4月から3年間の改革推進期間がスタートした公立中学校の部活動の地域移行。将来的に受け皿となる渋谷ユナイテッドを立ち上げ、他の自治体に先駆けて準備を進めてきた東京都渋谷区では、地域の企業や団体などと連携し、中学校の既存の部活動にはない活動を展開し、今年度からは区内のモデル校で運動部の平日も含めた地域移行を始める。そんな渋谷区の部活動改革の状況を取材した。
渋谷駅のすぐそばにある高層ビルの一角、スマホゲームなどを展開するIT企業、MIXI(ミクシィ)本社の会議室には、区内から約30人の中学生が集まっていた。渋谷ユナイテッドによる部活動「デジタルクリエイティブ部」は今年度、同社のコンテンツ担当者が講師となり、プログラミングや情報デザイン、AI、サウンド制作などを週に1回程度の頻度で学べる。この日は、プログラミング言語の「Python(パイソン)」を習得する講座の3回目で、集大成として、ボタンを押すと何かのイベントが発生するといったイベント駆動型プログラムを学ぶことが目標だ。
Pythonはコードを入力する必要があるが、同社が中学生向けに独自開発したソフトウエアを使いながら、サンプルコードをコピー&ペーストして、それをアレンジしたり、組み合わせたりして簡単なアプリをつくることに挑戦。わずか2時間ほどの活動で、ほとんどの生徒がおみくじやフォームなどのアプリを完成させることができた。
参加した中学生の約半数は1年生で、上級生の中には、昨年度も参加した生徒もいる。2年目のメンバーは慣れた手つきでどんどん応用に進んでいくが、一方で初めての1年生も、隣同士で教え合ったり、分からないことが出てくるとMIXIの社員がフォローに入ったりして、順調そうだった。
1年生の女子生徒は「小学6年生のときに(ビジュアル型プログラミング言語の)Scratch(スクラッチ)が学校のタブレットに入っていて、YouTubeの解説動画を見ながらゲームをつくってみたら面白かった。すると、中学校に入ったらこんな活動があるよ、と父に勧められた。英語が苦手だからコード入力は難しいけれど、3日間やって少し自信がついた。中学校の方の部活動はバレー部に入っているけれど、こっちはすごく頭を使う」と話す。
渋谷ユナイテッドでは今年度、渋谷区内のさまざまな団体や企業などが講師を引き受け、中学校にはないようなユニークな部活動を10個展開している(=表)。渋谷ユナイテッドの久保田淳事務局長は「渋谷区にある企業や団体が関わっているというのは非常に大きい。遠隔でも伝えられる要素はあるかもしれないが、直接プロから学べたり、オフィスなどに行けたりするので、渋谷だからこその空気感が伝わる」と、さまざまな人やリソースが集まる渋谷ならではの活動ができる点を強調する。
デジタルクリエイティブ部でPythonの講座を担当したMIXI開発本部CTO室の田那辺輝さんは「企業が非営利的な社会貢献としてやるにしても、ある程度の成果が出ないと継続は難しい。最近は区内の中学校のホームページに渋谷ユナイテッド独自の部活動についても案内が出るようになったのでありがたい。活動を地道に発信していくことで、毎年一定の人数が集まることが重要だ。参加した生徒が活躍していることを、学校の先生やクラスメートが知らないのは惜しい。ちゃんと発信していけば、部活動としても盛り上がっていける」と、学校現場での認知の向上をポイントに挙げる。
渋谷ユナイテッドではこの活動のほか、キッズスイミングなどの自主事業も手掛けている。いずれ自主事業が成長すれば、その収益を基に、中学生の部活動を支えていくことを見越しての取り組みだ。
そして今年度、ここにいよいよ、本丸となる中学校の部活動の地域移行が加わることになる。
渋谷区では今年度から、区内の2つの中学校で、全ての運動部について休日だけでなく平日も含めた地域移行を行う。これまで外部指導員や部活動指導員として関わってきた人には、そのまま同じ立場で部活動に関わるか、渋谷ユナイテッドの「ユナイテッドコーチ」となって、これまで指導してきた部活動に関わるかを選んでもらったという。外部指導員や部活動指導員の場合、渋谷区との契約となり活動回数などに上限があるが、ユナイテッドコーチであれば、渋谷ユナイテッドに所属する指導者となるため、制約が少なく柔軟に運用できる。生徒にとっては、肩書が変わるだけで同じ指導者から教わることができるという点もメリットだ。モデル校では夏の大会が終わる7月ごろから順次、ユナイテッドコーチや部活動指導員、外部指導者による教員以外の外部人材が指導する体制に移っていく予定だという。
しかし、指導者の確保は渋谷区でも悩ましい課題だ。部活動の地域移行を担当する渋谷区教育委員会教育指導課の中村哲也統括指導主事は「指導者の確保は地域移行で一番高いハードルだ。特に平日の部活動の活動時間は、早くても午後3時、遅くて午後4時から。そんな時間に社会人が中学生に教えに来ることができるか。そんな指導者を一体どれくらい確保できるのか。本当に人探しは大変だ。顧問が教員1人だけで、もともと外部指導員や部活動指導員がいない部もあった。その顧問の仕事を引き受けてくれるコーチを見つけなければいけない。人探しでもユナイテッドコーチや外部指導員、部活動指導員などに分けつつ、ようやく見つけることができた」と苦労を打ち明ける。
人材の課題は指導者だけではない。久保田事務局長は「それぞれの学校にコーディネーター人材を配置している。マネージャーと、それを統括するスーパーバイザーを置くようにしている。指導者に関しても、いろんなネットワークで探していくが、例えば渋谷区にはいろんなスポーツ団体がいるので、きちんと連携を取りながらやっていかないといけないと思っている」と、運営や学校との連絡を担うコーディネーター人材の養成や地域のスポーツ団体などとの連携の重要性を指摘する。
さらに今後、モデル校以外にも対象を広げる際に課題になるのが、部活動の小規模化だ。「現在ある全ての部活動を、学校単位で維持して地域移行ができるかというと、人の配置や予算の問題などで難しいと思う。中には、人数が集まらずにチームを組めないような部もあり、そうしたところは、2、3校で合同部活動にして継続していくことも考えられるだろう。しかし、やりたい生徒がいる限り、何らかの形で継続できるようにしていきたい」と中村統括指導主事。
さまざまなリソースがあり、一足早く地域移行の足場固めをした渋谷区でも、他の地域と共通した課題を抱えている。久保田事務局長は「地域移行が動き出しているとはいえ、モデルとなる完成形がどこかにあるわけでもない。変革の中でうまくいくこともあれば難しいこともあると思うが、それもまたノウハウの一つとして、次の渋谷のために生かしていかないといけない。やがてそれが、東京や全国にとっても参考になるものとなっていくといい」と前を向く。