不登校生徒に言われた「忘れられない言葉」全日中齊藤新会長

不登校生徒に言われた「忘れられない言葉」全日中齊藤新会長
全日中新会長に就任した文京区立音羽中学校の齊藤校長
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 不登校の生徒が増加し、今や20人に1人の割合となっている中学校の現場。多様な生徒を支える教員の側も、働き方改革が依然として大きな課題になっている。全日本中学校長会(全日中)の新会長に就任した東京都文京区立音羽中学校の齊藤正富校長は、中教審の委員など校内外の業務に当たる一方で、生徒一人一人と向き合う時間を大切にしている。「『不登校』とひとくくりにせず、一人一人に合った環境を見つけられれば」と語る齊藤校長。教員に対しても、一人に責任を押し付けない、働きやすい職場を作りたいという。その上で「課題はまだまだ多いが、それでもやはり、教員という仕事の魅力を伝えたい」と強調する。

全校生徒との個別面談で生徒の思いを聞く

 インタビューのために音羽中学校の校長室を訪れると、入れ替わりに一人の生徒が出てきた。お辞儀をして去っていく後ろ姿をそっと見送っていたのが、同校の齊藤校長だ。今年5月の全日中の総会で、新会長に就任した。これまでも中教審の委員として発言するなど、学校外でさまざまな業務に当たりながら、全校生徒との個別面談を続けてきた。齊藤校長は「ここ(個別面談)でなければ言えないことを校長に言える、良い機会だ」と語る。

 齊藤校長は千葉県習志野市出身。もとは高校教員を目指して、中学校で講師を務めていたが、「中学生は(在学中に)大きく変わる」という先輩教員の言葉で、中学校の教員になることを決めた。東京都足立区の公立中で社会科教員としてキャリアをスタートさせ、江戸川区の公立中で経験を積んだ後、足立区に戻り、同区立蒲原中の副校長に。東京都教育庁勤務を経て、2017年度に文京区立本郷台中の校長、22年度に音羽中の校長に着任した。

 生徒一人一人との面談は、前任校で校長になった時から続けているが、「これまで拒否する生徒はいなかった」と笑う。生徒の側も、齊藤校長を大切な話し相手として認めているようだ。最近、やや無気力な言動がみられた生徒と面談をした時のこと。部活動の時間と重なったため「部活動を中断させてごめんね」と声を掛けたところ、「いいんです。自分なんて試合にも出ないし、いてもいなくても変わらないから」と言われた。

 齊藤校長が「いなくてもいいなんて人は、どこにもいないんだよ。補欠がいるからこそ、レギュラーはレギュラーでいられる。もし高校入試で部活動のことを聞かれたら、自信を持って『他の子の練習をサポートした』と言えばいい」と語り掛けると、生徒の表情がさっと晴れたという。「生徒が私に『話を聞いてほしい』と思ってくれればうれしいが、結局は生徒の受け止め方次第。こちらが投げたボールを受け取るのも、投げ返すのも自由」と見守る。

 「いろいろな生徒がいて、いろいろなことが起こる。大変だ、と思うこともある。でも卒業生が成人して、就職したり家庭を持ったりと、しっかり今を生きている姿を見ると、教員をやっていてよかった、報われた、と実感する」と、教員という仕事の醍醐味(だいごみ)を語る齊藤校長。「小学校から入学した生徒が、新しい環境の中で、時に悩みながらも経験を積み重ね、成長していく姿を見られるのは、中学校教育の魅力だ」。

「学校に来たからといって、全て解決したとは思わないで」

 中学校の現場では現在、不登校が大きな課題になっている。文科省の調査(21年度)によれば、中学校の不登校生徒数は16万3442人と、20人に1人の割合に上る。「学校だけでなく、保護者や教育委員会、関係機関が共に取り組まなければならない課題だ。小学校と中学校の間の情報共有も重要になる」と齊藤校長は語る。

 齊藤校長は、教員になったばかりの頃、不登校の生徒に言われた言葉がいまだに忘れられないという。「初めて担任したクラスで、不登校になった生徒がいた。当時まだ駆け出しだった私は、家に迎えに行ったり、腕を引いたりしてしまったことがあった。しばらくして、その生徒が学校に来るようになったので、『来たね』と話し掛けたら、『学校に来たからといって、全て解決したとは思わないで』と言われた」。

 その言葉は当時、「鉄槌で頭をたたかれたような衝撃だった」と齊藤校長は振り返る。「生徒の方がよほど大人だな、こちらが知らないことをたくさん抱えているのだな、と思った。その言葉は、自分の中にずっと残っている。今でも(前出の)個人面談のように、私が関わればよいとは思っていない。保護者などと丁寧にやりとりをして、学校はいつでもオープンだと理解してもらえるような発信の仕方を心掛けている」と齊藤校長は語る。

 不登校生徒の進路選択も課題だ。現在では、通信制高校が不登校経験のある生徒の受け皿となっているケースもある。齊藤校長は「周りの人々との関わりを保ち、できることならさらに広げていけることは大前提だ。昼や夕方から登校できたり、柔軟なカリキュラムで学んだりできる単位制高校や定時制高校などもある。今の学校の環境には適応できなかったけれど、環境を変えれば『やってみよう』という気持ちが出てくるかもしれない。『不登校』とひとくくりにせず、一人一人に合った環境を見つけられれば、きっと励みになるはずだ」とみる。

 「小学校と比べ、中学校は担任や教科担任など多くの教員が関わっていて、一人の教員が一人の生徒に関わる時間は短い。一方で、いろいろな先生が関われるという強みもある。一人の生徒に関わる多くの教員のうち、『この先生になら相談できる』という人が見つかれば、支援のきっかけの一つになるかもしれない」と、中学校ならではのアプローチを語る。

今度こそ本気で働き方改革を

 多様な子供たちへのきめ細かな支援が求められている一方で、現在の学校は多忙を極め、教員の働き方改革が喫緊の課題になっている。今年4月には、文科省の調査研究会が働き方改革や教員の処遇改善に向けた論点整理を公表。議論の過程で、全日中総務部長(当時)としてヒアリングなどに参加した齊藤校長は「中学校の現場の実態としてさまざまお伝えしたことが、論点整理の中にかなり盛り込まれていた。本腰を入れて考えてくれているのだな、というのが十分に伝わってきた」と受け止めた。

 その上で「全員が納得する改革は難しい。(給特法が定める)教職調整額を引き上げれば解決するわけでもないし、専門人材を活用して教員の負担軽減をするにしても、予算や人材が確保できるのかという課題が残る。とはいえ、改革を始めなければ何も変わらない。まず一歩でも、半歩でも踏み出したのだから、学校だけでなく行政も地域も含めて、今度こそ本気で改革を積み重ねていかなければならない」と力を込める。

 齊藤校長は以前、部活動の地域移行には慎重な考え方をしていたという。生徒指導の重要な機会と考えていたからだ。しかし、運動部活動の地域移行に関する検討会議の委員として議論に加わった時、別の委員から「部活動がなければ、生徒指導はできないのか」といった意見があったという。「それを聞いて『学校の外からは、そのように見られているのか』と冷静になった。これまで学校で部活動を行うことが当たり前だったが、時代に応じて社会の考え方が変わっていく中で、学校の中にいる私たちにも考え方の転換が求められていた。教員の生活を守らなければならない、と気付かされた」と齊藤校長は語る。

 働き方改革・処遇改善などに関する中教審の諮問では、さまざまな施策が盛り込まれたが、優先度の高いものとして、齊藤校長は教員不足への対応を挙げる。「学校でさまざまな取り組みをしようとしても、それを担う教員がいない。病気や産休・育休で学校を離れる教員の、代わりが見つからない。教員になりたいという人が減っている」。

 それでも「本校に来た教育実習生は『先生になりたい』と言ってくれる。その思いがさらに強くなるようにサポートしたい」と齊藤校長は語る。また若手の教員には「周りがみな忙しそうにしていたとしても、早めにSOSを出して、分からないことを聞いてほしい。そのまま進めてしまうと後々、トラブルになることもあるし、そのことで『自分に教員は向いていないのでは』とネガティブな方向に進んでしまうことになりかねない」とアドバイス。その上で、学校は「個々の教員には責任を押し付けていない、組織として対応している、という実態を明確に示すことが大切だ」と強調した。

【プロフィール】

齊藤正富(さいとう・まさとみ) 千葉県習志野市出身。1991年度、東京都足立区の中学校教諭として教員人生をスタート。足立区・江戸川区の中学校に勤務した後、2012年度に足立区立蒲原中学校の副校長に。東京都教育庁人事部職員課を経て、17年度に文京区立本郷台中学校校長、22年度から同区立音羽中学校校長。専門は社会科。好きな言葉は「人をうらやむ前に自分を磨け」「今が最悪と思う時はまだ最悪ではない」。

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