子どもが考えを交わし合い、確かな学びに向かう対話。その実践に必要な土台とは何なのか――。「対話型授業」を真の意味で実践する新潟大学附属新潟小学校の中野裕己教諭に、インタビューの最終回では授業づくりのポイントや実践に至るまでの経緯、今後の展望を聞いた。(全3回)
――前回、子どもたちに対して素直に「すごいな」「すてきだな」と感じたことを意識して言語化し、日常的に褒めていると話していました。授業の様子を見ていたら、子どもたちも他の子の話を促したり褒めたりといったことを自然にしていて、中野教諭の言動から暗黙に学ぶ「ヒドゥン(隠れた)カリキュラム」になっていると感じました。
モデリングはすごく意識しています。「話した人の気持ち、分かったかな?」とよく問い掛けるんですが、これは「問われなくてもそういう態度で学んでほしい」という願いでもあります。
私が1年間、繰り返し問い続けていくと、自然と子どもたちは他の子が言ったことに対して「ああ、こういうことか」とか「分かったよ」とか言ってくれるんです。だから、私自身がモデルになることが、子どもの聞く態度を育むことにつながると考えて、意識的にそう振る舞っています。
――現在のスタイルに至るのに、コロナ禍の1年間が大きかったとのことでした。
そうですね。今は異動してしまいましたが、以前この学校にいた教員と同じ学年を組ませてもらった時に毎晩、職員室で子どものことを話していたんです。その教員も授業研究、子ども研究が大好きで、子どもが「何をしているのか」「何を考えているのか」について話し合い、とても楽しかったんです。その教員の考え方にも、もちろん影響を受けました。自分が一番変わった年でした。
また、本校に異動後は研究授業をすることが多くなり、子どもたちの姿を丁寧に記録する機会が増え、自分の授業を振り返ることも増えました。そうするうちに、「私が指示した通りに動いている子どもが、本当に学べているのか」という疑問を持つようになりました。
私が指示した通りに動いている子だけが学んでいて、そうではない子が学んでいないのかというと、そんなことはありません。それ以外の子にもその子なりのストーリーがあって、学びを進めているんです。
そういった事実を認識したときに、「今までやってきたことは違う」「もっとシンプルでいい」と思いました。だから、私が子どもに働き掛ける方法はごくシンプルにして、子どもたちが互いにもっと関わるような授業をつくっていきたいと思いました。そうして一から考え直すようになり、現在の授業スタイルに至りました。
――現在のような授業を構築する上で、具体的にどのように考えていったのか教えてください。
子どもにとって担任の影響力って大きいですよね。ただ立っているだけでも存在感がある。子どもたちは結構、担任の方をちらちらと見るんです。その時、子どもたちにどんな表情でまなざしを向けるかがすごく大事だと思うんです。怖い顔で立っていたら、子どもたちは萎縮してしまいます。
だから、子どもたちと視線が合ったとき、にこって返してあげるように意識しています。そうした表情は自分に余裕がないとできません。なので、時間的にも心理的にも余裕が持てるよう、仕事を効率良く進めることや心配事をなくしておくよう心掛けています。
もう一つは、子どもと子どもの間に「横糸」を通すことです。子どもはさまざまなことで教員を頼ってきます。例えば、「〇〇さんがこうしたよ」と訴えてきたとき、「じゃあこうすればいい」とか「それはこっちの人が良くない」などと担任がジャッジすると、子どもは「先生に解決してもらおう」と考えるようになってしまいます。
そうならないよう、「それで○○さんはどんな気持ちになったの?」などと聞くようにしています。つまり、まずは気持ちを言語化させ、「じゃあ、相手の子はどんな気持ちだったのかな」と考えさせる。その後、相手の子も呼んで気持ちを言語化させ、きちんとつながり合えるようにします。
そうやって生活指導上の問題にも細かく対応していくことが、教室の心理的安全性につながっていくと思うんです。互いの気持ちを探り合うような関係をより多くの友達と結ぶようになれば、授業中も自分の考えを声に出すことができるようになります。
――そうして授業で発言できたり聞き合えたりできるようになれば、今度はそれが普段の生活にも生かされそうです。
そうですね。やっぱり誰かの気持ちを分かろうとすることは、授業であろうと生活であろうと大事だと思うんです。対話をするときに、その言葉の背景に何があるのかを探ろうとする。そういう関わり合いが相乗効果として高まっていくと、子ども同士でうまく物事を進められるようになっていきます。
4月当初はバタバタしていても、そうした関わりを半年ほどしていくと落ち着いてきます。そして、子ども同士で動けるようになっていくのです。
――そういう子どもの姿を見た保護者からは、どんな話が出るのでしょうか。
授業を見た保護者の方が、「うちの子、あんなに友達の話を聞くんですね」と驚かれていました。子どもは家で自分の思いを素直に話します。そういう姿を普段から見ているから、学校で友達の話を聞きながら自分の考えを話す姿に驚かれるようです。
――自身が目指す教師像を聞かせてください。
子どもたちから「一緒に考える人」と思ってもらえる教師になりたいですね。「教えてくれる人」というよりも、「一緒に考える人」と思ってもらいたい。
私の授業を見てくれた他の先生方が「耳がいい」と言ってくれることがあるのですが、授業ではじっくりと子どもの様子を観察しています。何を見ているかというと、一番は「子どもの視線がどこにあるか」です。
かじりつくように教材を見ている子、黒板を一生懸命見ている子、話をしている友達を見ている子…。そうした子どもの視線を見ると、学びに参加できているかどうかを見取ることができます。
もし、視線がどこかをさまよっている子がいれば、すぐにその子の所に行ってあげたいと思って見ています。そうしたアンテナを高くするためには、事前の教材研究が重要です。その教材のポイントとなるところを細かく把握しておくのです。子どもが小さい声でも言ったことをキャッチできるのは、教材の中でその部分が重要だということを事前に把握しているからです。目で子どもの学び方を見て、耳で子どもが考えていることを聞き取る。そういうことを授業中はしています。
――コロナ禍の1年間で考え方を大きく変えてから、そういった教師像を目指して研さんを重ねてこられたのですね。若い先生方にとっても、その存在は大きな刺激になると思います。とはいえ、誰にでもできることではないようにも思います。
それはよく言われます。でも、若い教員もそうしたことを意識しながら毎日数時間、年間数百時間の授業をしていけば、「目で見て、耳で聞く」ことができるようレベルアップしていくと思います。
若手のうちは「うまく教えないと」と意識してしまいがちです。教育実習生も「教えないと」「予定していたことを終わらせないと」と思っています。もちろん、教えることも大事だし、計画した授業をやりきることも大事ですが、「教える」ばかりじゃなくて子どもに「教わる」こともたくさんあると思うんです。さらに言えば、授業中は教師も子どもと一緒に考えるべきだと思っています。
予定していたことが終わらなかったから授業が失敗したなんてことは、絶対にありません。大事なのは、子ども自身が授業で何を学んだかです。若い先生には、子どもと一緒に考えるスタンスを持ってほしいですし、「肩の力を抜いて、子どもと授業を楽しもうよ」と伝えたいですね。
【プロフィール】
中野裕己(なかの・ゆうき) 新潟大学附属新潟小学校教諭。1986年、新潟県生まれ。新潟市立小学校教諭を経て現職。全国国語授業研究会監事。授業改善コミュニティー「授業てらす」プロ講師。Google Educator Group Niigata Cityリーダー。 教員サークル「国語授業“熱”の会」代表。教員向けの研修で講師を務めることも多い。著書に『子供が学びを創り出す 対話型国語授業のつくりかた』『教科の学びを進化させる 小学校国語授業アップデート』(いずれも明治図書)など。新著『授業はタイミングが9割』(明治図書)を2月に刊行予定。