精神的な不調を抱え、1年以内に退職する初任者が増えている。 昨年度まで北海道の公立中学校校長としてさまざまな学校改革を進め、この4月からは小樽市の初任者指導教員として指導助言に当たっている森万喜子氏は、こうした現状に対し、「学校が多忙すぎて、初任者が困った時に困ったと言い出せない職場環境」と「自分の過去の成功体験を若手に押し付ける“再現性モンスター”の存在」が若手を追い詰めていると指摘する。どうすれば、この状況を改善できるのか。各校で取り組める初任者支援策や、初任者を支援する側の教員の心構えについて聞いた。
——4月から初任段階教諭指導者として、具体的にはどのようなことをされているのですか?
私が担当している北海道小樽市には今年度、中学校に3人の初任者がいます。初任者の勤務校に出向き、毎週1校につき6時間ずつ、指導をしています。具体的には、授業参観や年間計画に沿った講義、演習などですが、一番大切にしているのは1on1の面談です。分からないことや困ったことについて、質問や相談を受けることがメインです。
教員になるまでの道のりは昔よりも多様になっていますが、どの初任者の方も誠実で、一生懸命です。私の頃よりも、今の初任者の方たちは優秀で、学ぶ意欲が高いように感じます。
——初任者が精神的な不調を抱え、1年以内に退職するケースが全国的に増えています。どういった支援が必要だと考えていますか。
よく「最近の若い子は本当に弱いよね」という人がいますが、私はそうではなく、若手が困った時に「困った」と、SOSを出しにくい職場環境が悪いと思います。
初任者は分からないことがたくさんあります。ただ、今は学校が忙しすぎて、隣の先生や向かいの先生に話しかけたくても、みんな忙しそうにしている。遠慮して、周囲に「分からない」とか「困っている」と言い出せないのです。
若手が「困った」と言えるようになるために、まずは相談や質問がしやすい横つながりの同僚性、フラットに話し合える心理的安全性を担保する必要があります。そこでおすすめするのが、同年代の若手教員のミーティングです。
私が最後に勤めた中学校は、職員数が30人ほどの規模でした。そのうち、20代の教員が6人ほどいたのですが、若手教員が自由に話すきっかけをつくろうと、名付けて「若い衆ミーティング」をやっていました。
まず、メンター役に30代の教員を指名しました。最初は放課後にミーティングをやろうと思っていたのですが、なにかと放課後は忙しいですし、急な生徒・保護者面談も入りがちです。そこで、時間割の担当でもあったメンター役の教員に、若手教員全員の空き時間を合わせてもらうようお願いし、開催していました。2週間に1度やれたら理想ですが、難しければ月に1回でもいいと思います。
話し合うテーマもメンター役の教員にお任せしました。年度初めは、とにかく何か困っていることはないか相談する会にしたり、定期テストが近づいてきたら「良いテストとは何だろう?」というテーマで話し合ったり、「宿題は出したほうがいいのか?」「生徒指導で困っていること」など、ざっくばらんに話していましたね。
とにかく、困ったと言えたり、弱音を吐けたりする場があることが大事です。生徒や保護者にきついことを言われて、すごく悲しい気持ちになったりすることは、誰にでもあります。そういう気持ちを1人で家に持ち帰らないで済むような、共感したり励ましてくれたり、苦労を分かち合えるような職場環境が整ったら、随分と変わってくるのではないでしょうか。
——初任者を支援する側の教員や管理職が意識すべきことは、どのようなことでしょうか。
教員は子どもを育てるスキルはあるかもしれませんが、大人を育てるスキルに関してはど素人だと私は思っています。初任者は、若くても、経験が乏しくても、教員免許を持っている専門職。生徒じゃない。それなのに、厳しいことを言ったり、至らないところを職員室の話題にしたりして、若手をつぶしてしまいます。
初任者は「私の技量がないからうまくいかないのかな」と悩みがちです。そうした時に「もっと厳しく生徒に指導しないと、舐められちゃうよ」などと、自身の成功体験を若手に押し付ける教員がいます。そもそも、若いとか、女だから舐められるなどというのは、昭和以前の価値観です。私は自分がうまくいったやり方に執着しようとするマインドを「再現性モンスター」と呼んでいます。
しかし、初任者や若手教員は素直だから、先輩の成功体験の通りにやってみるのです。そして案の定、上手くいきません。むしろ状況はもっと悪くなります。そうすると、ますます落ち込んで自信を無くしてしまいます。
まず、支援する側の教員や管理職は「自分の若いころはこうだった」というような、生存者バイアスは捨ててください。そして、初任者や若手教員が悩んだり、失敗したりした時は、「お前のやり方が悪い」ではなく、「一緒に乗り越えていこう」というあたたかい支援をしてもらいたいです。
——これからの初任者研修や支援について思うことはありますか。
学校教育は今、変革期を迎えています。行政が実施している法定研修の中身も、再構築する必要があると思います。
実は、これだけ多忙で大変だと訴えている割には、給特法を「詳しく知らない」という教員が非常に多いのが現実です。公教育は法律に基づいてさまざまなことが動いていることを、初任者のうちからもっと知らなくてはいけません。部活動だって、教員の本務ではないのに「断れない」という人がたくさんいるわけです。法律についてもきちんと学べて、働く人をリスペクトした、本当に役に立つ研修にしていかなければ、働き方改革も進まないでしょう。
また、管理職のなり手がいないことも、もう長い間言われていますが、それは管理職の裁量の広さと、仕事の面白さを伝えきれていないことが原因ではないでしょうか。若いうちから研修でリーダーシップやマネジメントを学び、「学校って変えられる」という事実を若手教員に示し、一緒に改善していく、勇敢にリスクをとる校長やリーダーが増えることが必要です。
——初任者へメッセージをお願いします。
子どもたちにとっては、「先生が若い」というだけですごく価値があります。例えば、家で親と対立したり、「大人なんて」と思っていたりする子どもにとって、自分と年齢が近い先生は「ちょっとは自分のことを理解してくれるんじゃないか」と期待しています。若さという価値をポジティブに捉え、素直に生かしてほしいと思います。
今、1人1台端末が入るなど、授業の在り方も大きく変わってきています。そもそも、1コマ50分をどの子も満足するように完璧にこなす授業は困難です。学級の中には「よく分かった」と思う子もいれば、「さっぱり分からなかった」と思う子も、「もう知っているよ」と思っている子もいます。
教員1人が黒板の前に立って30人以上の生徒に教え込む時代は、もう終わったのです。子どもたちが自分たちで課題を見つけたり、横のつながりで学び合ったり、ツールを活用して学ぶ。これまでのように、黒板の前で教員が1人で、すごく緊張したり、孤独だったり、うまくいかなくて落ち込んだりしながら教える、そういう感覚はもう持たなくてもいいと思います。
また、経験がないから自信が持てず、周囲やその場の流れに合わせてしまいそうになることもあるでしょう。でも、その結果、叱らなくてもいいようなことで生徒を叱ったり、「決まりだから」と守らなくてもいいルールを生徒に押し付けたりしていませんか? 「そもそも、この決まりは必要なのか」と考える視点を無くさないようにしてください。
学校は「安心して失敗できる場所」です。子どもたちがそう思えるには、あなたが何か失敗したときにも、その場逃れをするのではなく、格好つけることもなく、「失敗しちゃった」「ごめんね」と言えばいい。失敗したからこそ、人は成長します。それを忘れずに、日々、子どもたちと一緒に学んでいきましょう。
【プロフィール】
森万喜子(もり・まきこ)北海道生まれ。北海道教育大学特別教科教員養成課程卒業後、千葉県千葉市、北海道小樽市で美術教員として中学校で勤務。教頭職を7年勤めた後、2校で校長を勤め、今年3月に定年退職。現在は北海道公立学校初任段階教諭指導者。また、文科省「学校DX戦略アドバイザー」も務める。共著に『学校と社会をつなぐ!』(学事出版)、『校長の挑戦』(教育開発研究所)。