変わる米国の大学教育 Z世代は大学教育に期待していない

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授業料の高騰で大学進学を諦めるZ世代

 筆者が20年前、米国の大学で教えているとき、クラスに何人かの社会人学生がいた。会社を休職したり、仕事を終えたりした後に、夜の授業を受講していた。彼らにその理由を聞くと、「会社で管理職に就くには修士号を持っている必要がある」と答えたのを覚えている。

 米国は日本人の一般的なイメージとは異なり、「学歴社会」であり、「階級社会」である。大学院を出なければ管理職に就けないし、大学を卒業していなければホワイトカラーの職に就けない。エリート大学は特権的な地位を享受している。大学中退あるいは高卒にはブルーカラーの仕事しかない。日本では“死語”になっている「労働者階級」という言葉は今でも生きており、階級で所得格差は歴然として存在している。経済的な面だけでなく、政治的にも重要な要素になっている。例えば、新聞の見出しに「トランプを支持する白人労働者階級」といった表現が頻繁に使われている。

 だが、その米国で大学進学を巡る様相が変わり始めている。『インサイダー』誌は「Gen Z is giving up on college(Z世代は大学進学を諦めつつある)」(9月5日)と題する記事を掲載し、最近の大学進学状況を報告している。

 それによると、2022年度の大学進学者数は前年比で400万人減った。大学は「人生を変える経験」を提供してくれる場所だった。大学卒の学位を得ることで、将来、高収入が得られる職に就け、「明るい将来」が待っていた。だが、同誌は「大学の学費があまりにも高くなり過ぎて、費用をかけても割に合わなくなっている」と指摘している。2010年から20年の間に授業料は年平均12%上昇している。同じ期間の平均インフレ率が2%であり、授業料の実質負担は大きく増加している。「現在、授業料は公立の4年生大学で平均10万4108㌦(約1500万円)、私立では22万3360㌦(約3300万円)である」と、いかに授業料が高くなっているかを指摘している。

 授業料が高くても、将来、高い所得が得られ、授業料が回収できれば問題はない。だが、「卒業後に期待できる所得は授業料ほど増えてはいない」(同誌)。19年のPew Research Centerの調査では、「過去50年、大卒の所得はほとんど横ばいである」。卒業後4年目の大卒の3分の1の年収は4万㌦以下で、高卒の平均所得(4万4350㌦)を下回っている。他方で多額の学生ローンを抱えている。平均学生ローン残高は3万3500㌦である。返済に追われ、多くの大卒は資産形成ができない状況に置かれている。

衰退するリベラルアーツ教育

 同誌は「大学の価値とコストのギャップが拡大しているため、Z世代の大学に対する考え方が変化し始めている」と指摘している。Z世代で大学教育を信用していると答えた割合は41%にすぎない。半分以上の人は大学教育に期待していないのである。14年の調査では、ミレニアル世代の63%が大学教育を信頼していると答えたのとは対照的である。

 米国の大学の最大の特徴は「リベラルアーツ教育」にあった。より広い知識と教養を身に付けるというのがリベラルアーツ教育のエッセンスである。だがZ世代はそうした教育に否定的で、「より良い仕事」を得るために専攻を決め、「クリティカル・シンキングや情報関連(to foster critical thinking and informed resources)に注目するようになっている」(同誌)という。言葉を換えれば、「実学重視」である。

 そうした学生の意識の変化に対応して、大学の授業も変わりつつある。高所得が期待できるコンピューター・サイエンス、エンジニアリング、ビジネス、健康科学といった分野を専攻する学生の数が増えている。例えばカリフォルニア大学バークレー校で最も人気がある専攻はコンピューター・サイエンスである。コンピューター・サイエンスは、14年には7位であった。さらに学生はキャリア開発のためにワークショップに参加したり、オンラインを使って単位を得たりなど、早く卒業しようとしている。

企業も採用基準を変えつつある

 学生の大学に対する態度が変わりつつあるのに対応して、企業も採用基準を変えつつあるという報道もあった(CNBC、22年4月27日、「No college degree?  No problem. More companies are eliminating requirements to attract the workers they need」)。大卒である採用条件を廃止する企業が増えており、「学歴ではなく、スキルをベースとする(skills-based)採用を行い、多様な能力を持つ人材を確保しようとしている」という。

 多くの企業は、特に労働者不足が顕著になってきている状況の下で、従来型の採用では限界があると感じている。例えばIBMでは、新規採用の50%は大卒の資格を採用条件にしていない。学歴ではなく、個人の能力やスキルを重視するようになっている。コンサルタント会社アクセンチュアは「徒弟制度(apprenticeship program)を16年に導入し、新規採用の80%は大卒の資格を持っていない。

 こうした学生や企業の変化は、大学教育の根本的な見直しを迫っている。日本でも、米国ほどではないが、「実学重視」へ変化しつつある。だが、伝統的な大学教育の在り方を捨てて良いものか疑問もある。以前、米国でリベラルアーツ教育の取材をしたことがあるが、その時、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教育担当者が「技術は日々変化し、すぐに陳腐化する。大学では、そうした目先の教育より、どんな変化にも対応できるリベラルアーツ教育を重視する必要がある」と語っていた。筆者には、所得の高い仕事を求める学生の要求に応えるだけでは大学教育は成り立たないとの気持ちが強い。

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