新年度が始まって早1カ月半。新入生は新たな学校の環境にやっと慣れてきた頃だろうか。実はわが家も4月から子どもが小学校に入学。今まで通っていた幼稚園との文化の違いに、わが子も保護者である記者自身も戸惑ってばかりだ。中でも悩ましかったのが学校のトイレ問題。昨年秋に開かれた入学説明会で「小学校のトイレはほとんどが和式なので、各家庭で練習を」と言われていたものの、家庭はもちろん、最近では公共施設や公園のトイレも洋式に改修されていることが多い。結局、実際に和式トイレで一度もトレーニングできないまま、入学を迎えてしまった。きっと同じような壁にぶつかっている新1年生とその保護者、そして、1年生の担任は多いのではないだろうか。子どもの排せつについて調査や提言を行っている日本トイレ研究所代表理事の加藤篤さんに、この悩みをぶつけてみた。加藤さんの答えは――。
今もなお学校に和式トイレが多いという課題は、文部科学省も認識している。昨年9月1日時点での公立学校のトイレの洋式化の状況を集計した同省の調査結果を見ると、公立小中学校の洋便器率は68.3%、和便器率は31.7%だ。2020年に行った前回調査に比べると洋便器率は11.3ポイント上昇しているが、幼稚園の82.0%や特別支援学校の88.4%と比べると明らかに低い(=グラフ①)。興味深いのは、各自治体の学校トイレの整備方針で、和便器を残す方針であるところが4割もある点だ。同省の担当者によると、教育的な目的に加え、衛生的に便器に座りたくないという子どももいるため、あえて和便器を残す方針の学校や自治体があるそうだ。
この割合について、加藤さんは「約7割と言えば一見多いように感じるが、社会の状況と比べると、学校のトイレ環境は遅れている。特に家庭のトイレのほとんどは洋式であり、そのギャップが子どもたちにストレスを与えている。もしかすると、和式トイレと最初に出合う場所が小学校という子どもも少なくないのではないか」と指摘する。
排せつは、文化やライフスタイルの影響を強く受け、習慣化されている。現代の子どもたちにとって、学校のトイレはこの習慣を急に変えるように強いているのかもしれない。
「排せつという行為は本来、生理的にリラックスした状態で行われるが、学校のトイレは子どもたちにとって緊張する場所になっているのではないだろうか。老朽化した学校のトイレは行きたくない場所になる可能性もある。その場合、与えられた環境に従うしかない。子どもに残された選択肢はトイレを我慢することになってしまう」(加藤さん)
その結果、懸念されるのは子どもたちの健康への影響だ。日本トイレ研究所は毎年11月に、小中学生が1週間の排せつの記録を付ける「うんちWeek」に取り組んでいる。23年に行った「うんちWeek」に参加した1万2307人の小学生の記録を分析すると、「排便のあった日数が2日以下」と「硬い便が2回以上」のどちらか、または両方に該当する便秘が疑われる児童は男子で23.6%、女子で28.6%に上った(=グラフ②)。加藤さんは「食べることと出すことは健康な生活を送る上で同じくらい重要。4人に1人の子どもが、出すことに課題を抱えているという事実を大人は重く受け止めて、改善に取り組むべきだ」と警鐘を鳴らす。
子どもの便秘がこれだけ多いことの原因の一つに、学校のトイレがあると加藤さんはみる。子どもに多い直腸性の便秘は、排便を我慢することで便が直腸にたまり、徐々に水分が吸収されながら便そのものは残り続けて硬くなり、直腸自体が鈍くなってしまうのだという。この我慢癖がつくと、慢性的な便秘を引き起こすことにもなる。「これを避けるには、排便を我慢しないことも必要だ。学習の場であり生活の場でもある学校で排便を我慢し続けるのは、便秘の問題からも身体によくない」と加藤さんは説明する。
実際に子どもの便秘と学校のトイレの関係を裏付けるデータもある。日本トイレ研究所が22年に行った「小学生と保護者の排便に関する意識調査」で、子どもが学校で排便したくなったとき、我慢することが「よくある」または「ときどきある」と答えた割合をみると、便秘状態ではない子どもは37.8%だったのに対し、便秘状態だった子どもは81.8%だった(=グラフ③)。便秘状態の子どもが普段から学校での排便を我慢していることはもちろん、便秘ではない子どももかなりの割合で我慢していることが分かる。
なぜ子どもたちは学校でトイレを我慢するのか。意識調査ではその理由も複数回答で尋ねており、一番多かったのは「友達に知られたくない」(26.5%)、次いで「落ち着かない」(22.2%)、「休憩時間内で間に合わない」(22.0%)だった。
加藤さんは、学校のトイレには「3つの間」、つまり、空間、時間、仲間の視点が欠けていると指摘する。まさにこれらの回答は、3つの間に深く関係している。
「和便器ということ以上に、子どもにとって学校のトイレ空間は暗くて汚い場所というイメージが強いと、安心して排せつできなくなる。小学校では短い休み時間にトイレを済ませなければいけない。しかし排せつは生理現象なのでコントロールできないときもある。休み時間に済ませるというルールは共有した上で、行きたくなったら我慢せずに行くというのも大切なことだ」と加藤さん。そして、排せつは恥ずかしいことではなく、行きたいときに行くのが大切だと子どもたちが理解し、クラス全体(仲間)で共通認識を持つことが重要だと強調する。
加藤さんは「この共通認識をつくるために必要なのがトイレ教育だ。しかし残念ながら、学校では食べること、休むこと、身体を動かすことは教えても、排せつについて学ぶ機会はほとんどない。今の学校のトイレは3つの間が、あるべき姿と逆の状態になってしまっている」と話す。
これは、学校のトイレを全て洋便器に改修すれば解決するかというと、そうではない。トイレが子どもたちにとって安心してリラックスできる場所になっているか。学校生活の中で、我慢せずにトイレに行けるようになっているかなども同時に考えていかなければいけないからだ。逆に言えば、仮に和便器のトイレでも、明るく清潔な空間で和便器の存在や使い方を丁寧に伝えれば、子どもたちのストレスは減るかもしれない。
加藤さんはトイレ教育の狙いを次のように語る。
「年齢や性、障害、疾患などにかかわらず、トイレはいろいろな人が弱みをさらけだす場所でもある。だからこそ、お互いに思いやって、みんなで清潔に快適に保つためにはどうしたらいいかを、子どもたち自身で考える教育が必要だ。子どもたちがトイレを我慢せず、トイレについて自分の意見を言えることができるようになれば、トイレは嫌な場所ではなくなる」