子どもに武器でなく知識と愛を A.プロイダコフ教諭、ウクライナ

子どもに武器でなく知識と愛を A.プロイダコフ教諭、ウクライナ
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 戦時下のウクライナで、ウクライナ語・文学を子どもたちに教えている教師がいる。教育界のノーベル賞として知られている「グローバル・ティーチャー賞」(英バーキー財団主催)で昨年トップ10に選出された、アルトゥール・プロイダコフ(Artur Proidakov)教諭だ。130カ国、7000人を超える応募者の中から選ばれた同教諭は、教師になって14年。プロイダコフ教諭に「戦時下でも継続している教育活動」「ウクライナ語・文学を通して子どもたちに伝えたいこと」などを聞いた。

子どもたちには、ウクライナ人であることに誇りを持ってほしい


――中学生に教える傍ら、学校外でもさまざまな取り組みをされています。コロナ禍で立ち上がった国家プロジェクト「オール・ウクライナ・オンライン・スクール(All-Ukrainian Online School)」にも参加されているとのことですね。

 私は「オール・ウクライナ・オンライン・スクール」に、2020年秋(第2期)から参加しています。11クラスのウクライナ文学のコースを担当しています。ウクライナ全土にいる何千人もの生徒に、オンラインで学習する機会を提供できています。ウクライナ東部の一時占領地にいる生徒でも、学習が可能になっています。教材は全て自分で準備します。面白い対話形式の授業を準備するのに、毎回2~3時間はかかります。

 ――戦時下では「スピーク(Speak)」という授業にも取り組んでいますね。

 このコースは大人のための授業です。戦時中、ウクライナの人々は自国語を学び、文化や歴史の知識を深めることに大きな関心を寄せています。そこで私は、ウクライナの全ての人のために興味深い教育プロジェクトを立ち上げることにしました。

 まず、ウクライナ西部のコロミアにスピーキングクラブを作り、その後、ウクライナの首都キーウにも作りました。参加費は無料です。このアイデアがさまざまな人にとって興味深いものであったことを誇りに思います。レッスンの教材を準備するのは大変ですが、同時に刺激にもなっています。この教材も面白い対話形式の授業を準備するのに、毎回2~3時間はかかります。

22年秋、地下鉄のシェルターで開催された一般公開イベントにて。ウクライナ語の重要性について講演
22年秋、地下鉄のシェルターで開催された一般公開イベントにて。ウクライナ語の重要性について講演=本人提供

――ウクライナ語とウクライナ文学を教えることを通じて、次世代を担う子どもたちに何を伝えたいですか。

 次世代の子どもたちには、ウクライナ人であることに誇りを持ってほしいし、ウクライナの文化やアイデンティティーについてもっと知ってほしい。ロシアとの戦争では必ず勝利すると確信しています。次世代のウクライナ人がヨーロッパの価値観を守り、人間性や真実を大切にしてくれることを願っています。

生徒とのコミュニケーションでは、常に正直に


――授業ではどのような教え方の工夫をしていますか。

 授業中は生徒と一緒に行動するようにして、「5分、書く」「5分、ビデオ鑑賞をする」「10分、テキストを読む」「10分、討論をする」というふうに、小まめにアクティビティーを変える工夫をしています。ユーモアとポジティブな姿勢も重視し、生徒たちには「間違いを正すことが、本当の知識や真実への道である」と説明しているので、生徒は私や私の授業を怖がらず、ウクライナ語とウクライナ文学を好きになっています。生徒と一緒に学ぶことで、良い結果につながっていると思っています。

 ――生徒の意欲を高めたり、生徒と良い関係を築いたりするために、何をしていますか。

 私は読書、ウクライナの言語と文化が大好きです。私のように、ウクライナの現代文化の普及を本当に大切にしている先生とコミュニケーションを取ることで、生徒の学ぶ意欲が出てくるのだと信じています。何事にも正直であることが大事です。私は生徒とのコミュニケーションで、常に正直であろうと心掛けています。ビジネス・マネージャーとしてではなく、パートナーや友人として生徒に接しています。

22年夏、終業式での最後のミーティングにて、卒業する生徒たちと
22年夏、終業式での最後のミーティングにて、卒業する生徒たちと=本人提供

教師とは、新しい視野と可能性の扉を開くことができる人


――なぜ、ウクライナ語・ウクライナ文学の教師になったのですか。

 現代ウクライナの文化、特に文学が好きだったからです。私が専門とする文献学とは、言語と文化(文学、映画、音楽、演劇など)の結合を意味します。理論的なものではなく、生きているものです。教師になって、言語と文化をもっと学びたかったし、もっと多くの人にウクライナ文学を好きになってもらいたいと思ったからです。

 ――戦時下での教師の役割とは何でしょう。子どもたちにどのような姿を見せたいですか。

 私たちはフレキシブルでなければならないし、生活の調和を保たなければならない。現在、私たちの周りでは多くの悲劇や災害が起きているため、精神的な健康にも気を配らなければなりません。

 ――あなたにとって「教師」とは。苦労していること、幸せなことがあれば教えてください。

 教師とは、新しい視野と可能性の扉を開くことができる人です。全ての教師にとって、責任と尊厳は非常に重要です。

 現在、一番苦労しているのは、戦時下のため、身の回りで多くの悲劇を目の当たりにして毎日ストレスにさらされている時でも、教え続けていることです。

 特につらいのは、生徒たちと正義や価値観について話していると、「ヨーロッパの中心部で戦争が続いている現在、世界のどこにそんな価値観があるのか」と反論されることです。しかし私は、冷酷になるのではなく、人間性と文化を学ぶよう、生徒たちに教えることに努めています。

23年9月、破壊されたロシア軍学校の近くにて。プロイダコフ教諭(中央)はウクライナ国営テレビの中継でゲスト出演した
23年9月、破壊されたロシア軍学校の近くにて。プロイダコフ教諭(中央)はウクライナ国営テレビの中継でゲスト出演した=本人提供

 ――教師としての使命や夢を教えて下さい。

 私の教師としての使命は、ウクライナ全土の教師を鼓舞し、砲撃や絶え間ない脅迫にも負けずに、変革の担い手であり続けることだと思っています。

 現在、私はウクライナ全土の教師たちと多くのコミュニケーションを取っています。教育者への主な私のメッセージは「自分たちの活動に責任を持ち、自分たちの仕事を尊重する」ということです。なぜなら、この戦時下に「自分の仕事は不必要で、重要ではない」と考えて失望している教師がいるからです。教師として、私たちは自分自身を信じ、生徒を励ますために全力を尽くさなければなりません。一人一人の教師がクラスを変え、世界をより良く変えることができると確信しています。

 武器を手にするのではなく、知識の伝達や子どもたちとのコミュニケーションを通して、ウクライナへの愛情を子どもたちの中に育てていく授業を行う。この授業を通して「穏やかなウクライナ化」を行っていく。これが私の最大の強みであると思っています。

 そのため、私の夢は本を書くことでもあります。自分自身のこれまでの経験を書くことができれば、他の人々に役立つと信じています。

勤務先の小中学校「MriyDiy school」での授業
勤務先の小中学校「MriyDiy school」での授業=本人提供

国のため、世界のためにベストを尽くしたい


――日々、意欲的に行動する秘訣は何ですか。落ち込んだ時にどうしていますか。

 大切なのは私自身の選択だと思っています。泣いてもいい。何もせずに座っていてもいい。しかし、私は国のため、全世界のためにベストを尽くしたいのです。なぜなら、時には武器は一つの決断だけではないから。私は強くあらねばなりません。いつかは一息つけるだろうと思いますが、今は目の前の課題が山積みなので頑張っています。

 ――日本の読者へメッセージをお願いします。

 ウクライナを支援してくださってありがとうございます。私は日本に行ったことはありませんが、日本の文化や文学についてはよく知っています。戦争に勝利した後、あなたの国を訪問する機会があることを願っています。

 親愛なる同僚の皆さん、日常生活で責任感を持ち、生産性を高め、授業中の子どもたちの笑顔を忘れないようにしてください。そうすれば、全てがうまくいくでしょう!

勤務先の小中学校「MriyDiy school」のポッドキャスト放送を行っている様子
勤務先の小中学校「MriyDiy school」のポッドキャスト放送を行っている様子=本人提供

【プロフィール】

アルトゥール・プロイダコフ(Artur Proidakov) 1990年、ウクライナのスタハーノフ生まれ。2014年秋に起こったロシア占領のため同市を離れる。現在、ウクライナの首都キーウに住み、ウクライナの小中学校「MriyDiy school」でウクライナ語・ウクライナ文化の教諭を務める。2023年度「グローバル・ティーチャー賞」(英国のバーキー財団主催)のトップ10に選出された。

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