教員の働き方改革や処遇改善の施策を検討している中教審の「質の高い教師の確保」特別部会は9月26日、第4回会合として教員の健康・福祉に関する論点に議論を進め、長時間勤務の解消に向けた議論を本格化させた。先行事例としてヒアリングを受けた横浜市の鯉渕信也教育長は、職員室の業務アシスタントや部活動指導員など中学校1校当たり5人弱の支援員の配置、小学校体育大会の廃止など行事の精選、教職員や学校管理職の意識改革などに取り組んできた状況を報告。時間外在校等時間が月80時間を大きく超過するような長時間勤務が常態化している教員については、学校長が面談して課題を共有した上で改善計画書を作成して教育委員会に提出させ、その作業を時間外在校等時間が月80時間を下回るまで毎月繰り返すことを義務付ける、といった取り組みを説明した。出席した委員からは「このテーマでは文科省の政策手段は限られている。市町村の背中を押すことが必要だ」といった意見が出された。
中教審「質の高い教師の確保」特別部会は8月28日の前回会合で来年度予算概算要求に向けた緊急提言「教師を取り巻く環境整備について緊急的に取り組むべき施策」をまとめており、今回の会合から来年春に予定される答申に向けた議論を本格化させた。今年5月の大臣諮問では①教員の健康・福祉の確保②学校の指導運営体制③給特法を含む教員の処遇改善--の3点が挙げられており、このうち、教員の長時間労働の解消が焦点となる①から検討を進めることになった。
横浜市の鯉渕教育長は説明の冒頭、長時間勤務の解消に向けた取り組みについて「学校の働き方改革は、『これをやればうまくいく』というような、やわなものではない。とにかく考えられる全てのことをやってみて、何とか一歩一歩進めていくようなものと思っている」と述べ、働き方改革が「特効薬のない総力戦」であることを強調した。
説明によると、横浜市は2018年3月に「教職員の働き方改革プラン」を策定し、総合的な施策を全市で推進した。具体的な内容は、①体制強化=教員業務支援員や部活動指導員の配置など②業務改善=フレックスタイム制度の実施や1コマ40分で午前5コマ授業による日課表の工夫など③業務の適正化・精選=プール清掃を外部委託や小学校体育大会の廃止など④意識改革=中原淳立教大学教授らとの共同研究により、自校の働き方の現状を可視化するツールを活用した管理職研修の実施--といった4項目で構成されている=図表。
こうした取り組みの効果を検証する指標として、①2カ月連続で時間外在校等時間が80時間超となった教職員数②午後7時までに退勤する教職員の割合--の2つを設定した。その理由について、鯉渕教育長は「学校現場では突発的なトラブルなどの迅速な対応が求められることがあるので、仮にやむを得ず月80時間超となった場合でも、管理職のマネジメントによって翌月は長時間勤務にならないようにする」「午後7時までに退勤すると、土日出勤しなければ時間外在校等時間が(文科省の指針が示す)月45時間以下になる。『月45時間以下』という数字よりも『午後7時退勤』の方が、学校現場が意識しやすい」と説明した。
この2つの指標で働き方改革の進展状況をみると、①の「2カ月連続で時間外在校等時間が80時間を超えた教職員数」は、全校種の合計で18年度の3995人が22年度には2608人に減少した。22年度の2608人を学校種別にみると、小学校767人、中学校1675人、特別支援学校11人、高校155人となっており、部活動の負担がある中学校が約3分の2を占める。横浜市では25年度までに、該当者をゼロにすることを目標に掲げている。
②の「午後7時までに退勤する教職員の割合」は、18年度で小・中・特別支援学校の3校種の平均が69.7%だったが、22年度は高校を含めた全校種で76.2%に改善した。この指標は25年度までに90%にすることを目標としている。
こうした指標をみると、18年度から6年目を迎えた総合的な働き方改革によって、横浜市では教員の時間外在校等時間は確かに減少傾向にあることが分かる。そこで問題となるのは「過労死ラインである月80時間を大きく超過する長時間勤務が常態となっており、いまだ改善傾向が見られない教員が一定数いること」だという。
そうした長時間勤務が常態化している教員への対応について、鯉渕教育長は「今年度は月140時間超となった教員の在籍する学校長に対して改善計画書を作成し、人事所管課へ提出することとしている。ある月の時間外在校等時間が月140時間を超過した場合、学校長は速やかに当該教員と面談を行い、課題を共有した上で改善計画書を作成し、翌月は80時間を下回るよう具体的な取り組みを実施する。また翌月も80時間を超えてしまった場合は、月80時間以下となるまで毎月、改善計画書を作成し、最優先で取り組むこととしている」と説明した。
そうした教員が長時間勤務を続ける要因や課題について、横浜市では▽部活動の大会の役員業務や大会の会場校になった際の会場管理等が負担▽新型コロナウイルス感染症の5類移行に伴い、学校行事に初めて従事する教職員が増えたため、準備に時間がかかる▽生徒指導対応が日常的に生じている学校で、保護者に丁寧に対応している▽こだわりが強く、授業準備も時間をかけて納得がいくまで追求したい教員のため--と例を挙げた。これに対して、学校の主な取り組みとしては▽隔週で校長と当該教員との面談を実施▽部活動顧問を複数で分担して対応▽時間外在校等時間のグラフを見える化し、校内で共有--といった対応がみられるという。
鯉渕教育長は、委員から保護者の理解について聞かれ、「学校の働き方改革を進めるために、保護者の協力はとても大きい。横浜市のPTA連絡協議会から部活動のガイドライン順守などを保護者に通知してもらっている。ただ、正直に言って、保護者の理解は相当低い。部活動が強くなるために土日もやってもらいたいという感覚の保護者は多い。市内の小学6年生3万人が参加していた小学校体育大会の廃止に理解を得るのも大変だった。コロナ禍もあって、廃止することをやっと説得したという感じだった」と、率直に述べた。
また、授業準備を納得するまで追求するなどこだわりの強い教員については「とにかく説得を繰り返すしかない。教科にこだわりの強い教員と、部活動にこだわりの強い教員の両方がいる。説得しようとすると、『部活動のために自分は教員になったのであって、数学を教えているのは、仮の姿なんだ』みたいなことを言う教員がいる。そういう教員には『あなたの職務は違いますよ』と、頑張って説得している」と、対応に苦慮している状況を隠さずに報告した。
教員の健康・福祉に関する論点を巡る委員の意見交換では、教員の精神疾患による休職者の増加を憂慮する指摘や、教員の長時間労働について強い措置を求める意見などが相次いだ。
全国連合小学校長会会長の植村洋司委員(東京都中央区立久松小学校長)は「学校として喫緊の課題は、何といっても病気休職者の増加。別の言い方をすると、メンタルヘルス対策は非常に重要だ。保護者対応への負担が大きな要因になっているので、学校としては『1人で抱え込まない』『組織的に対応していく』ようにしているが、課題となっている」と述べた。
学校業務改善アドバイザーの妹尾昌俊委員(一般社団法人ライフ&ワーク代表理事)は「精神疾患によって1カ月以上休職している教員は1万人を超えている。その数は、この6年間で小学校で約1.5倍、特別支援学校で約1.4倍になっており、特に憂慮すべき状況だ。休憩が取れないノンストップ労働が続いており、これは今回ではなく前回16年の教員勤務実態調査の時にも分かっていたことなので、学校を休憩が取れる職場にするにはどうすればいいのか、もっと真剣に取り合ってほしい。また、教員の過労死を巡る裁判で、校長の安全配慮義務違反が認められている判決が相次いでいる。個人の要因もあるが、組織的な要因にも注目しないと、問題は解決しない、このことを教育行政として受け止めてほしい。学校における労働基準監督の在り方も、もっと考えないといけない」と、厳しく指摘した。
公務員の労働政策に詳しい西村美香委員(成蹊大学法学部教授)は「横浜市の事例から総合的に取り組まなければ、働き方改革は進まないという認識を強くしたが、そうした総合的な取り組みにおいて、労働時間管理を出発点にして、それと一体のものとして業務の見直しをしてほしい。なぜなら、労働時間管理と別立てで業務を見直すと、『どうしてもやめられない』『私が何とかします』と責任感の強い教員が業務を抱え込んでしまう可能性がある。時間外在校等時間の上限となる月45時間という指針があるのだから、その上限を絶対に超えさせないように業務を見直す、そのために業務の分担状況や担当者数を見直すことを一体的に取り組んでいくべきだ」と指摘。
その上で「ちょっと極端に聞こえるかもしれないが」と前置きして、「連続して何時間も働いていたら強制的に休ませる。上限を超えたら絶対に労働させない。破ったらペナルティーを課す。そういう強い措置があってもいいくらいだ。そうしないと取り組みのばらつきは是正されず、働き方改革は進まないと思う」と語気を強めた。
露口健司委員(愛媛大学大学院教授)は「同僚との信頼関係に欠ける教員や、孤立傾向のある教員が長時間勤務になりやすいという調査結果がある。いろいろなエビデンスを持ち寄って、なぜこの地域の、この学校の教員が長時間になっているのか、教員勤務実態調査のデータも合わせて精査が必要ではないか」と話した。
青木栄一委員(東北大学大学院教授)は「このテーマでは(市町村教育委員会が服務監督権を持つため)文科省が持っている政策手段が限られている。少なくとも、市町村単位で取り組み実態をリスト化して公開し、市町村の背中を押すことが必要になる。政令市は給与負担者であるとともに学校設置者であるので、小回りが利きやすいのは確かだ。そこから考えると、政令市ではないところでは、県と市町村がスクラムを組むことを促す必要がある」と指摘した。
また、今年4月に公表された22年の教員勤務実態調査の速報値で、中学校の部活動顧問で週当たり活動日数が6日以上になっている割合が前回16年の64.3%から6.7%に減っていることに触れ、「部活動の見直しは確かに全国的には進んでいるが、いまだに6.7%が週当たりの活動日数6日以上となっている。これは明らかに外れ値で、おかしなところだ。これは文科省として特定して集中介入をしなければいけない。労働時間のデータは外れ値が平均値をものすごく引き上げるタイプのデータなので、こういったところは介入すべきだと思う」と述べ、週6日以上活動している部活動顧問に対しては文科省が積極的に介入して改善を図る必要があるとの見解を示した。