権利保障としての給食費無償化 実現に向けたハードル

権利保障としての給食費無償化 実現に向けたハードル
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 岸田文雄首相の掲げる「異次元の少子化対策」の実行に向け、財源を含めた議論が政府の「こども未来戦略会議」で大詰めを迎えている。児童手当の拡充などが注目される中で、子どもの成長や健康にダイレクトな効果が期待されるのが、学校給食費の無償化だ。物価高騰などを受けて、独自に給食費の無償化に乗り出す自治体も増えている中で、全国一律に給食費の無償化を達成するまでの課題を探った。専門家が指摘するのは、子どもの権利保障としての側面だ。

具体的な課題の検討もこれからという段階

 実は「異次元の少子化対策」のたたき台として、小倉将信こども政策担当相が取りまとめた「こども・子育て支援加速化プラン」で給食の無償化は「給食実施率や保護者負担軽減策等の実態を把握しつつ、課題の整理を行う」としか記載がなく、他に盛り込まれている政策との記述量を比べると、明らかに少ない。「こども未来戦略会議」の議論でも、これまでに公開されている初会合から第4回会合までの構成員提出資料、議事録、議事要旨を見る限り、学校給食費に関する言及はごくわずかだ。

【図】学校給食費の無償化に向けた実態の把握と課題の整理(こども未来戦略会議第3回会合における永岡文科相の提出資料より)
【図】学校給食費の無償化に向けた実態の把握と課題の整理(こども未来戦略会議第3回会合における永岡文科相の提出資料より)

 給食費の無償化について、所管する文科省はどのように考えているのか。こども未来戦略会議第3回会合で永岡桂子文科相が提出した資料では、学校給食の制度上のポイントを整理した上で、今後こども家庭庁と連携して、まずは学校給食費の無償化を実施している自治体に取り組みの実態や実施スキームに応じた成果、課題をヒアリング。無償化の検討に向けて考慮すべき観点を踏まえ、学校給食の実態調査を行うとしている。その上で、実態把握の際の観点の例として▽学校給食を実施していない自治体・学校があること▽完全給食や捕食給食、ミルク給食といった実施内容、調理場かデリバリーかなどの実施方式の違い▽アレルギーなどの理由で学校給食の提供を受けられない子どももいること▽自治体・学校間で学校給食費の平均月額に大きな差があること▽就学援助をはじめ、自治体によって家庭への負担軽減策が異なること――などを挙げている(=図)。

 文科省によると、現段階で給食費の無償化にどれくらいの財源が必要かといった試算は行っておらず、具体的な実態調査もこれからだという。

 5月30日の閣議後会見で小倉こども政策担当相は学校給食の無償化について「子どもの健康や健やかな育ちを支える、食に関わる経済的な負担を軽減するといった効果がある」と強調した一方、今後の議論については「例えば、公立中学校における完全給食の実施率は、高い県では100%だが低い県では58.5%であるなど、自治体によってばらつきがあり、丁寧に検討を進めていく必要があると考えている」と説明するにとどめた。

農業関係者も巻き込んで無償化を実現した韓国

 子どもの貧困問題の観点から学校給食費の在り方を研究する跡見学園女子大学の鳫(がん)咲子教授は「まだ給食を実施していない自治体もある中で、全国一律に給食費を無償化するというのは、階段をいっぺんに2段上がるようなものだ。そうなるには政治的決断が必要になる」と話す。

 韓国の給食無償化の取り組みに着目して研究している鳫教授は「市民運動が盛んな韓国では、国内でつくられた安全でオーガニックな農作物を給食に使ってもらい、給食の質を上げていこうと、保護者だけでなく農業関係者も給食の無償化の運動に加わって、自治体を動かしていった」と強調し、日本の給食費無償化の財源も「全てを国費で賄うのは無理ではないか。地方との負担をどう考えるかがポイントになる。学校給食は基本的に市区町村でやっているから、都道府県はノータッチだ。しかし、教育予算だけでなく、例えば農業予算も活用するようになれば、都道府県も動くことになるだろう。その辺りをどう調整するか」と、ステークホルダーにも給食費無償化の実現に向けて、財政負担の議論のテーブルについてもらう必要性を指摘する。

 もう一つ、給食費無償化の視点として鳫教授が挙げるのは、子どもの貧困対策だ。「韓国でも給食費の無償化が始まる前には、経済的に厳しい家庭に昼食代を支援する制度があった。しかし、支援された昼食を食べている・食べていないということが、見た目では分からないようにやっていても、子ども同士の分断が生じるとされ、韓国の給食費無償化の運動は、普遍的福祉として位置付けられてきた経緯がある。日本でも、就学援助は量も金額も不十分だが、それらと並んで分断の問題がある。この状況を変えるということが、隠れた大きな論点だ。日本はあまりまだ、その部分が意識されていない」と説明。少子化が進行し、子どもだけでは給食が事業として成り立たない自治体も今後増えてくるとし、地域の高校生以上の若者世代や一人暮らしの高齢者などにも給食を提供できるようにするといった取り組みも考えられると提案する。

給食費無償化は教職員の負担軽減につながる

給食費無償化の実現を訴える署名活動
給食費無償化の実現を訴える署名活動

 コロナ禍や物価高騰による家庭の負担軽減策として、給食費の無償化を打ち出す自治体も増えている。しかし、この状況を放置すると自治体間格差につながるとして、警鐘を鳴らす署名活動も始まっている。教育行政学が専門で、公教育に関する家庭の費用負担の問題に詳しい千葉工業大学教育センターの福嶋尚子准教授らが呼び掛け人となり、電子署名サイトの「Change.org」で行われている「『#給食費無償』を全国へ!」では、5月30日時点で1800筆近い賛同が寄せられている。

 福嶋准教授は「2月に行われた日本農業新聞の独自調査によれば、約3割の自治体が給食費を完全無償化している。これは素晴らしいが、残りの7割は有償のまま。あまりにも見過ごせない格差ができてしまった印象だ」と懸念。「自治体予算全体に占める学校給食の経費をみても、給食費の無償化は実現不可能な額ではない。国が枠組みをつくれば、自治体としても優先順位を上げるはずだ」と説明する。

 また、署名では給食費の無償化によって、教職員や調理員の負担軽減、業務改善につながるというメリットも強調。福嶋准教授は「給食費が無償化になれば、教員や学校事務職員が行っている給食費の徴収・督促業務そのものがなくなり、心理的な負担もしなくてよくなる。子どもの食の権利を保障し、安全でおいしい給食を提供してもらうためには、過酷な環境で給食づくりに従事している調理員の労働環境改善も欠かせない」と話す。

 一方で、給食費を無償化にすると、これまで充実していた給食の質が低下してしまうのではないかという声もある。これに対し福嶋准教授は「保護者負担であるからこそ、材料費の高騰などで予算がなくなると、メニューが質素になるといったことが起きる。公費保障の仕組みにすると、足りなくなれば補正予算を組めばいいので、むしろ質を維持できる。例えば、地元の特産品を特別メニューで出すというような場合は、現在でもそうだと思うが、予算内で地元の食材を使ったり、高価なものであればそのための予算を別に確保したりすればいい。給食費の無償化でメニューを画一的にすることはあってはならない。あくまで国は公費保障の仕組みを整え、実施主体は地方であるべきだ」と反論する。

 新型コロナウイルスの感染拡大による、3カ月にわたった初めての全国的な一斉休校では、学校給食も止まった。その間、子どもの食生活が乱れ、満足に食べられずに痩せたり、逆にジャンクフードの食べ過ぎで太ったりした子どももいたことは、記憶に新しい。コロナ禍やその後の物価高騰で経済的に厳しい家庭では、食事の回数を減らしていることも、支援を行っているNPOの調査などで報告されている。

 福嶋准教授は「給食費の無償化は、確かに子育て施策ではあるけれど、むしろ子どもの権利保障施策であると言いたい。子どもの権利に直結する学校給食だからこそ普遍的に現物給付にしないといけないし、まだ給食をやっていない自治体に対しての実施義務を、学校給食法に書かないといけない」と強調。「公立小中学校で一番負担の重い給食が無償になり、子どもの1日1食を保障してくれる。これほど良い政策はない。コロナ禍と物価高騰を経験した今だからこそ、その意義は多くの人が実感できるはずだ」と呼び掛ける。

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