主に中学校を対象とした2024年度の教科書検定では、多くの教科書会社が二次元コード(QRコード)を掲載し、動画などのデジタル教材へ誘導する動きが一層広がった。背景にあるのは、デジタル教科書の利用拡大だ。24年度から全国の小学5年生から中学3年生の英語で先行導入され、対象教科は今後も増えていく見通しだ。動画などのデジタル教材は「教科書外」という扱いだが、その充実が教科書本体の商品力や採択を左右しかねない時代になったと言える。英語を取り扱う教科書会社に取材すると、学びの変化への期待とともに、負担の大きさを訴える声も聞こえてきた。
「授業を担当する先生たちからは、動画コンテンツの充実を求める声が圧倒的に多かった」
今回、中学校の英語の教科書を刷新した開隆堂出版編集第一部の吉田隆一部長はこう語る。現場の教員たちが動画を重視するのは、デジタル教科書の導入に伴い、学び方が変わってきたからだ。以前は音声を聞いて会話内容を想像させたり、絵や写真を使って紙芝居形式で導入したりとしていたものが、動画を含めたデジタル教材を活用すればより分かりやすく教えられる。
その一つが「役割再生」という学習方法だ。AさんとBさんの会話文を音読しながら練習する際、生徒はAさんの役をやり、Bさん役をコンピューターが担う。対話する相手がいなくても、こうした音読や対話の練習を1人で何度も繰り返すことが可能になる。吉田部長は「家庭でいつでも音声が聞けたり、動画を見られたりするので、復習や自学自習が進めやすい」とデジタル教材のメリットを強調。その上で「『使わなくてもいいけど、あったら安心だよね』という人間の心情につながり、教科書の商品力や採択に関わってくる」と説明する。
デジタル教材を重視する姿勢は他の出版社も同じだ。
同じく中学校の英語を取り扱っている啓林館は今回の改訂で、QRコードの掲載数を大幅に増やした。現行版では1~3年生で計115カ所だったものを、今回の改訂にあたって計230カ所に倍増させた。デジタル教材の数も、現行版の約3倍にあたる計711点に充実。また、現行版のデジタル教材は音声だけだったが、今回は教科書本文の内容を音声で流しながらアニメーションで表現したり、文法について動画で解説したりとコンテンツの幅も広げた。
担当者は「英語はデジタル教科書が100%導入されており、教科書から飛ばすコンテンツも教科書の一部と考えて充実させていくしかない」と話す。その上で「今後はどんな動画コンテンツを準備するかという議論が先にあって、それに合わせて紙面はどうしていくかという方向になってくる」と、教科書の作り方そのものが変わっていくとの見方を示した。
一方、こうしたコンテンツは無限に増やすことができるため、教科書会社にとっては大きな負担にもなっている。同社の担当者は「一昔前は、紙の教科書を作れば、後は音声を収録して終わりだったが、今はコンテンツを作る部分にかなり時間を取られている。作業量としては肌感覚で2倍、3倍ぐらい」と話す。開隆堂出版の吉田部長も「コンテンツを用意するには、コストも時間もそれなりにかかる。資本力のある教科書会社が有利になっていくのではないかという不安はある」と打ち明ける。
デジタル教科書が定着していく教室では、子供たちの学びにはどのような変化が起きるのだろうか。
開隆堂出版編集第一部の岩村真理さんは、多様な使い方ができることがポイントだと考えている。同社は今回、動画や音声を活用したデジタル教材を充実させたが、岩村さんは「増えたコンテンツは予習にも復習にも使うことができる。『個別最適な学び』というワードがあるように、それぞれ合うような形で生徒や先生に料理していただくようになっている」と説明する。
文科省教科書課は「QRコードの先にあるコンテンツについては『子供の関心に応じて使ってみてください』ということになる」と、あくまで教科書での指導が基本にあること強調する。その上で「みんなで学ぶ部分は教科書でやりながら、子供の興味や関心に応じて教師がコンテンツの活用を促すことも多いだろう。誘導先のコンテンツからさらに別のウェブページに飛ぶなど、児童生徒が自分自身で学び方を試行錯誤しながら次のステップに進んでいくことはあり得る」としている。
一方、文科省が掲げる「個別最適な学び」に生かしていくには、個人情報の取り扱いという壁もある。24年度から本格導入されるデジタル教科書は、一部の学習者用アプリや学習塾などが採用している学習履歴(スタディ・ログ)を使い、児童生徒一人一人の学習進度に合わせて指導することは想定していない。文科省は教育データの利活用のルールについて有識者会議で検討しているが、3月13日に示された審議まとめ案では、児童生徒の学びと教師による指導の両面で教育データの利活用を望ましい方向としている一方、学校現場や保護者の理解などを課題に挙げている。
開隆堂出版の吉田部長によると、児童生徒一人一人の学習進度に合わせたデジタル教材を搭載しようと思えば、技術的には不可能ではないが、今の時点では検討していないという。「ICT機器を活用して授業を効率的に進めたいというのが、今の先生たちの関心になっている。デジタル教科書の導入による学びの変化は、現段階では学校の授業の範囲にとどまるのではないか」と話した。