教室に入れなくても、学びを手放さない 不登校生徒の居場所作り

教室に入れなくても、学びを手放さない 不登校生徒の居場所作り
個別支援コーディネーターを担う渡邊主幹教諭(左)と、不登校対応非常勤教員の春田研究主事
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 不登校支援の一環として、落ち着いた空間で学習・生活できる校内の居場所(校内教育支援センター)の設置が各地で進められている。東京都八王子市立上柚木中学校(三田村裕校長、生徒264人)では今年度から、中学校区の支援拠点として専用の部屋を設け、新たに赴任した不登校対応非常勤教員が、生徒たちの支援に当たっている。利用する生徒たちの様子や、支援する上で教員が心掛けていることなど、始まったばかりの支援の様子を取材した。

「なないろ」なら登校できる

「なないろ」の部屋の内部
「なないろ」の部屋の内部

 「なないろ」は上柚木中の校舎1階、生徒用の昇降口から離れた保健室の隣にあり、他の生徒たちに出くわすことなく、裏側の通用口からさっと入ることができる。虹色の文字で「なないろ」と書かれたプレートが掲げられた扉を開けると、手前には会話や面談ができる机が3つあり、奥に個室が2つある。個室にはカーテン越しに、太陽の光がゆったりと差し込んでいる。

 「私たちは『なないろ教室』とは呼ばず、単に『なないろ』と呼んでいる」。そう語るのは同校の養護教諭で、個別支援コーディネーターを務める渡邊久美子主幹教諭。「通常の教室に入るハードルが高い生徒にとって、『教室』という言葉は重い」からだ。

 普段、この教室を利用している同校の生徒は7、8人ほど。生徒の利用は2パターンあり、普段は通常の教室で過ごし、一時的なクールダウンの場として利用している生徒と、通常の教室に入ることが難しく、「なないろ」に来ることを登校の目標にしている生徒がいる。校区内の小学校からも受け入れが可能で、現在は利用の相談を受けている段階だという。

 生徒たちの背景はさまざまだ。同年代の集団の中にいるのがしんどい子、特異な才能ゆえに適応が難しくなってしまった子、家庭の事情がある子――。「なないろ」の利用パターンもそれぞれで、ほぼ毎日来て、給食を食べて帰る生徒もいれば、週に数回来ることを目指す生徒のほか、来られる時だけ来る生徒や、質問や相談がある時に来る生徒もいる。それぞれが教科の課題に取り組んだり、本を読んだりして過ごしていく。

 ここで週4日、学習支援に当たるのが春田道宏研究主事だ。中学校の数学科教員としての経験が長く、市内の小学校校長を経て、今年度から不登校対応非常勤教員として同校に赴任した。「『なないろ』は校内の居場所ではあるが、ただおしゃべりをしたり、遊んだりする場所ではない。まずは興味のあることだけでもよいので、あくまでも学びの場所だととらえてほしい」と春田研究主事。そのため「ゲームやスマートフォンは持ち込まない」という学校のルールは、「なないろ」でも守ることになっている。

担任以外の教員とつながりができる

 正午に差し掛かったころ、「なないろ」に生徒が登校してきた。「よく来たね」「担任の先生には会えた?」。春田研究主事と渡邊主幹教諭が笑顔で迎える。「なないろ」を利用している生徒に、どのようなところがよいかを尋ねると、「人が少ないから、静かで落ち着ける」という答えが返ってきた。

 「なないろ」を利用する生徒の担任と春田研究主事、渡邊主幹教諭らは、教員用の端末で生徒の状況を随時、共有している。自身の学級の生徒が「なないろ」を利用している1年担任の太田麗紅教諭は「何とか学校には来たいが、教室に入られないという時に、生徒は『なないろ』で1時間ほどゆっくり過ごし、リフレッシュして教室に戻ってくる。『なないろ』だったら登校できるという生徒もいる。本当に大きな助けを得ている」と話す。

 同じく自身の学級の生徒が利用している1年担任の榎本有希子教諭は「担任はどうしても、授業や他の業務、出張などがあって、十分に生徒と関われないことがある。たまたま担任がいない時に、(不登校の生徒が)せっかく学校に来られそうな気持ちになったのに、担任がいないから対応できないとなっては困る。『なないろ』があることで担任以外の教員ともつながりができるし、教室以外にも、気持ちが向いた時に来られる居場所があることはよいことだと思う」と意義を語る。

 春田研究主事はこうした支援の目的について「中学校に全く足が向けられないという状況をできるだけ作らないこと。それから、自分の好きなことだけでもいいし、いやなことは避けてもかまわないけれど、学びだけは手放さないこと。一人一人の課題は違うが、この2つの目的の下で、できる範囲で柔軟に対応していきたい」と語る。

 さらに渡邊主幹教諭は「生徒たちが『上柚木中でよかったな』と思いながら、大人になっていってくれたらうれしい。高校や大学で新しいコミュニティーに入っても『中学校にはあまり通えていなかったけれど、あの先生に出会えてよかったな』『あの中学校でなかったら、今の自分はないな』と思ってもらえるような場所にしたい」と話す。

不登校生徒への接し方も「個別最適」に

 八王子市では不登校児童生徒の急増を受け、今年6月、市立小・中・義務教育学校における不登校総合対策「つながるプラン」を策定した。今後も各地域での不登校児童生徒の支援のニーズを見極めつつ、同市の小中一貫教育グループ(中学校区)ごとに教育支援センターを設け、不登校対応非常勤教員を配置していく方針。上柚木中はそのモデル校として、今年度から春田研究主事が不登校対応非常勤教員となり、「なないろ」を拠点に支援に当たっている。

上柚木中の三田村校長
上柚木中の三田村校長

 上柚木中でも不登校傾向の生徒は増えているといい、三田村校長は「学校との関わりをどう作るかが、とても難しい」と明かす。「無理に登校しなくてよいという近年の方針はよいが、だからといって学校が何もせず、生徒や保護者に任せっぱなしにするわけにはいかない。ただ、学校や教員によって生徒との関わり方に濃淡は出るだろうし、生徒の側もそっとしておいてほしい子もいれば、関わりを求めている子もいる。不登校の生徒に対しても、個別最適な接し方を考えることがポイントになるのだろう」と話す。

 そうした中、「なないろ」での支援については「最初から完成形でスタートしたわけではなく、家を建てながら住み始めたような状況で、現在も改善を続けている。それでも利用する生徒は徐々に増えており、一つの受け皿になっていると感じる。担任は授業や部活動、委員会指導などで、生徒と向き合う時間が十分に取れないこともあるが、そうした時でも担当教員がじっくり話を聞くことで、生徒の気持ちが安定することも少なくないはずだ」と評価する。

 その上で「もちろん教室に戻れれば一番よいが、それに負担を感じる子もいる。最終的な目標は、大人になるまでに社会に適応できる力をつけさせることだ」と三田村校長。「あとは、そのためのペース配分をどうするか。個々の生徒の持つパワーや、心の『感度』を見極めながら『この子は今、頑張らせたほうがよいな』『この子には逆効果になるな』といった判断をしていくことになる」と語る。

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