先進国に共通している教育問題は「教員不足」と「いじめ問題」である。フランスも例外ではない。特にフランスでは「いじめ問題」が特に深刻で、10人の子供のうち1人が繰り返し「いじめ」を受けていたという調査結果があった。
筆者は2021年12月に本コラムを書き始めたが、最初に取り上げたテーマがフランスの「いじめ問題」であった。小学校の少女の自殺を契機にフランス政府は「いじめ防止」に本格的に取り組み始めた。当時、議論されたのは「いじめ」を刑法の対象として処罰する法律を制定するかどうかだった。賛否両論あったが、世論は「いじめ」に対して厳しい対策を望んだ。その結果、法案がフランス議会で承認されて、「学校でいじめと戦う法案」が22年3月から施行された。
処罰の内容は、「いじめ」の被害者が8日未満登校できなくなった場合、加害者の子供は最高7500ユーロ(1ユーロ=168円で換算すると126万円)の罰金と1年半の懲役が課せられる。被害者が長期間欠席するか、自殺未遂をした場合、2年半の懲役と最高7500ユーロの罰金が課せられる。被害者が自殺した場合、5年の懲役と7500ユーロの罰金が課せられる。教職員が加害者の場合、3年から10年の懲役刑が課せられ、4万5000ユーロ(756万円)から15万ユーロ(2520万円)の罰金が課せられるという厳しい内容だ。
罰則が厳しいとの見方があるが、ジャン・ミシェル・ブランケール教育大臣(当時)は「同法の成立は学校でハラスメントが許される余地はないというメッセージを国民に送るものだ」と、その狙いを語っている。
こうした法律の制定に基づき、フランス教育省は「いじめに対応するガイダンス」を設定している。「いじめの定義」として、「子供が一人あるいは複数の子供から言葉、道徳的あるいは身体的暴力を繰り返し行われる状況」と説明している。「犠牲者」に対しては、「いじめ」の事実を「学校長、教師、監督者に伝えるか、両親に相談すること、被害者のために設置されている連絡センターに電話で伝えること」を勧めている。センターは24時間、専門家が待機し、相談に乗ることになっている。
「いじめ」があると知らされた校長は、学校のハラスメント・コーディネーターと状況に関して相談することが義務付けられている。また「学校長は被害者から『いじめ』の状況を詳細に聞かなければならない」と規定されている。また、被害者の両親に直ちに状況を連絡しなければならないほか、「既成事実認定申請書」を提出し、対応策を指示することになっている。さらに「学校長は加害者に対して懲罰の手続きを開始し、懲罰評議会を招集する」ことも義務付けられている。教育省の文書には「加害者は学校から永久に排除される」と書かれている。
23年5月に13歳の少女がいじめで自殺したほか、同9月にはいじめの容疑で授業中に生徒が警察に逮捕された。こうした状況を受け、フランス政府は同9月27日に「いじめ防止策」を打ち出した。(『France24』、23年9月27日、「French PM Borne unveils ‘uncompromising’ strategy to combat bullying in schools」)。発表に際して、エリザベート・ボルヌ首相(当時)は「対策は包括的でなければならない。学校だけでなく、子供の生活に重要な役割を果たすあらゆる場所でハラスメントとの妥協のない戦いを主導する」と語っている。首相は「いじめ防止は絶対的な優先事項である」と語り、ガブリエル・アタル教育相(当時)も「全ての教育機関は世界が終わるまでハラスメント防止戦略を講じなければならない」と決意を述べた。そして対策は「100%の予防、100%の発見、100%の対応」という「明確な哲学」に基づいて作成されたと語った。
具体的な対策として、①生徒に「共感性コース(empathy course)」や「市民訓練コース(citizen training course)」を受講させる②検察にハラスメントに関する体系的な報告書の提出を義務付ける③電話による相談窓口を新設する④全ての教職員がいじめ管理方法に関する専門的なトレーニングを受ける⑤政府は生徒への質問状の標準化を行う⑥加害者を他の学校に転校させる措置を講じる――といった内容である。
急増しているSNSによる「いじめ」に対して、アタル教育相(当時)は「SNSは大人の監督のないジャングルや遊び場であってはならない」として、15歳未満の生徒に親の同意なしでSNSに登録できない措置を取ったり、午後6時から午前8時までSNSの使用を禁止したり、深刻なケースでは携帯電話を没収する措置を検討していると語っている。
日本でも「いじめ問題」は深刻である。日仏の違いは、フランス政府が主導権を取って積極的に対策を講じているのに対して、日本では現場任せの状況にあることだ。個々の教員や校長に責任を負わせ、批判するだけでは問題は解決しない。政府が明確な政策を打ち出す必要がある。日本の政府関係者には、フランス教育相が語る「100%の予防、100%の発見、100%の対応」という哲学が見られない。