【45年前から個別最適】 緒川小のロマン、スタッフ、カリキュラム

【45年前から個別最適】 緒川小のロマン、スタッフ、カリキュラム
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 1978年、オープン・スペースを備えた校舎に全面改築されたことをきっかけに、一人一人の子どもの個性を重視する「個別化・個性化教育」の実践を進めてきた愛知県東浦町立緒川小学校。2021年の中教審答申を受け、緒川小の「個別最適な学びと協働的な学び」に改めて注目が集まっている。同小が半世紀近くに渡り、こうした学びを続けることができた背景には、「週間プログラムによる学習(週プロ、単元内自由進度学習)」をはじめとする充実したカリキュラムに加え、子どもたちを学校の主役にしようという教師たちの一貫した情熱があった。緒川小のこれまでの歩みを知る、鬼頭学校長に話を聞いた。(全2回の後編)

子どもの学びの支援者になる

――緒川小との関わりを教えてください。

 1995年度、当時は珍しいT・T加配教員として、緒川小の全ての授業に携わったのが始まりです。96年度から担任、2003~04年度には研究主任、05年度に拠点校指導教員を務めました。そして、18年度に校長として再び本校に赴任しました。緒川小との関わりは通算17年になります。私が最初に赴任してきた時には、オープン・スクールの開校からすでに17年が経っており、個別化・個性化教育は確立していました。

緒川小の中庭にある、ブドウ畑の前に立つ鬼頭校長。お気に入りの場所だという
緒川小の中庭にある、ブドウ畑の前に立つ鬼頭校長。お気に入りの場所だという

 緒川小には「学習の主体者は子どもである」「生活のある学校」「子ども主役の学校」「子どもは有能な学び手」といった子ども観が受け継がれていました。私自身は大学時代に「分からなければ子どもに聞け、子どもから学べ」と教えられていたので、こうした子ども観に違和感はなく、むしろ私にとってしっくりくるものでした。

 ただ「週間プログラムによる学習(週プロ)」や「はげみ学習(無学年制の基礎的・技能的内容の定着)」といった、緒川小独自の教育プログラムは初めてでしたので、1年目のT・Tの時には、かなり鍛えられました。全学年の週プロにT・Tとして支援にあたる中で、それぞれの学年でいろいろな子どもを見てきました。どんな学びをしているのか、どんな支援をしたらいいのか、ずいぶん考えました。こうした中で「安易に支援するのではなく、見守る、まずは声を掛ける」ことが大切だと思うようになりました。

――緒川小では子どもをどう捉え、どう支援しますか。

 大切にしているのは、子どもから学ぶ姿勢です。例えば週プロでつまずいている子がいたら、話を聞きます。取り組んでいる途中に声をかけてしまうと学習を妨げてしまうこともあるので、一日の学習が終わり、子どもが反省を書いて持ってきたタイミングで「進み具合はどうだった」などと聞いてみます。そうやって子どもの話を聞いた上で、「次の時間はこういう取り組みをしたらどうかな」「学習環境を変えてみては」などといった助言をすることもあります。

 子どもが困っていたら、教師はどうしても教えたくなるものですが、そこをぐっと我慢して、とにかく「学びが始まったら、子どもに任せる」というのが基本的な考え方です。自分で困難を乗り越え、解決していくことが大切だからです。

 とはいえ、子どもは突拍子もないことを言うものです。「独立国活動(緒川小独自の児童会活動で、子どもたちが自主的・主体的に学校生活や行事を運営するもの)」で、子どもたちが「あれがやりたい、これもやりたい」と言い出した時は、それはもう大変でした。子どもたちのやりたいことを実現するためには、大人である教師を説得しなければならない場面もありましたから。でも、子どもがやりたいことをどう実現させるかが、私たちの仕事なのかもしれないと思うようになりました。

 本来、やりたいことがない子、自分の意見がない子はいないと私は思っています。時間がないからと大人が急かすのではなく、じっくり考える時間を与えれば、子どもたちはちゃんと自分で考えます。それでも自信のない子には、教師が自信を与えるような支援をすればいいのです。

学校はいつの時代も子どもが主役

――緒川小が半世紀近くにわたって実践してきた「個別最適な学び」に、改めて注目が集まっています。

 緒川小はこれまで数多くの視察を受け入れてきましたが、近年は特に、視察に来られる先生たちの本気を感じます。校長先生、教務主任や研究主任の先生が本気で学びに来ているのです。個別に話を聞きたいという学校もあり、「この単元を2学期に週プロでやりたいので、力を貸してほしい」と言われることもあります。

 カリキュラム編成の権限を持つ校長が、自ら視察に来る意味は大きいです。個別最適な学びを実現するには、学校全体で組織的に取り組むことが重要になるからです。1年生から継続しているからこそ、6年生の子どもたちの自ら学ぶ姿が見られるのであって、そこではやはり全学年を通したカリキュラムが重要になってきます。

 個別最適な学びを続けていく上で一番大事なのは、教師の意識です。子どもは一人一人違うと認識した上で、子どもをしっかり見て、「この学びは一斉授業では難しい」「もっとたくさんのコースを作った方がよさそうだ」といった問題意識を持つことです。週プロの形式だけ取り入れるのではなく、教師が週プロに意味を見いだし、「これがいいな」と思わなければいけないのです。

 とはいえ、教師が「週プロがいいな」と思い込んで、週プロを取り入れることが目的化してしまうのもよくありません。最終的には子どもが「いいな」と思い、その子どもが学ぶ姿を見て教師が「いいな」と思えれば、続けられるのではないでしょうか。「子どもが目を輝かせて学ぶからやろう」と、みんなを巻き込むことができる教師がいればいるほど、学校全体で取り組みが進むと思います。

 それから、子どもに聞いて選択させる姿勢も大切です。「子どもに選択させると楽な方に行くのではないか」「間違えるのではないか」と考えてはいけないのです。ただ、「何のために学ぶのか」という意味付けは必要でしょう。その上で、子どもにはさまざまな思考の仕方、学習スタイルがあり、個性も生活経験も興味・関心もみんな違いますから、教師がそれに合った学びの方法を考えていく。それが、個別最適な学びの第一歩になります。

――緒川小はなぜ45年間も続けられたのでしょうか。

 ロマン、スタッフ、カリキュラム。その3つが揃っているからだと思います。

校舎の至る所に学びのヒントが掲示されている
校舎の至る所に学びのヒントが掲示されている

 まず「ロマン」ですが、週プロを形だけ取り入れようとしても、「学校をどうしたいか」「この子たちをどうしたいか」という熱い思いがなければ、どうしても続きません。決して楽ではありませんから。緒川小には「自分で学ぶ子どもたちを育てたい」という熱い思いが45年前から、今もなお、ずっと受け継がれていると感じます。

 次の「スタッフ」は人です。教職員はもちろん、地域のボランティア、ゲストティーチャー、PTAなど、多くの人々の力があってこそ、子どもたちを育てていくことができます。やはり、教育は人なのです。子どものさまざまな思いや願いに沿った活動を支援していく上で、これらの人々は欠かせない存在であって、共に学校経営を行っていく仲間です。

 最後の「カリキュラム」は、これまで積み上げてきた本校独自の教育課程です。例えば週プロは学習方法としては大切です。ただ「何のためにやるのか」「個別最適な学びとして本当にこれが良いのか」と考えていくと、上辺だけ取り入れても無意味で、それ以外に協働的な学びの場をどう作るか、子どもたちが主体的に力を十分に発揮する機会をどう作るかといった広い視野が必要になります。

 ロマン、スタッフ、カリキュラムのうち、どれか一つがあれば、個別最適な学びを始めることはできるでしょう。しかし、長く続けていこうとするなら、この3つ全てが揃っていないと難しいかもしれません。

――これから「個別最適な学び」に取り組む先生にアドバイスを。

 「子どもを見つめる」という原点に戻ることが大切です。子どもたち一人一人に、教師は何ができるのか。そこを的確に見つけていくことです。そこから目を離さないことです。週プロは確かに、個別最適な学びの一形態ではあるのですが、それが本当に、目の前の子どもにとって「個別最適」なのかを考えてほしいのです。週プロという形が適した子もいれば、そうでない子もいます。その子に合った学びをどう作っていくかは、それぞれの先生が、子どもをしっかり見ることにかかっていると思います。

 緒川小が今、再び注目され始めているのは、教師個人ではなく、学校全体で子ども中心の学びに取り組んできたからではないでしょうか。これは、緒川小のようにオープン・スペースのある校舎や、長年にわたって培われてきたカリキュラムがなくてもできることで、教師が「一人一人の子どもをしっかり見よう。そして、その子に合う学びを支援していこう」という気持ちでいることが最も重要です。とはいえ一人でやるのは限界があるので、教職員や保護者、地域の方など、多くの人と力を合わせて、学校全体で取り組む必要があります。

 子ども一人一人が、自分の持ち味を発揮し、さまざまな場で主役として活躍できる――。そのような学校を、全教職員で目指してほしいと思います。

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