「学校教育は制度疲労を起こしていないか」 荒瀬中教審会長に聞く

「学校教育は制度疲労を起こしていないか」 荒瀬中教審会長に聞く
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 中教審の荒瀬克己会長(教職員支援機構理事長)は、6月2日までに教育新聞のインタビューに応じ、学校教育が抱える課題について「不登校がこれほど増え、また、教員の志望者が減ってしまっているのは、現在の学校教育が制度疲労を起こしている面があるのではないか」と厳しい見方を示した上で、「どうすれば子どもを主語にする学校になるのかという問いを立て、その問いに対して、合意のできる解、納得解を見いだしていくことが求められている。中教審にとって、まさに『探究』の時間になる」と語った。不登校への対策では「学ぶための時間と場があり、学ぶことが面白いと思えることが非常に重要なポイント。子どもは本来、自ら学ぶ力を持っているので、有能な学び手としての力を発揮できるように環境を整えることが大事になる。学ぶことと、学校に行って学ぶこととを分けて考えることも必要かもしれない」と話した。教員志望者の確保については「若い人たちは教育に関わる喜びややりがいを感じるからこそ、教職を目指すのだと思う。そのための環境を作れるかどうか。例えば、学びの時間の確保など、教師の学ぶ権利が保障されているか。人と社会の幸福を創造する学校教育そのものへのリスペクトが重要だ」と述べ、教員が働く環境の改善を急ぐとともに社会の理解や支持が重要になるとの見方を示した。給特法の教職調整額については、職務の特殊性に応じた枠組みを検討する理由もあるとしつつも、「『働かせ放題』になってしまうことは絶対に避けなければならない」と力を込めた。

 荒瀬氏は今年3月に第12期となる中央教育審議会(中教審)の会長に選出された。任期は2年間となる。

 中教審では現在、初等中等教育について、大きく2つの課題に取り組んでいる。1つは、次の学習指導要領に向けた準備作業になる。第11期に設置した「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた学校教育の在り方に関する特別部会」が第12期にも継続されており、義務教育と高校教育の2つのワーキンググループ(WG)で幅広い論点を継続的に議論している。また、「ChatGPT」など生成AIの学校現場での活用を方向付けるガイドラインを夏前までに策定する必要性が急浮上する中、これを含めた学校教育のデジタル化への対応を集中的に取り上げるデジタル学習基盤特別委員会を設置し、5月16日に初会合を開いた。

 もう1つは、教員の長時間労働を解消し、働く環境を整備するための議論になる。永岡桂子文科相は5月22日の総会で、学校の働き方改革、給特法の改正を含めた教員の処遇改善、支援スタッフの確保など学校の指導・運営体制の充実について「一体的・総合的な推進」を行うための具体的な方策について諮問した。文科省では来年春までに答申をまとめるとともに、一部の施策については答申に先行して逐次取りまとめることを想定しており、中教審はこれも特別部会を設置して集中的に議論を進める。

高校は「全日制」「定時制」「通信制」の区分でいいのか

インタビューに応じる荒瀬氏
インタビューに応じる荒瀬氏

 次の学習指導要領に向けた準備作業について、荒瀬氏は「次の学習指導要領の諮問そのものはもう少し先になるだろう。今はその準備として11期でまとめた論点整理に基づいて、2024年3月ごろまでに、基本となる事柄について考えていきたい」との見通しを述べた。

 「この議論は次の学習指導要領に一定の影響を与えていく。大切なことは2つ。『どんな力を付けるのか』と『何を学ぶのかを含めて、そのためにはどういう方法を取るのか』になる」。京都市立堀川高校で探究学習に先進的に取り組み、中教審の高校教育WGで座長も務める荒瀬氏は、高校教育を例に取りながら、こう説明した。

 「民法改正で成年年齢が20歳から18歳になった。社会で一人の市民として生きていく上で、どういう力が必要なのか。これを今まで以上にしっかり考えて、高校の間にその基礎部分をどう身に付けるか、真剣に取り組まなければならない。もう1つは、いかに社会に接続していくのか。そのときの力はどのような力なのか、ということ。この2つは以前に中教審に高等学校教育部会があったときに、コアとして位置付けられたものだが、その重要性はいまも変わっていない」

 では、そうした力を付けるために、どういう方法を取るべきなのか。「現在、高校には、全日制、定時制、通信制という3つの課程がある。けれども、こういう分け方だけでいいのだろうか」と、荒瀬氏は問題提起する。「コロナ禍で学校に行けない状況があり、そのときに家に居て学べることも分かった。固定的にこの学校でしか学べないというのではなく、別の学校に行っても構わないという考え方もある。非常に大胆に、今ある縛りや常識をもっと揺さぶって考えてみる必要があるのではないのか」と、高校教育WGの議論を紹介した。

学習指導要領「大きく変える必要はあるか」

 中教審の特別部会で「どんな力を付けるのか」「そのためにどういう方法を取るのか」について議論を深めていった結果として、学習指導要領にはどのような改訂が必要になるのだろうか。荒瀬氏は「本音を言うと、現行の学習指導要領について、私は大きく変える必要がないと思っている。今回はとても大きな改訂をしたのだから」と、率直に話す。

 改めて学習指導要領の前文をみると、学校教育には「一人一人の生徒(小学校では児童)が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓(ひら)き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる」と明記されている。

 荒瀬氏は「この前文の趣旨を重視し、引き継ぐことが重要だ。教育を通じて『どういう力を付けるのか』という、目標が前文にはっきりと掲げられている。それは、学びをコンテンツベースではなく、コンピテンシーベースに切り替えることだ。その意味では、相当に完成度の高い学習指導要領ではないか」と指摘。「それに加えて『令和3年答申』がある。私はこの答申は学習指導要領の取扱説明書だと思っている」と説明した。令和3年答申とは、中教審が21年1月にまとめた答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」を指す。

 学習指導要領と令和3年答申の関係については「学習指導要領という軸になるものがある。その解釈本としての令和3年答申が出ていて、そこにはいろいろな条件整備が書かれている。だから、多少のマイナーチェンジはあり得るかもしれないけれども、基本的には、この学習指導要領をいかに定着させていくか、そこに描かれた学びを実現するための条件整備をどう進めていくかが、当面の課題になる」と整理した。

学校の環境整備もコンピテンシーベースの学びから考える

 学習指導要領が目指すコンピテンシーベースの学びを実践する鍵は、なんといっても探究学習になる。荒瀬氏は「高校の総合的な探究の時間をみると、教師たちにはやっぱり迷いがある。特に進学校では、『総合的な探究の時間』に労力と時間を費やして、それで生徒の力が付くのか、大学進学につながるのか、という疑いを持っている先生がたくさんいらっしゃる。そうした疑い、問いはとても大事だ。私は同じ問い掛けを既存の教科学習にも向けていただきたいと考えている」と続ける。

 「いま自分が教えている生徒が近い将来、18歳の成年に達し、一人の市民として生きていく上で、どれだけこの学校でやっている学びが役に立つのだろうか。そういう問い掛けを教科学習にもしていただく必要がある。その際に、学習指導要領や令和3年答申をみてもらうと、重要なポイントに気付けるはずだ。当然知識は必要で、知識の習得を否定するものではないが、その知識を活用する場や機会が調えられているか。知識はあるけれど、それが生きていく上ではあまり役に立っていません、というのではつらい」

 荒瀬氏は、今後の学校教育について、コンピテンシーベースで子どもたちの学びを考え、それを実現するための環境整備を進めることが重要だと強調する。「子どもたちは本当にどんな力を付けていくことが必要なのか。その問いに答えていくところから、授業の組み立てやカリキュラムマネジメント、教員研修、学校の施設設備など、学校教育のあらゆるところを見直す。そのために学習指導要領があり、取扱説明書としての令和3年答申がある。学習指導要領は人の作ったものだから、もちろん見直しは重要だが、今は着実な実施が最優先だろう」と話した。

不登校への対応「自ら学ぶ力を発揮できる環境整備が重要」

 こうしたコンピテンシーベースの学びを実現するために、いまの学校教育には十分な条件整備がなされているのだろうか。この点について、荒瀬氏は「中教審でも意見が出ていたが、いまの学校教育は制度疲労を起こしているのではないか。1つは、増え続ける不登校の問題。もう1つは、教員志望者が減り続けてしまっていること。いずれも学校教育の制度疲労に根本的な原因があるように思えてならない」と、厳しい見方を示した。

 文科省の調査によると、不登校の児童生徒数は21年度で小学校8万1498人、中学校16万3442人、高校5万985人となり、増加傾向に歯止めがかからない。

 こうした不登校への対応について、「学校教育は何のためにあるのかということと、それを実現するためにどんな方法を選ぶのか、この2つを分けて考える必要がある。子どもたちが学ぶことが大事なのであって、学校に行くことのみが大事なわけではない。ただし、学校に行かないと得られない学びもあるのも事実だ。それらを考慮しつつ、学校に行けない子どもが駄目なのではなく、いかにその子どもとってふさわしい形で学びが用意されるかが本当に大事になる」と説明した。

 一人一人の子どもにふさわしい形で学びを用意するにはどうするのか。荒瀬氏は、法隆寺の宮大工だった西岡常一氏が残した「木のことは木に聞け」という言葉に触れながら、「私は『子どものことは子どもに聞け』という姿勢が必要だと思っている」と話す。

 「子どもが学ぶ上で非常に重要なポイントは、子ども自身がその学びを面白いと思えるかどうか、にある。子どもは本来、優秀な学び手であって、自ら学ぶ力を持っている。それを大前提として、学び手としての力を発揮できるように、いかに周りの環境を整えるかが大事になる」と説明。そのための有効なツールの1つとしてオンライン学習を挙げ、「学ぶための時間と場があることが非常に大事。学校に来られないのであれば、家にいても学べる環境を整える。学びの保障という点でオンライン学習の環境は必要になる。そうした環境が整って、学びが面白いと思えれば、子どもは自分で学んでいくし、誰かと話し合ったり、一緒に学んだりしたいと思うようになるかもしれない」と述べ、一人一人の子どもが学びを面白いと思える環境を整備することが、不登校の子どもに寄り添うことにつながっていくという考え方を示した。

教員志望者の確保「教育へのリスペクトが問われている」

記者の質問に笑顔で答える荒瀬氏
記者の質問に笑顔で答える荒瀬氏

 学校教育の制度疲労として、もう1つの問題として挙げられた教員志望者の減少をはじめ、教員の長時間勤務が依然として常態化している現状を改善するためには、どのような取り組みが必要なのか。

 「これは全国高等学校長協会会長の石崎規生先生に伺った言葉だが、教育へのリスペクトが問われている」と、荒瀬氏は即答した。「リスペクトといっても、教師を尊敬しろとか、学校が言うことは絶対だと言うのではない。教育が本来持っている、人の可能性を引き出すとか社会に対する影響力とかに、ふさわしい敬意を払ってほしい。その延長線上で、教師という仕事に対する理解と理解に基づいた敬意についても示してほしい。しかし、まずは教育そのものに対してのリスペクト。個人にとっても社会、国にとっても、教育は極めて重要だ。その認識が確かなものになれば、予算にもつながっていくだろうし、さまざまな改善にも現れてくる」と指摘した。

 教育へのリスペクトと教員志望者の確保がどのように関係するのか、もう少し説明がほしい。荒瀬氏は「教師になりたいと考える若い人たちは、決して楽な仕事だけを求めているわけではない。教師という仕事には厳しい部分があることも分かった上で、子どもたちへの教育に直接携われることの喜びとか意義を感じて教師を志望している。例えば、学生の時から学校や教育に関連したボランティアに参加する人は多い。そういう人たちは教育へのリスペクトを持っている。そのことを、この社会は十分に意識できているのか。子どもたちの学びを支える教師は、子どもたちとの時間を大切にしたいと考えている。それには専門職としての学びが必要で、それは多様だ。いずれも時間が確保できるかということが重要になる。誇りを持って働けるか。この投げ掛けを中教審の議論では大事にしていきたい」と述べ、中教審が教員の働き方改革や処遇改善、学校の指導・運営体制の充実を議論していく上で、教育へのリスペクトという視点を重視する考えを示した。

教職調整額「『働かせ放題』は絶対に避けなければならない」

 その上で、今後の審議の方向性について、中教審が教員の時間外勤務に月45時間、年360時間の上限を大臣指針として設定するよう求めた「働き方改革」答申(19年)が議論のベースになると指摘。4月28日に文科省が公表した22年度教員勤務実態調査の速報値で、通常の学期中には小学校で64.5%、中学校で77.1%の教員が上限指針(月45時間)を上回る勤務をしているとみられる結果が出たことを踏まえ、荒瀬氏は「議論を重ねてまとめられた『働き方改革』答申だが、その内容は実現していない。だからこそ、それをいかに実現させていくのかをしっかり考えていくことが基本になる」と説明した。

 学校と教員が行う授業以外の業務を「基本的には学校以外が担うべき業務」「学校の業務だが、必ずしも学校が担う必要のない業務」「教師の業務だが、負担軽減が可能な業務」の3つに分けた「働き方改革」答申の考え方について、「この業務の内容をもう一度しっかりと見ていかなければならない。その時には、学校はそもそも何をするための場所かということを理解して、教師の仕事に対する要求も、やっぱり教育に対するリスペクトを前提とした、学び続ける教師に対する敬意を持った要求であってほしいと考えている」と述べた。

 教員の給与について、職務の特殊性を理由に4%の教職調整額を支給する代わりに時間外手当を支給しないとする給特法の枠組みを維持するのか、それとも時間外勤務時間に応じた手当を支給するべきかとの論点については「仮に金額を上げたとしても、一定の教職調整額を支払えば、後は『働かせ放題』みたいなことになってしまうことは絶対に避けなければならない。もちろん、時間外勤務に見合った処遇改善は必要だと思う。ただ、時間外勤務をたくさんやっているからいい仕事をしているかどうかは、なかなか分かりづらい。時間外勤務時間が少なくても効率的な仕事をしている人は少なからずいる。いかに組織的に仕事を進めるかだ。『距離=時間×速さ』という単純な計算ならば、時間を掛けるほど距離が出るが、教育はそういうものではない。この掛け算を間違わないように、じっくりと検討していく必要がある」と説明。処遇改善を進める必要を指摘する一方、職務の特殊性に応じた枠組みを検討する理由もあるとの認識を示した。

 同時に「『早く帰れ』と繰り返し言われてやる気がそがれている人もいるし、結局、持ち帰り仕事が増えて苦しんでいる教師も多い。単純な見え方ではなく、具体の検討が必要で、『働き方改革』答申に戻って『学校でしなければならないことなのか』『専門職としての教師がしなければならないことなのか』ということを峻別していくことが非常に重要だと考えている。また、当然教師の数もそうだが、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、授業補助、事務補助の拡充など、学校への多様な支援が、子どもの学びを支える」と述べ、教員の業務について授業や子どもとの関わりを中心に改めて精選していくことと、子どもの学びの支援につながる人員確保の必要性を指摘した。

 こうした学校教育の「制度疲労」に対する中教審の審議について、荒瀬氏は「これまで学習指導要領や令和3年答申の際の議論もそうだったが、現状を見つめ、前例にとらわれずに問いを立てて考えていかなければいけない。その立てた問いに対して、いかに合意のできる解、納得解を見いだしていくかが重要だ。まさにこれが中教審にとっての『探究』になると思っている」と結んだ。

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