小学校教員の授業時数、独自の市講師で週20~22コマに 武蔵野市

小学校教員の授業時数、独自の市講師で週20~22コマに 武蔵野市
武蔵野市立第四小学校の校内
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 来年度予算編成に向け、文科省や自民党が小学校高学年の教科担任制の強化に踏み込もうとしている。狙いは、教員1人当たりの授業時数(持ちコマ数)を減らし、勤務中の空き時間を確保して、教員の負担軽減を図ることにある。こうした持ちコマ数削減の動きを先取りするように、東京都武蔵野市は独自に非常勤講師を配置する「市講師」制度を導入し、小学校教員の1週間の持ちコマ数を高学年20コマ、中学年21コマ、低学年22コマに抑えていく取り組みを進めてきた。同市教育委員会によると、小学校教員の時間外在校等勤務時間は現在、文科省が上限指針で定めた月45時間には届かないが、学期中であっても60時間以下まで削減されてきている。今年度に入って教員の精神疾患による新規の病気休職者は報告されていないという。ただ、1年単位で契約する市講師は学校現場のニーズに合った人材の安定的な配置が難しく、教員の確保を巡る学校現場の悩みは尽きないようだ。

高学年20コマ、中学年21コマ、低学年22コマ

 武蔵野市には、小学校12校、中学校6校の公立学校がある。市教委によると、小学校の教員定数は22年度で管理職を含めて約470人で、このうち教員は約430人。これに対して、市講師は全ての小学校に導入され、80~90人程度が常時稼働して学校現場の働き方改革を支えている。市講師の時間給は2950円。必要な予算額は年間約6600万円という。

 この市講師の配置により、市教委は小学校教員1人当たりの授業持ちコマ数を1週間で高学年20コマ、中学年21コマ、低学年22コマに抑えていくことを目指している。

 市講師制度を導入した目的について、荒井友香・市教委指導課長は「質の高い教育を実現するためには、教員の負担を軽減し、教員が授業準備をする時間をしっかりと確保する必要がある。最終的な目標は子どもたちのウェルビーイングにあるのだから、そこにたどり着くために、教員にもウェルビーイングを目指してほしい。これまでは『子どもたちのために』と思って教員が頑張り、その結果、体調を崩す教員や、幸せな表情で学校に来られない教員が増えるという、マイナスのスパイラルがずっと続いてきた。それを逆向きにして、思い切ってゲームチェンジできないかと考え、取り組みをスタートさせた」と説明する。

 市講師制度はいきなり現在の規模になったわけではない。18年度に市長・教育長会議で小学校教員の1週間の授業持ちコマ数を20コマに抑えるという目標をトップダウンで設定し、制度の要項を定めた。当初は教員の校務負担が大きな小規模校を対象に市講師の配置をスタートし、20年度には高学年で週22コマ、中学年と低学年で週23コマを目指して配置。持ちコマ数の削減効果が出てきたため、22年度から市内全ての小学校に配置が拡大された。

 市講師の業務をみると、単独で授業を受け持つほか、複数の教員で授業を行うチーム・ティーチングのときは授業全体を進める「T1」の役を担ったり、指導案の作成や学習評価も行ったりする。いわゆる非常勤講師で、当然ながら、教員免許が必須となる。

 ただ、「どんどん市講師を学校に入れていけばいい、というわけではない」と荒井課長は指摘する。「日本型の教育は、子どもたちを全人的に見ていくところがいいので、一定の時間数は担任の教員がしっかり授業することが大事だと思う。授業準備など教員の負担を考えて、現状では、高学年20コマ、中学年21コマ、低学年22コマがちょうどいいバランスではないかと考え、武蔵野市ではこの時数に向けて市講師を段階的に増やしていった」と話す。

 ここで、授業時数を巡る全国の状況と大まかな政策の動きを見ていきたい。小学校の授業時数は、学校教育法施行規則が定める標準授業時数の年1015時間(4年生から6年生まで)を長期休業を除く年間35週で計算すると、週29コマとなる。ただ、実際には、多くの学校で標準授業時数を越える教育課程が編成されている。文科省によると、小学5年生の場合、22年度の計画段階で37.1%の学校が年1086時間を超える教育課程を編成しており、週31コマ以上の授業を設定しているとみられる。一方、多くの学校では、音楽、理科、家庭、図画工作などの教科を中心に専科指導が行われてきた。このため、文科省の学校教員統計調査によると、小学校教員1人当たりの持ちコマ数は、19年度で24.6コマとなっている。

 こうした現状を踏まえ、文科省では22年度から専科指導の充実と教員の負担軽減の両面を掲げて小学校高学年の教科担任制を予算化し、4年間かけて年950人ずつ計3800人分の教員の加配定数を改善している最中だ。これにより、小学校高学年を受け持つ教員1人当たりの持ちコマ数は約3.5コマ改善され、週21コマ程度になると見込んでいる。

 この動きを加速させるかたちで、自民党は5月11日にまとめた政策提言「令和の教育人材確保実現プラン」で、「小学校高学年教科担任制の強化」を来年度予算編成に向けた優先施策に位置付け、小学校高学年の学級担任の持ちコマ数を「週20コマ程度」とする目標値を掲げるとともに、基礎定数化を目指す方向性を打ち出した。「小学校高学年教科担任制の強化」は政府が6月16日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太の方針)にも盛り込まれ、文科省は現在、8月末の来年度予算概算要求に向けて政策立案を進めている。

 独自の市講師制度によって小学校教員1人当たりの持ちコマ数を削減していく武蔵野市の取り組みは、こうした文科省や自民党の動きを先取りした内容にもなっている。ただ、両者の違いは、武蔵野市は市講師という非正規教員を活用している一方、文科省が予算化に取り組んでいる「小学校高学年教科担任制の強化」は正規教員の加配によって教員1人当たりの持ちコマ数を削減しようとしている点になる。正規教員の予算枠を増やしても総額裁量制によって自治体の判断でその予算を非正規教員に振り向けることもできるが、正規教員の予算を増やすかどうかの違いは、やはり大きい。

「ワークライフバランスに対する不満は減ってきた」

 では、武蔵野市の取り組みはどのような成果を挙げているのか。残念ながら、市教委では具体的なデータを公表していない。ただ、小学校教員1人当たりの持ちコマ数は「市講師制度の導入前は文科省調査(24.6コマ)とほぼ変わらなかったと思うが、21年度には着実に減少している」との説明を受けた。

 教員の超過勤務時間に当たる時間外在校等時間については「着実に減少しており、武蔵野市の平均は60時間以下になっている。(文科省が上限指針で示している)月45時間以下を目指しているが、まだまだ道半ば。一部には月80時間を超える教員もいる」という。

 荒井課長は「時間外在校等時間が減るにつれ、教員それぞれの個別状況の差が大きくなってきている。時間に余裕ができると、自発的に休日のクラブ活動を見に行ったり、授業準備を手厚くやったりする教員もいる。その結果、定時で帰る教員がいる一方で、遅い時間まで働く教員もなかなかいなくならない。ただ、ワークライフバランスに対する不満は確実に減ってきている」と話す。

 時間外在校等時間が長い教員の勤務状況を市教委が学校に問い合わせたところ、▽子どもたちの学びを自分の学びに転換する研究に没頭している教員がおり、本人は楽しみながら遅い時間まで整理分析をやっていた▽1校で複数の教員が100時間を超えていた。学習用タブレットの利活用の研究グループが自主的に発足して、翌日の授業の事前準備を毎日遅くまですごく楽しそうにやっていた--といった理由だったという。

 「私たちは専門性を持って教員になっている。こうした教員がやっていることは、きちんと子どもたちに返っていくし、教員にとってもライフワークバランス上の満足度がきっと高くなっている。それでも100時間を超えるような時間外在校等時間は、どこかに無理が出る。いくら楽しくても、体が壊れてしまう。上限指針の月45時間は国が根拠をもって示していることなので、それは大切にしなければならない。教員たちには『楽しいこともほどほどに』と伝え、理解を得ていくしかない」と、荒井課長は話す。教員の勤務時間と教員の専門性や自由裁量をどうバランスさせていくか。市講師を巡る武蔵野市の試みからは、働き方改革が少しずつ進む中で、学校管理職と教員がそれぞれ考えていかなければならない課題が浮かび上がってきているようにもみえる。

 また、武蔵野市では、メンタルヘルス上の理由で体調を崩す教員は非常に少ないという。文科省の人事行政状況調査によると、公立学校教職員の精神疾患による病気休職者数は21年度で5897人(0.64%)で過去最多となっており、若い世代ほど高い割合になっている。武蔵野市教委では、昨年度にはメンタルヘルス上の理由を抱えて病気休職となった教員がいたが、「今年度、新規の申し出は把握していない」としている。

「はまる人材がいれば、教員は助かる」のだが…

 「市講師」制度の導入について、学校現場はどう受け止めているのか。東京都武蔵野市吉祥寺北町の同市立第四小学校(濱辺理佐子校長、児童372人)では、現在、教員1人当たりの持ちコマ数は、高学年22コマ、中学年22コマ、低学年20コマとなっている。市教委が目指す持ちコマ数よりも高学年で2コマ、中学年で1コマ多く、低学年は逆に2コマ少ないが、いずれも全国平均の24.6コマを2コマから4コマ下回っている。市講師とともに東京都の都講師による専科指導によって教員の負担が軽減されている一方、教員の退職などが影響して現在の持ちコマ数になっているという。

 濱辺校長は「市講師は、学校のニーズにぴったりはまる人材がみつかれば、確かに教員は助かる。教科を一つ丸ごと持ってもらえると、全てお願いできるので、ありがたい。その意味では、物理的に教員にゆとりができているところもある。ただ、うまくはまる人材はなかなか見つからない」と歯切れが悪い。

 第四小学校でいま、市講師がうまくいっている例としては▽5年生と6年生の社会を丸ごと市講師に任せている。授業準備から評価も含めて全て市講師が一人で受け持ってくれるので、担任の教員に空き時間ができている▽英語に堪能で教員免許を持つ大学院生に4年生、5年生、6年生の外国語を任せている。各学年2学級で計6学級の授業を週2時間、ALTと一緒にやってくれるので、大変助かっている--と説明した。

 市講師に課題を感じているところとしては▽人材次第で1時間の授業をそのまま任せられないことがある。学級にはいろいろな子どもがいて、課題がある子どもほど担任が時間を掛けて丁寧に見ていく必要がある。そういう学級では市講師が授業を進める中で、担任が教室の後ろで丸付けなどをしながら、子どもたちの様子に目配りしている▽週20時間受け持てる人もいれば、週4時間程度を希望する人もいる。短時間の人はその時間しかこないので、使う側として難しい▽1年単位なので、今年度はお願いできても、来年度はどうなるか分からない。先が不安定なので、いつも人探しをしている状態が続いている--などを挙げた。

 市講師として特別支援教室の巡回指導をやれるベテランの教員を探していたところ、ようやく退職した教員を見つけたが、ベテランの元教員に対しては都の講師の方が社会保険なども含めた待遇がわずかにいいので、結局、辞退されてしまったこともあったという。

 こうした課題を説明した濱辺校長は「やっぱり専科指導ができる正規教員を配置してもらえるなら、その方がいいですね」と、静かに笑みを見せた。

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