子どもたちの有能さを高める教育 資質・能力の意味(奈須正裕)

子どもたちの有能さを高める教育 資質・能力の意味(奈須正裕)
【協賛企画】
広 告

知識の所有は、よりよく生きるための手段

 資質・能力という言葉にも、学校はすっかり慣れたようである。しかし、その真意が正確に理解されているかというと、大いに心もとない。

 資質・能力とは「有能さ」を意味するコンピテンシー(competency)を訳出した行政用語である。ここでいう有能さとは、対象や場面と効果的に関われることを意味する。もちろん、知識の所有は有能さに不可欠な要因だが、知識さえ持っていれば、またその量が多ければ多いほど対象や場面と効果的に関われるかというと、ことはそう簡単ではない。

 例えば、秋の山にキノコ狩りに出掛けたとしよう。本でキノコの勉強をして、生物学的な分類やラテン語の学名まで知っている人が毒キノコばかり採ってくるといったことは、いかにもありそうなことだ。一方、そんなことはあまり知らないけれど、何度もその山に入った経験があり、いつ、どこに、どんなキノコが出てくるかをよく知っている人は、おいしいキノコをたくさん採ることができる。するとその人は、秋の山やキノコと効果的に関われた、つまり有能さを身に付けており、存分に発揮したということになる。

 さらに言えば、有能さそれ自体も最終ゴールではない。人がさまざまな問題場面に対し、有能さを発揮して質の高い問題解決に取り組むのは、個人としてよりよい人生を送るとともに、よりよい社会づくりに主体として参画するためであろう。OECD(経済協力開発機構)は、これを個人的・社会的ウェルビーイングと呼んでいる。従来の学校教育は問題解決における有能さや、その先にあるウェルビーイングいう本来の目的を忘れ、手段であったはずの知識の所有それ自体を自己目的化してきた、つまり主客転倒を生じていたのかもしれない。

深い学びは自在に転移可能な質の知識を目指す

 加えて、所有する知識が問題解決における有能さを高めるには、未知の問題場面にも自在に活用できる(転移可能な)質の知識になっている必要がある。ところが、従来の学校は主に学習評価を巡る事情などからこれを等閑視し、もっぱら知識の所有の有無のみを問い、ひどい場合には暗記的な質でも可としてきた。全国学力・学習状況調査におけるB問題やOECDのPISA調査、大学入学共通テストなど、知識の活用を問うテストが広がりを見せているのも、このような風潮の問い直しと考えれば納得がいく。

 また、ICTの進歩と普及により、情報としての知識自体はいつでも、またどこからでも容易に手に入れられるようになった。もちろん、的確な検索を効率よく行い、さらに入手した情報の真偽や位置付けの判断、活用の仕方に関する推論などを高い確度で行うには、ある程度の知識は不可欠であろう。しかし、そこで求められるのは、深い意味理解を伴う統合化された知識であり、自在に転移可能な質の知識である。深い学びとは、このような知識状態を生み出す学びの在り方を表現した言葉にほかならない。

 そのような質の知識を一定程度身に付けていれば、細かな知識の網羅的所有は大幅に割愛できる。できるだけ多くの知識と出合い、身に付ける機会を提供するのは望ましいことだが、カリキュラムには量的な限界があり、時代の進展や科学の進歩に伴い、すでに過積載(カリキュラム・オーバーロード)状態にある。知識の所有のみを引き続き優先させることは、結果的に有能さの向上という本来の目的から子どもたちを遠ざけかねない。

教育に関する主要な問いの転換

 そこでいったん原点に立ち返り、生涯にわたる子どもの問題解決における有能さを高めるには、どのようなカリキュラムや教育方法が望ましいか。これを総ざらいで点検し、必要に応じて刷新しようというのが有能さ、つまり資質・能力を基盤とした教育である。

 それは、教育に関する主要な問いを「何を知っているか」から「何ができるか」、より詳細には「どのような問題解決を現に成し遂げるか」へと転換する。そして、学校教育の守備範囲を領域固有知識の単なる習得にとどめることなく、それらを初めて出合う問題場面で自在に活用できる質にまで高め、さらに創造的な思考や的確な判断、豊かな表現などを支える汎用(はんよう)的認知スキル、多様な他者と協働して粘り強く問題解決に取り組むことを可能とする社会・情動的スキル(=非認知能力)、自らの学びをモニターし調整するメタ認知等の育成にまで拡充すること、すなわち学力論の大幅な拡充と刷新を求める。

 資質・能力を基盤とした(コンピテンシー・ベースの)学力論とは、単に学力を「知識、技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の3つの柱で捉えることではない。3つの柱を必然としてもたらした基底にある考え方をこそ、今一度しっかりと確認してほしい。

 

広 告
広 告