今後の幼児教育の在り方を議論している文部科学省の有識者検討会は3月11日、幼保小接続における資質・能力の捉え方を中心に専門家の意見発表が行われた。小学校以降の学習指導要領が資質・能力を基盤とした学力の育成を重視する中、幼児教育においても資質・能力の観点を詳細で明確に示すことが必要との見解や、幼保小の架け橋プログラムや幼稚園教育要領が描く姿と学習指導要領が重視する資質・能力との関係を整理することを求める意見が出された。
大学附属幼稚園で幼児教育における資質・能力のカリキュラム開発や保育者の研修に当たってきた田中孝尚委員(神戸大学附属幼稚園副園長)は「事実と解釈をしっかり分け、きちんと子供の事実に基づいてカリキュラムの改善をすることを求めてきた」と取り組みを説明。その経験から得た知見として「資質・能力の観点が詳細で明確になっていることが良い」と指摘した。
その理由として、田中氏は同園が今年度に行った研究会の参加者の振り返りから「資質・能力の観点が詳細になることで、今の幼児の育ちに応じた必要な援助や環境の構成をより具体的に考える手だてとなる」「教師の意識できていなかった資質・能力があることに気付き、教師の資質向上、保育の充実につながる」「(幼稚園教育要領や保育所保育指針が小学校入学までに育んでほしいとしている)『10の姿』をより具体的に考えたり、小学校や保護者への保育の可視化、連携をしたりするためにも分かりやすく良いと思った」といった内容を紹介した。
その上で、提案として①子供の学びを見取る観点も、ねらいの観点も全て資質・能力の観点に統一することが、全ての人にとって理解しやすくなる②3つの資質・能力の大きな枠組みはそのままに、さらに詳細な資質・能力の観点から要領・指針のねらいを整理し、明確に示していくことが良い--と述べた。
学習指導要領の実施に長く関わってきた田村学委員(國學院大学教授)は、幼児教育と小学校以降の学校教育には「言語としては共通性が欠けるために、会話がかみ合わないようなこともある」とした上で、「『10の姿』と資質・能力の3つの柱との関係を明確にしていくことで、幼児期と小学校のつながりが分かりやすくなっていくのではないか。資質・能力の3つの柱で整理していくと、幼児期から18歳まで連続したものとして整理することができる」と指摘。幼稚園教育要領や保育所保育指針が描いている「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」としている「10の姿」について、学習指導要領が資質・能力の3つの柱としている「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の枠組みに整理していくことが可能との見解を示した。
また、幼児期の学びや遊びのプロセスの価値について、「小学校以降は言葉と体験がクローズアップされてくるが、このうち幼児期では体験が重点的に行われる。この幼児期における体験について、ただ体験をするだけではなく、誰とするのか、いつするのか、どのようにするのかと整理すると、小学校以降にも連動するのではないか」と述べた。
評価についても「幼児期の評価は非常に丁寧に見取りが行われていると思う。学習指導要領の改訂で、これまで以上に見えにくいものを見取ることが求められていることを考えると、(小学校以降の学校教育は)幼児期に学ぶことが必要ではないか。育成する資質・能力をもっとクリアにイメージできれば、評価もより有効に機能していく可能性があると思う」と述べた。
奈須正裕委員(上智大学教授)は、まず、資質・能力が全ての教育段階を貫く学力論として位置付けられる中で、幼児教育が果たしてきた重要性を歴史的に振り返り、①ウェルビーイングを検討する中で、幼児教育が重視してきた非認知能力の果たす役割が大きいことが明らかとなり、それらも含めて学力論の再構成がなされた②資質・能力として訳出されたコンピテンシーの概念自体が、進んで環境に働き掛け、環境との相互作用を通して学び育つという乳幼児の発達のメカニズム研究から出てきた--と説明した。
次に、学習指導要領が掲げる個別最適な学びの原理として「環境を通して行う教育」があることに触れ、「その基底には全ての子供は生まれながらにして有能な学び手であるという、幼児教育が大切にしてきた子供に対する理解がある。従来の教師が教える教育に加えて、環境を通して行う教育がレパートリーとなると、幼小の接続がスムーズになることが期待できる」と説明した。
さらに学校教育にICTの利用が広がることで幼児教育との共通点が増えるとの見解も示した。「デジタル学習基盤が整備されると、教師も子供も教室に集っているけれども、子供一人一人が自分で時間を刻み、学びを生み出していくことになる。この対面非同期がデジタルでは基本になる。一方、環境に投資を行う幼児教育は、子供がその瞬間に必要なものに自分からアクセスするという構造になっているので、これも多くの場合で対面非同期になっている。デジタル学習基盤の拡充が授業のパラダイムシフトを推進し、幼小の滑らかな接続をもたらす可能性があることに注目したい」と説明した。
有識者検討会の正式名称は「今後の幼児教育の教育課程、指導、評価等の在り方に関する有識者検討会」で、一連の議論について今年夏前までに一定の取りまとめを行う見通し。文科省は取りまとめた議論を幼稚園教育要領の改訂に向けた大臣諮問に反映させる。