「こども大綱」の閣議決定を受けて、今後、全国各地の自治体でこども施策の計画づくりが本格化する。計画策定にあたっては、当事者であるこども・若者の意見を反映させていくことが求められている。こども大綱の評価と課題を有識者にインタビューするシリーズ第2回では、こども・若者が参画していくまちづくりを支援してきた「わかもののまち」の土肥潤也代表理事に、こども・若者の意見反映を進めるポイントを聞いた。土肥代表理事は、学校や地域といった身近なコミュニティーで、こども・若者の意見を聞くことを当たり前の光景にしていくべきだと呼び掛ける。
――土肥さんはこども家庭審議会の委員でもありますが、「こども大綱」におけるこども・若者の意見反映に関する議論を振り返って、どのような手応えを感じていますか。
「こども大綱」は「少子化社会対策大綱」「子供・若者育成支援推進大綱」「子供の貧困対策に関する大綱」を一元化したもので、もともとこども・若者の意見反映は「子供・若者育成支援推進大綱」の中で触れられていましたが、そこではこども・若者に関連する施策や世代間合意が必要な施策では、審議会の委員構成に配慮することや直接参加の意見交換を推進すること、ボランティアなどのこども・若者による社会参画・社会貢献活動を応援していくことくらいしか書かれていませんでした。しかし、それが「こども大綱」では第4章の「こども施策を推進するために必要な事項」として、1項を割いてこども・若者の社会参画と意見反映について、さまざまな観点から具体的に記述され、この分野としてはかなり前進したと感じています。
また、「こども大綱」に向けてこども家庭審議会で議論する過程では、こども・若者からの意見聴取の機会もさまざまな形で設けられました。そこで寄せられた意見は合計で約3800件にも上りましたが、それらを一つ一つ丁寧に検討し、反映できるものは反映し、反映できないものはその理由をこども・若者に分かるように説明するという作業を行いました。このこと自体、とても画期的だったと思います。
――こども・若者から意見を聞くことは大事だと思う半面、すごく大変だという印象を受けます。
意見の分析をしていく上では、今後、DXを進めていくなどの必要性は感じています。こども家庭庁では、国の政策に関してこども・若者の意見を集めるプラットフォームとして「こども若者★いけんぷらす」を始めていますが、改善の余地はあります。
こども・若者の意見を聞く際に重要になるのは、いろいろなチャネルを持っておくことではないかと考えています。例えば、こども・若者当事者の団体とひとくくりにしても、活動内容や雰囲気はそれぞれ違いがあります。はっきりとした問題意識を持っていて、行政に直接提言したいという人もいれば、SNSで本音をフランクに話したいという人もいるでしょう。あるいは、メタバース空間でアバターになって対話するというのも面白いかもしれません。このように、意見を伝えるにしてもさまざまな方法やコミュニティーがあります。その多様性を大事にして、より多様なこども・若者の意見を聞くことが必要です。
スウェーデンはこども・若者の社会参画が進んでいる国の一つですが、どうやって意見を聞いているかというと、例えばスポーツ少年団や生徒会といったものがアンブレラ構造の組織になっていて、まずは学校や地域などを単位にして意見を集め、さらに都道府県、全国と上がっていくうちに政府への提言としてまとめられていくような仕組みになっています。そして、スポーツ少年団、生徒会、あるいは政党の青年部など、意見を伝えるさまざまなルートがあるのです。
対して日本では、意見聴取を「こども若者★いけんぷらす」に集約しようとしている印象です。スウェーデンのような形で生徒会組織を整備したり、スポーツ政策に関しては各地のスポーツ少年団からも意見を吸い上げたりするといったような、多様なチャネルを作っていくことを考えるべきです。子どもの権利条約にも書かれていることですが、さまざまな意見表明の方法を確保することは、権利として保障されなければいけません。
――こどもの意見を聞くことがただのポーズになってしまっては意味がないと思います。しかし、何をもってすればこどもの意見を聞いたことになるのかも、突き詰めていくと悩ましい問題です。
自分自身もこども・若者の意見反映やその評価について研究したことがあるのですが、英国の先行研究では「インパクト評価」と「プロセス評価」の2つが必要だと言われています。「インパクト評価」というのは、こどもの声を聞いて、実際に社会がどう変わったか、施策がどのように影響を受けたかということを見ます。分かりやすい例を出すと「若い世代の定住人口がどれくらい増えたか」「こどもの自己肯定感がどれくらい上がったか」といった成果指標です。それに対して「プロセス評価」は、意見を聞いた直後などに、自分たちの声がどのくらい真摯(しんし)に聞かれたかをこどもたち自身が主観的に評価するといったことです。どうしても行政としては「インパクト評価」を想定しがちですが、ちゃんと「プロセス評価」も入れていかなければいけないと思います。
本当は「こども大綱」の議論でも、こどもの意見反映の評価についてもっと時間を割きたかった思いはあるのですが、今後、具体的な施策が「こどもまんなか実行計画」として形になる上で、指標についても議論されることになるということなので、引き続き「プロセス評価」の重要性については働き掛けていきたいです。
――今後、自治体レベルでこども・若者の意見を聞く取り組みが浸透していくでしょうか。
「こども大綱」がこども・若者の意見を聞くことをここまで打ち出したことで、自治体にはかなりのインパクトがあったと思います。ただ、こども・若者の意見を聞くことが行政にとってプラスになるというよりは「やらなければいけない」という意識がまだ強いと感じます。
そもそも、こども・若者の参加を考える以前に、市民参加がどれくらい進んでいるのかが問われているのかもしれません。自治体が何かの計画をつくる際に、パブリック・コメントなどで市民から意見を聞くことは増えていますが、市民参加や市民協働は形骸化しやすい。市民参加が進んでいないのにこども・若者の参加を促していくというのは、歪です。だから、市民参加とこども・若者参加は両輪で考えていかなければいけません。自治体でこども・若者の意見を聞くのは、こども施策の担当部署ではなくて、まちづくりや総合政策を担うセクションが担った方がいいのではないかという意見もあります。行政の中で、どの部署が旗振り役になるかは非常に難しい課題になりそうです。
――自治体がこども・若者の参画をまちづくりに生かしていくには、どんな視点が必要になるのでしょうか。
よく学校と地域の協働の議論でも「地域に異動はない」と言われます。自治体の職員や学校の教員は異動してしまいますが、地域には基本的に異動というものがありません。こどもが小学生から高校生くらいまで、あるいは若者になってからも、一貫してずっと見守れるのは地域なんです。そういう意味では、こども・若者の社会参画は、学校区や自治会といった、こども・若者の生活に身近なところから展開していくといいのではないかと思います。こうした小さなコミュニティーの単位で意見が言えて、反映される。そして、その地域の課題は自分の生活にも直結するものばかりです。
こうしたこども・若者の参画が地域に定着している好事例として、「わかもののまち」も関わっている静岡県菊川市があります。菊川市は人口が5万人弱の自治体ですが、市民協働センターがコーディネートする形で、もう十数年前から中学生や高校生の地域参画の取り組みを行っています。市民協働センターでは、アート活動やNPOへのインターンシップなど、高校生が参加できるプログラムがいくつもあり、高校生や大学生が主体となった「まちづくり部」の活動もスタートしました。昨年は、市としてこども・若者参画をさらに進めようと、「こども・わかもの参画宣言」を独自に策定したのですが、その宣言をつくる委員には、高校生や大学生が参加しています。
菊川市を見ていると、市民サイドの意識もかなり変化してきていて、地域の課題やまちづくりを話し合う場に、こども・若者が当事者としているのが普通の光景になっています。市長と地域住民が参加する「市政懇談会」にも高校生が参加しているくらいです。このように、こどもや若者がいるのが当たり前になると、何か意思決定が必要なときにも、自然と「こどもや若者の意見を聞くべきだ」となるでしょう。
地域の中で、大人とこども・若者が顔見知りになって、一人の小さい大人として認識することがとても大切なんです。
ドイツのミュンヘン市は、こどもと家族にやさしいまちづくりを進めたことで知られています。なぜこどもと家族なのかというと、こどもにやさしいまちになれば、全ての人にとってやさしいまちができるからです。ある意味で合理的な考え方なのですが、こどもがいれば当然、その親がいて、子育て世帯が増えれば、職場となる企業も集まり、まちが活性化します。そうした好循環を生み出すためには、最初にこどもにやさしいまちである必要があるのです。日本では千葉県流山市や兵庫県明石市などが、手厚い子育て施策を打ち出して人口も増えていることで有名ですが、菊川市も含めて、シンプルに言うとこどもや若者がやりたいことを実現できるまちが選ばれるということなのだと思います。
――こども・若者の社会参画を促すために、学校教育が果たすべき役割は何でしょうか。
今年度から、静岡県御前崎市にある県立池新田高校でアドバイザーをしているのですが、その高校ではこれまで、生徒の自己肯定感の向上のために、教師による生徒への声掛けを肯定的なものに変えていくなどの取り組みを行ってきました。その結果、生徒会が自ら提案する形で、校則の改正を実現したそうです。今までは、自分たちでルールを変えようなんてしなかった。それが、自己肯定感が上がっていく中で生徒が変わったのです。今度はそれをクラス単位で実践できるようにしたいということで、私が入ることになりました。
私が先生方に提案したことは「多数決の禁止」で、少しずつ実践が始まっています。多数決ができないとなると、何かを決めるとなれば、一人一人が納得するまで話し合わないといけなくなる。それが結局、個々の自己肯定感を高めることにつながると考えました。SDGsで誰一人取り残さないということが叫ばれているのに、現実には多数決によってどんどんマイノリティーの声を切り捨ててしまっています。
そんな社会構造を変えていくためにも、対話的な学校にしてこどもの参画を促し、自己肯定感も高めていく。だからこそ、こどもの意見表明を学校教育の中でもっと進めていってほしいですね。
【プロフィール】
土肥潤也(どひ・じゅんや) 1995年、静岡県生まれ。2019年、早稲田大学大学院社会科学部研究科修了。15年にNPO法人わかもののまちを立ち上げ、代表理事に就任。20年に一般社団法人トリナスを共同設立。「自分たちの住みたいまちは、自分たちでつくる」をキャッチコピーに、こども・若者の参画によるさまざまなまちづくりプロジェクトに取り組む。こども家庭審議会委員、同基本政策部会委員、同部会「こども・若者参画及び意見反映専門委員会」の委員長も務める。昨年、「Forbes Japan 30 Under 30(世界を変える30歳未満30人)」の一人に選出された。