先進国の学校で共通する問題は「いじめ」と「校内暴力」であろう。前回の本欄で韓国の状況を紹介した。今回はカナダの状況を紹介する。カナダは他の国とは異なった問題を抱えている。多くの国では、いじめや暴力は子ども間の問題であることが多い。だが、カナダでは教員に対する子どもの暴力が深刻な問題になっている。
カナダの新聞は相次いで教師に対する子どもの暴力が深刻な問題になっていると報じている。『CBC』は5月15日に「Most Ontario elementary teachers experienced or witnessed school violence, survey finds」と題する記事を、『Global News』は9月30日に「Student violence on teachers is a growing concern. What can be done?」との記事を、また『National Post』も10月2日に「Teachers across Canada are reporting a rise in student violence and harassment」との記事を掲載している。
カナダ中西部にあるサスカチュワン州の教員組合は、組合員を対象に調査を行った。回答者の約30%が昨年1年間に子どもから肉体的な危害を加えられたと答えている。さらに、組合の委員長は「直接的な暴力ではないが、教員のコーヒーカップに異物を混入されるなどの行為もあり、教員に非常に有害であり、場合によっては危険な状況をもたらす」と説明している。さらに委員長は「こうした暴力の結果、教員が骨折したり、殴打されて目の周りに黒いクマができたり、鼻血を出したという話を聞いている」と事態の深刻さを話している。
オンタリオ州の小学校教員組合も組合員に対する調査を行ったところ、77%の教師が、子どもから直接暴力を受けたか、他の教員が暴力を受けたのを目撃したと答えている。さらに調査によれば、特別クラスの教員を含めると、何らかの暴力の被害を被ったか、目撃した割合は86%に増えることも明らかになった。今年度、肉体的な傷を負ったか、病気になった、あるいは精神的なダメージを負ったと答えた教員の割合は42%に達していることも分かった。
組合委員長は「調査結果は一般の人には驚きかもしれないが、組合員にとっては驚くほどのことではない。この何年間か、暴力は全州に広がっていると聞いている。学校内の暴力で学習が妨げられている」と、現場の状況を語っている。
オンタリオ州の組合の調査では、次の特徴が明らかになっている。①年齢の低い子どもを担当している教員の方が暴力に遭う可能性が強い②特別クラスで教えている教員の86%が暴力を受けたか、同僚が暴力を受けるのを目撃したと答えている③80%の教員が、仕事に就いた時よりも現在の方が暴力は増えていると答えている④80%以上の教員は、暴力のために学級管理が難しくなっていると答えている⑤授業中に助手やソーシャルワーカーなどの支援を受けることはほとんどない⑥校長などの管理職は問題を知っているが、暴力を受けたと報告しても行動を取らない⑦組合員の42%は肉体的な傷害を受けたか、病気になったと答えている⑧組合員の約30%は傷害保険などに入っているが、常に賠償の申告が行われているわけではない。
組合の報告は「多くの学校が安全でないのは明確である」としつつ、「こうした暴力事件は、子どもが十分な支援者と教育に必要な資金などを得られない制度が原因である」と、州政府の予算削減や教員支援の脆弱(ぜいじゃく)な体制の問題を指摘している。「特別クラスの子どもなどは政府の予算削減で慢性的に十分な対応を受けることができない状況」であり、「危機的な割合で教員が負傷しているにもかかわらず、州政府は校内暴力に本気で取り組んでいない」と州政府の対応を批判している。
『CBC』は子どもの暴力事件の多発で、多くの子どもが停学処分になっていることを報道している(5月17日、「TDSB says 323 students suspended amid school violence this year」)。トロント地区教育委員会は、今年度に入って300人以上の子どもが校内暴力で停学処分を受けていると発表している。停学者の数は2018~19年度以降、最も多くなっている。
同教委は子どもの「暴力の定義」として、武器・同レプリカを所有すること、治療を要する危害を加えること、性的な暴行、武器を使って肉体的な危害を加えるか、脅すこと、恐喝などを指摘している。こうした暴力を行使し、停学になる子どもが増えているというのは、日本的な感覚では信じ難い状況である。これは、もはや学校ではない、という印象を受ける。
教委は学校での暴力問題に取り組むために、保護者と協力したり、安全管理体制を強化したり、カウンセラーの採用を増やすなどの安全対策を計画している。教委の担当者は「学校の状況はコミュニティーの状況を反映している」と、学校だけでは問題解決は難しいと語っている。また教委は、放課後に子どもを対象とする学習やレクリエーション・プログラムを提供したり、個別指導をしたり、食事の提供などを行う計画を立てたりしている。
トロント市の教育行政の担当者は「学校での暴力の増加問題に取り組むためには、より強力な支援が必要だ。トロント市の若者は貧困と暴力、犯罪の犠牲者である」と語っている。校内暴力の責任を子どもに問うのは正しい方法ではない。学校の病理は、社会の病理を映し出しているだけかもしれない。