生後4カ月から乳児院や児童養護施設で育ち、社会的養護のもと生きてきた仲間たちのサポートを続けてきた山本昌子さん(ACHAプロジェクト代表)。実家を頼れない若者たちに成人式の振袖撮影を贈るボランティア活動や、最近は虐待を経験した人たちの声を集めたドキュメンタリー映画『REAL VOICE』の監督を務めたことでも、注目を集めている。今回、山本さんらが行った「児童・生徒のSOS発信に関するアンケート」の調査結果から、学校で子どもと向き合う大人たちに必要なことを聞いた。
――「児童・生徒のSOS発信に関するアンケート」を行ったきっかけは何ですか。
埼玉県の小中学校の先生たちに向けて、子どもたちからの虐待SOSについての講演を依頼いただいたことがきっかけでした。私自身は生後4カ月で保護されているので、自分の経験からお話しするのは難しいと思い、アンケート調査を行ってその結果を基にお話しできたらと思ったんです。
SNSで呼び掛けたところ、著名人を含むたくさんの方々が協力してくださって、1カ月で1005件もの回答が集まりました。私の知り合いも多く回答してくれたので、児童養護施設出身者の比率がやや高いと思います。年代は10~30代が約8割でした。アンケートをとったのは2021年6~7月ですが、集計に時間がかかり、昨年11月に結果を公表しています(参照記事:「経験者の4人に1人程度 教員に虐待を受けている相談した」)。
――回答者の男女比は、女性が圧倒的に多いですね。
そうですね、女性が9割弱でした。女性の方がSNSをよく利用していることや、私とつながっているのは女の子が多いせいもあると思いますが、あとはもともと女の子の方が「話を聞いてほしい」という思いが強いのかもしれません。こういったアンケートは不満を感じている人の方が多く回答すると思うので、「聞いてほしかった」という思いをより強く抱いているのが女の子なのかもしれません。
――学校で教職員に虐待のことを相談できた人は、約4人に1人という結果でした。どう思いましたか。
思ったより多いな、と思いました。でも、この後の自由記述の回答を読むと、相談しても話を信用してもらえなかったり、うそだと思われたりした人が多いことも感じました。映画『REAL VOICE』の撮影をしたときも「SOSを出したけれど、受け止めてもらえなかった」と話す子は多かったです。
虐待を受けている子は問題行動をとることもよくあるのですが、それははたから見ると「この子に問題があるから、親にたたかれる」と思われやすい。だから例えば、先生に「親にたたかれるんだよね」と話しても「ああ、それはあなたが悪いことしたんでしょ」と言って片付けられていたりします。
――学校に相談した時期は、中学が一番多いのですね。
小学生の頃は、自分がされていることを虐待と認識できなかった、という声が多かったです。よその家のことが分からず、自分の家が全てだから「みんなの家も同じだろう」と思ってしまうんですね。
例えば、父親から性的な行為をさせられていて「みんなそうしていると思っていた」という人もいました。親子のコミュニケーションやスキンシップだと思っていたと。「あれ、私の家おかしい?」と気付けたのは、中学生のときだったそうです。
だから小学生の子どもでも気付けるように「こういうことは虐待です」というのを、道徳の授業でも何でもいいから学校で教えてほしい、という声もありました。年に1度でもそういう機会があれば、もしかしたら変わるのかなと私も思います。
――高校になるとまた、相談がちょっと減りますね。
高校生はアルバイトが可能になるので、ネグレクトでご飯を食べられない子も、ある程度自分でなんとかできるようになるし、「あとちょっと我慢すれば、親から離れられる」と思うので、SOSを出すことが減るんですね。解決能力が上がる一方で、ある種「諦め」の感覚もあるんだと思います。
だから結局、中学のときが一番苦しいし「抜け出したい」という気持ちが強くて、相談が一番多くなるのかなと思いました。
――「先生の対応でうれしかったこと」「嫌だったこと」(自由記述)は、いろいろな回答が寄せられています。同じ対応が「うれしかったこと」と「嫌だったこと」の両方に書かれていることも多くて、戸惑いました。
そうなんです。うれしかった方にも「話を聞いてすぐ行動してくれた」という回答があるし、嫌だった方にも「すぐに行動されて嫌だった」という回答があったりする。こういうのを見ると、やっぱり「目の前のその子が、今どうしてほしいと思っているかを聞くこと」がすごく大切なんだと感じます。
「その子自身が今、虐待されている自分の状況をどう捉えていて、何を必要としているのか」ということは、本人にしか分からない。だから本人に話を聞くしかありません。マニュアル的に「こうするべき」と決めつけるのではなく、何か行動する前に「まず話を聞く」ということですね。
――教員が「よかれ」と思って親に連絡を入れて、かえってこじれてしまうケースも多いようです。
回答を読んでいると、大人が介入して子どもが救われる確率は、残念ながらかなり低いのかな、ということも感じました。先生が親に連絡を入れたことで、虐待がよりひどくなってしまったといった話は多いので。
そういうことを考えると先生は、子どもが「その瞬間、いま必要なこと」をしてあげるのが一番いいのかなと思いました。
――「その瞬間に必要なこと」とは、どんなことですか。
例えば、睡眠をとれていない子に声を掛けて「保健室で眠らせてくれた」とか、食事をとれていないことを知っていて「朝みんなが登校する前に、チョコレートを渡して食べさせてくれた」といったことを、「うれしかった対応」として挙げている子が多いんです。みんな、その日その日の命をつなぐことに必死なので、「その瞬間に必要なことをしてくれる」ことに救われたと感じている。
先生たちは、問題を根本から解決しようとして親に接触するより、こういうことをする方がリスクは低いし、確実に救える子どもが多いように思います。
――「うれしかった対応」で、食べ物の言及が多かったことも印象的でした。教職員からご飯やパンを食べさせてもらったことを感謝している人が、かなり多いです。
そうなんです。「食べ物を渡すのはよくないのでは」と迷う先生もいると思うんですが、当事者からすると本当に、何より必要なことなので、そういった対策はもうマニュアル化して、仕組みとして学校に取り入れてほしいと思いました。
――現状、教職員がポケットマネーでおごってあげることがほとんどだと思うので、ちゃんと予算も付くとよいです。
そうですね、この社会で虐待やネグレクトが起きてしまっている以上、学校はそういった対応を正式に認めてほしいです。給食しか食べられない子は本当にいるし、中学もお弁当の子は1日何も食べられないということが実際に起きています。
そういった「その瞬間に必要なこと」をしてあげることで、信頼関係が生まれることもあると思います。家のことを初めて先生に打ち明けて、これからどうなるか分からない不安のなかで、いきなりポンと別の人にバトンタッチされて、また知らない人が出てくるより、そこでちょっと落ち着いて先生と話せたら、その後もいい方向に進みやすいんじゃないかなと思います。
映画『REAL VOICE』
山本昌子さんが監督したドキュメンタリー映画。虐待された経験をもつ若者70人が出演する。8月24日(木)午後2時20分から、東京都江戸川区のタワーホール船堀で無料上映会が開かれる。先着200人で、申し込みフォームはこちら。