世界中で教員は厳しい状況に置かれている。低賃金に過重労働、教師不足、管理強化、モンスター・ペアレンツへの対応、校内におけるいじめの頻発、生徒による教師への暴行の増加、さらに一部の国では学校はカリキュラムを巡って政治闘争の場となっており、教師は日々翻弄されている。そんな中でも、おそらく韓国の教師は最も過酷な状況に置かれていると言っても過言ではないだろう。
最近、2件の教員の自殺が報道された。6月にソウルの小学校の20代の女性が、教室内で自殺しているのが発見された。また9月にはテジョン市で、小学校の40代の女性が自殺しているのが発見された。いずれの教師も保護者のクレームに苦しんでいたと報じられている。
テジョン市の自殺した教師は、2019年に学校で他の児童に暴力を振るった児童を校長室に連れていったが、これに対して児童の両親は「児童虐待の罪」で教師を告訴していた。教師は、長年の裁判で疲弊し、自殺を選んだと伝えられている。儒教の国の韓国は、かつては長幼の序が重んじられ、親と教師は尊敬の対象であった。だが、現在の韓国では教師は子供と親の攻撃にさらされ、犠牲者となっている。激しい受験競争の中で教師に対する尊敬の念は失われ、高学歴になり、豊かになった親がますます独善的になっているのが理由だとの分析もある。
韓国の教員組合(Korean Federation of Teachers Association)が7月9日に発表した資料によると、過去6年間に暴行され、校内暴力で負傷した教師の数は1249人に及んでいる。同報告は、その数は氷山の一角に過ぎないと指摘している。報告の中で、6年生担当の教師が教室内で男子児童に数十回攻撃され、前歯を3本折り、PTSD(心的外傷後ストレス)に陥った例もあると書いている。だが、加害者の児童の親は被害者の教師を「児童虐待」で警察に通報すると威嚇し続けている。18年から23年6月までに100人の教師が自殺しており、そのうち57人が小学校の教師であった(『Guardian』2023年9月4日、「South Korea teachers stage walkout over harassment by parents and students」)。
こうした状況に対して、教師の中から「教師の権利を守れ」という声が上がっている。『Korea Times』は7月20日に「Teachers exposed to abuse and assault at schools due to lack of protection」、7月21日に「School teachers’ death sparks calls for improved educator protection, educational reform」と題する記事を相次いで掲載し、学校でいかに教師が攻撃にさらされているか、教師の権利が保護されていないかを詳細に報告している。そして「状況は若くて未経験な教師にとって極めて困難である」と指摘。さらに「韓国教育開発研究所の調査が2869人の教師を対象に調査した結果、55.8%が生徒の親が非協力的であることが仕事の妨げになっていると答えている」と書いている。教師が直面する最大の問題はモンスター・ペアレンツの存在である。
こうした韓国の教育状況に関して、海外でも詳細な報道が行われている。英BBCは9月6日付で「韓国で加速する親からの教師に対する嫌がらせ――自殺をきっかけに教師数万人が抗議」をいう記事を掲載している。「教師の自殺は韓国の全小学校教師の怒りを買った。9月4日、数万人の教師はストライキを行い、職場での保護を求めた。教師たちは、児童の威圧的な親たちから嫌がらせを頻繁に受け、終日、昼夜を問わず電話が掛かってきては、絶え間なく不当な文句を言われると話している」と、韓国の教師の置かれた状況を説明している。
児童生徒や保護者が横暴になるのには、理由がある。それは14年に成立した「児童福祉法」である。保護者は同法を“悪用”して、教師が児童生徒を指導した場合、親はそれを教師による「虐待」であると訴えるケースが続発している。教師は「児童福祉法」に基づいて「児童虐待」で告発されると、自動的に停職処分を受けることになる。
同紙は「教師たちは、暴力を振るった子供を静止しても虐待として告発される可能性がある。一方、口頭での注意はしばしば感情的虐待だと指摘される。こうした非難によって、教師たちは即座に停職になる可能性がある」と説明している。また「『児童福祉法』が制定される4年前には、乱暴な生徒を教室の外や後ろに追いやることができたが、現在は、これを親は児童虐待だとして訴えられる」という、デモに参加した教師の発言を紹介している。
現在の韓国政権は、こうした状況は前政権が「児童生徒の権利」を過剰に強調した結果であると指摘し、方向転換を図っている。韓国の教育部は「学級崩壊」を認め、イ・ジュホ教育部長官は「学校をあるべき姿に戻す」として、「新しいガイドライン」を発表した。その内容は、児童生徒の教室内での携帯電話の使用禁止、児童生徒の授業妨害の抑制、児童生徒の学習権保護などの指針が盛り込まれている。さらに保護者の教師面談の予約制の導入、教師の勤務時間外での保護者との面談の拒否なども含まれている。学校でいじめを行った生徒は、大学入試の内申書の中にいじめの事実が記載されることになった。
ソウルの全小学校では教師と保護者の電話を録音できる装置を設置することを決めている。これは、順次、全国の学校でも導入される予定である。
かつて教育は「教師」と「保護者」「地域社会」で協力して行われてきたが、現在では、それぞれが分断され、時には対立に巻き込まれる事態が起こっている。日本でも、韓国ほどではないが、似たケースが起こっているのではないだろうか。韓国の教師は「教師の権利の保護」を求めて立ち上がっている。韓国の例は、教育の基本的な在り方を問うているのかもしれない。