪だるまのようにその人のウェルビーイングを大きく保障していくことになり、それが社会全体のウェルビーイングの基盤になっていく。その考え方を社会が共有していけるようにすることがポイントです。

 また、困難な状況にあるこどもたちが、物理的な居場所と同時に自分自身の心の居場所をどうつくっていくのかということも、考えていかなければいけない課題です。これほどこどもの自殺率が高くなり、不登校も増えている。こうした課題をさまざまなアプローチで考えていく必要があります。

 心身の発達の途上にあるこどもと共に喜び、未来をつくっていくことが非常に重要で、政府の「こども未来戦略会議」でもさまざまな観点から問題提起をしています。社会が、強い者、富める者のためにあるのではなくて、弱い存在の声なき声も含め社会をつくっていく。あらゆるこどもが健やかに育つ社会をつくることが、とても大事だと私自身は思っています。

こども家庭審議会の初会合に臨む秋田会長(右)
こども家庭審議会の初会合に臨む秋田会長(右)

 しかしこれは、こどもを「産めよ増やせよ」ということではありません。今、目の前にいるこどもや親の幸せを大事にしながら、「やっぱりこどもがいるといいよね」「こどもがいることで社会が豊かになるよね」という実感を伴う機運を醸成して、こどもが増えていくような政策が求められています。財源の議論はもちろん大事ですが、財源だけではなくて、「こどもまんなか社会」の理念や哲学を、私たちみんながどう共有していくのかがより本質です。

こどもから学ぶ視点を

――男性の育休取得率の向上や育児参加の推進も叫ばれています。秋田会長も子育てをきっかけに大学で学び直した一人ですが、大人にとって、子育てやこどもと関わることは学びになるのではないでしょうか。

 親は、こどもを産んだ瞬間に親になるわけではありません。やはり、こどもと関わる中で、子育てを支える人たちとの協働の中で、次第に親になっていくのです。そのプロセスは豊かな経験ですが、決して楽なことだけではありません。こどもは自分とは違う別の人格を持った存在で、自分の思い通りになる所有物ではありません。またこどもも一人一人違います。だからこそ、そこから学ぶことはとても多いし、改めて自分の親に、自分がどう育てられたのかということにも気付く。そういう道のりがあります。何よりも、こどもたちの笑顔は、私たちをほっとさせ、つながりを生みます。

 しかし一方で「こどもを育てなければ一人前ではない」「こどもを持たなければならない」ということでは、決してないということも強調しておきたいと思います。いろいろな選択があっていいし、こどもを欲しいと思っても、授かることが難しい場合もあります。実子だけに限らず、里親や特別養子縁組など、血のつながりだけではない親子の形もあります。わが子でなくても、地域のこどもたちに対してや、社会的な貢献によって、世の中のこどもたちのために尽くす人もいる。自分の子育てが終わってからも、いろいろなこどもと関わるボランティアや、子育て支援をする人もいる。

 そうやって、自分と違うこどもという存在から、こどもと共に学び合うことで、私たちはもう一度、自分の育ちや生き方を考える。そうした機会になっていくのではないでしょうか。「こども目線」とは、本来はそういう意味だと思います。こどもが早く大人になるように教育をしたり、過保護にしたりするのではなく、目の前のこどもから、大人がどう学ぶかということが、問われているのです。

 私自身も、思い通り順調に子育てができたというよりも、むしろ、こどもから親が試されているような経験を数多くしてきたことで、いろいろなことを考えさせられました。そうしたプロセスこそ大事です。

――社会もまた、こどもから学ぶ視点が大切になりますね。

 こどもが尊重される、一人の人として見てくれる社会にしていかなければなりません。こどもは選挙権を持っていないかもしれませんが、将来の社会をつくる市民の一人なのです。民主的な感覚が改めて問われると思っています。これは日本だけの動きではなく、子どもの権利条約が広がるにつれて、子どもの権利を大事にする動きが世界的に出てきているのは確かです。

 私は先日、台湾に行ってきたのですが、とても面白かったのは、大人がこどもたちのためにと考えた遊具に対し、こどもたちは面白くないと言い、逆にこどもが考えてつくった遊具はどれも一つずつ違っていて、それぞれに思いが込められているんです。どこでも同じものを同じように、大量につくることをこどもは求めていない。それを私は学んだ気がします。

 また、保育士さんから学んだこととして、例えばオムツについて、いつからどのように、どういうオムツを使うのかを考えることは、排せつと自立という意味で、高齢者の介護にも共通する課題であると言えます。それは人の尊厳を考えていくことでもあるわけで、乳幼児のことを考えることは、まさに人の一生を考えることの根幹につながります。私たちがどういう生き方を選ぶ社会をつくっていくのかが問われているのではないでしょうか。生き急いできている高度経済成長以降、情報社会を迎え、変化の激しい時間の流れの中で、こどもの時間、こどものペースが、実は改めて私たちが人間らしく生きることや、遊びを楽しむというような、豊かな社会の在り方を問い直すことにもつながると思っています。

 こども家庭庁の施策やこども家庭審議会での議論が、いろんな人の知恵が新しいアイデアを生み出し、社会を変えていく。そんなイノベーションの大きな駆動力になっていくことに期待しています。個人のウェルビーイングと社会のウェルビーイングを同時に追求していくことが世界的にも求められている中で、こども家庭庁はまさに、それを実現していく司令塔であると言えます。

――改めて、教師には、こども家庭庁やこども家庭審議会の議論をどのように注目してほしいですか。

 こどもの課題を突き詰めていくと、「これは福祉」「これは教育」などと分けて取り組むことはできません。その意味で、例えば放課後の問題や、学校給食、医療、教育の無償化などの議論は、こども家庭庁でも扱いますし、それぞれを所管する官庁でも取り上げることになるでしょう。多面的にこどもの課題を考えていくことを、政策側も、教育現場も持ってもらえたらと思います。

 「こどもまんなか社会」をつくる主役の一人が、学校の教師であり、保育士です。誰もが自分事としてエージェンシーを発揮していくことが、これからの社会の核になります。

【プロフィール】

秋田喜代美(あきた・きよみ) 学習院大学文学部教授/東京大学名誉教授。専門は教育心理学、保育学。東京大学文学部卒業後、子育てを経験したことがきっかけで再び同学教育学部に入学。同大学院教育学研究科博士課程を修了。立教大学文学部助教授、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター初代センター長を経て、女性初の同学大学院教育学研究科長・教育学部長に就任。中教審委員なども務める。2023年4月から、こども家庭審議会の初代会長。

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