「与え続ける教育」が当事者意識をなくす 工藤勇一校長が講演

「与え続ける教育」が当事者意識をなくす 工藤勇一校長が講演
「学校が変わって社会が変わることを教員は知らなければいけない」と工藤校長
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 日本の教育に圧倒的に足りないのは、当事者意識と対話の力だ━━。「民主主義を学ぶこと、教えるとはどういうことか」をテーマに、横浜創英中学・高校の工藤勇一校長が登壇した対話会が8月6日、都内の会場で行われた。対話会は地域や行政の壁を越えて学び合う場をつくっているシェアリング・ラーニングが主催し、教員や保護者、教育関係者が約100人参加した。工藤校長は「『与え続ける教育』が、子どもたちの当事者意識のなさや、自己肯定感の低さを生んでいる」と指摘し、「学校が変われば、社会が変わる」と訴え掛けた。

民主主義を教えないと、社会は変わらない

 インドやベトナム、タイなどで人口増加や経済成長が続く中、日本では人口が急激に減少し、高齢化が進んでいる。工藤校長は「従来のビジネスモデルは通用せず、今までにない価値を加える必要がある。社会の構造も、育てる人材像も変わっているのに、学校教育は変わっていない。昔は大事だとされていたあいさつや忍耐強さ、従順さではなく、これからは自分の頭で考える力が必要だ」と述べた。

 日本の学校教育の最大の課題を「『Agency』の欠如、つまり当事者意識と対話の力が足りないことだ」と述べ、「手をかければかけるほど生徒は自律できなくなり、自分がうまくいかないことを誰かのせいにするようになる。そうすることで主体性を失い、自分も他人も嫌いになり自己肯定感が低くなる」と強調。「与え続ける教育」が、当事者意識のなさ、主体性のなさ、幸福度の低さ、自己肯定感の低さを生んできたという矛盾を指摘した。

 また、日本ではダイバーシティやインクルーシブが進まないことにも危機感を示し、「人はみんな違っているというのは、対立を受け入れるということだ。対立は生まれるもの。これまで日本では対立を思いやりの心で解決しようとしてきた。それはとても乱暴なことではないか」と疑問を呈した。

 「考え方や価値観が違うとイライラする人が多い。それは同調圧力の国で、『心を一つに』が大好きな国だからだ。そうではなく、対立が起きたときには、感情や考え方、価値観の違いに目を向けるのではなく、利害の対立だけに目を向けることが重要だ」と話した。

 そして、「学校で教え、教わった人が社会に出ていくことで世の中は変わる。子どもたちに民主主義を教えないと、社会は変わらない。学校が変わって社会が変わることを、教員は知らなければいけない」と訴え掛けた。

ブレストを繰り返すと、風土が変わっていく

 工藤校長の講演を聴いた参加者らは、4~5人のグループになってそれぞれが感じたことなどを共有し合った。参加していた高校3年生は、「学校では道徳などの授業で、みんなで対話する機会はある。ただ本当にそれぞれが自分の意見を言えているのか、疑問に思っている。自分の意見を言うには、当事者意識を育む必要があると考えており、そのためにはどうすればいいのか」と工藤校長に質問を投げ掛けた。

 工藤校長は「この質問は今の日本の本質を突いている」と評し、「授業での対話は、見えない価値観に縛られていることが多い。『答えがあるのではないか?』と思いながら発言しているということだ。ファシリテーションをする教員の価値観も色濃く影響する」と分析した。

 その上で、「当事者意識を持つには、まずみんなが自由に意見を言えるような環境をつくらなくてはいけない。そのためには、ブレーンストーミングを繰り返しやってみるといい。ブレストは気軽に全員が意見を出すことができる。発言するだけでなく、紙に書くことでも意見を言えるのだと理解できることもいい。ブレストを何度も繰り返していると、風土が変わっていくので、ぜひやってみてほしい」とアドバイスを送った。

全教科で「子どもたちが学び方を学ぶ」改革へシフト

 工藤校長が2020年4月に校長に就任した横浜創英中学・高校では、最上位目標である「考えて行動できる人の育成」に向け、固定担任制をやめたり、リーダー養成講座など新たなことに挑戦したり、社会背景や世界水準を意識した改革に取り組んでいる。

 同校は生徒を学校運営と学習活動の主体者にすることを目指している。学校運営では、校則も全て生徒に権限を渡しており、工藤校長は「全て権限を渡すけれども、生徒総会で多数決なんか使うんじゃないと教えている。多数決は数の論理であって、自分たちで決めたことにはならない。誰一人取り残さず、基本的に多数決を使わずに決めるのならば、どこまで校則を変えてもいいとしている」と説明した。

 生徒を主体者にした学習活動の改革も進んでいる。例えば、中学校の英語の授業は、1年から3年まで学年を取り払って行われている。YouTubeの授業動画を見て学ぶ教室や、スピーキングに特化した教室、英語版マインクラフトに取り組む教室などに分かれ、それぞれの生徒が学びたい教室で主体的に学んでいるという。

 工藤校長は中学1年の最初に、「君には勉強しない自由がある。しかし、他人の勉強を邪魔する自由はない」と伝えるそうだ。一つのエピソードとして、「今の中学2年生は約130人だが、中1の1学期には30人、授業中にゲームしている子がいた。それが2学期になると10人になり、3学期は3人になり、2年生になるとゼロになった」と紹介すると、会場からは驚きの声が上がっていた。

 同校では今後全ての教科において、子どもたちが学び方を学ぶことで、個別最適な学びへとシフトしていく。工藤校長は「効率的な学びを実現することで、学ぶ時間も短くできると想定している。視点を変えれば、それが教員の働き方改革にもつながる」として、25年度から全面実施していく考えを示した。

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