6月3~9日は、夜尿症への理解を深める目的で世界各地の関連学会や団体が呼び掛けている「世界夜尿症ウィーク」だ。日本ではまだおねしょと同一視されがちで、夜尿症は治療が必要な場合もあることはあまり知られていない。スクールカウンセラー(SC)としてさまざまな親子と関わってきた元東京成徳大学大学院心理学研究科教授で、(一社)スクールセーフティネット・リサーチセンター代表理事の田村節子さんは、子どもの夜尿症が学校生活の質に影響を与え、不登校や学力不振、学校生活の質の低下などの原因の一つになっている可能性があると指摘。家庭で対応すべき課題と思われがちな子どもの夜尿症について、教員も知り、意識を変えていくべきだと話す。
「『自分はできない』というのが最近の口癖になっている。小学校に入ったばかりのころは気が強いくらいだったのに、3、4年生くらいから、いろいろな面で自信をなくしてしまって、どうやって自信を付けさせればいいのか」
都内に住む香織さん(仮名)は、小学5年生になった子どもの最近の様子が気掛かりだ。季節によっても波があるが、子どもは今もときどき夜尿が残る。小学生になってからも夜尿が治らないため、夜尿症の治療を行っている病院にも一時期何度か通ったが治癒には至らなかった。夜尿への不安が拭えず、今も寝るときはオムツをはいている。
子どもが夜尿をしてしまっても、香織さんは「大丈夫だよ」と声を掛けるようにしているが、思春期に差し掛かり、夜尿のことを子どもが口にする機会もめっきり減った。宿泊が伴う旅行なども夜尿のことが頭をよぎり、いつも反応はネガティブだったという。
しかし今年は、宿泊を伴う学校行事が控えている。かつて通っていた病院にもう一度相談すべきかどうか、香織さんは決めかねている。夜尿症で再び病院を受診するということ自体が、子どもの自尊心をさらに傷つけるかもしれないからだ。今のところ、学校にも子どもの夜尿のことは伝えていない。
「子どもにしてみれば、たとえ先生であっても知られたくないだろうし、先生にも変な先入観を持って子どもに接してほしくない。でも、行事の前の保護者説明会などで夜尿について触れてくれたら、少し相談しやすいかもしれない」と逡巡する。
香織さんの子どものように、小学生でも夜尿が続くケースは決して少なくない。
日本夜尿症・尿失禁学会の「夜尿症診療ガイドライン」では、5歳以降で月1回以上のおねしょ(夜寝ている間の尿漏れ)が3カ月以上続く場合は、夜尿症と診断され、治療が必要な場合があるとしている。生まれたばかりの乳幼児は反射的に排尿するが、次第に自立排尿ができるようになり、3歳半で昼間のおもらしを、4歳ごろにはおねしょをしなくなるとされる。しかし5歳以降も、尿の量が多かったり、ぼうこうに尿を十分にためられなかったりして夜尿が続く子どもは一定数おり、日本では5歳で15%、7歳で10%、15歳以上でも1~2%が夜尿症であると言われている。
一般的に夜尿症は成長とともに自然に治癒する傾向にあるが、夜尿の頻度が多いと治りにくく、治療が必要になることもある。夜尿症の治療では、規則正しい生活や寝る前にトイレに行く、夕食後の水分摂取はコップ1杯程度にするなどの生活習慣の改善で1~2割は改善し、それでも治らない場合は、薬物治療や、夜尿をするとアラームが出るセンサーをパンツなどに取り付けるアラーム療法を行う。生活改善には2週間から1カ月、治療には2週間から3カ月ほどかかるが、75%以上の子どもが治療後2年で治癒するそうだ。早めに治療をした方が治癒率は高いという報告もある。
しかし、日本では夜尿症に対する理解が十分ではなく、小学校低学年では、夜尿症であっても医療機関に受診していないことが多い。そして夜尿症は、子どもや保護者の心身に大きな影響を与えている。
SCとして学校に行きづらくなった子どもやその保護者と面談をする中で、田村さんは、子どもの夜尿症がその背景にあると思われるケースがかなりあることに気付いたと振り返る。
「面談した母親の目のふちが赤く腫れていて、話を聞いていくと、子どもの夜尿を防ごうと、毎晩起きてトイレに行かせて寝不足だということが分かった。誰かに話してもこのしんどさが分かってもらえず、すごいストレスになっている」
夜尿症は子ども自身だけでなく、保護者にとっても大きな負担となっているのだ。夜尿によって親子関係を悪化させてしまうことにもなりかねない。ついイライラして、夜尿をしたことに対してきつく当たり、子どもを傷つけてしまうことも十分に考えられる。それが深刻化すると、心理的虐待やネグレクトに発展してしまうリスクもある。「保護者が思い詰めている様子は子どもにも伝わる。ますます『おねしょが治らないのは自分のせいだ』と考えるようになり、悪循環に陥ってしまう」と田村さん。そうなれば、子どもの自尊心はどんどん低下していく。実際に、夜尿症の子どもはそうでない子どもに比べて自尊心が低い傾向にあるという研究結果もあるほどだ。
子どもの夜尿症の問題は家庭だけにとどまらない。
「朝起きて布団が濡れていると『今日も失敗してしまった』と自分を責めてしまう。その状態で学校に行くことになる。学校では自分がおねしょをしていることは誰も知らないけれど、どこかで同級生とは対等になれない気持ちがあり、夜尿のことが頭から離れず、勉強にも身が入らない。そうなれば学校生活の質も低くなる」
田村さんは、夜尿症の子どもの心理をこう説明する。なぜ自分だけが今も夜尿が続いてしまうのかと悩んだり、きょうだいがいる場合は、家庭内でそのことをからかわれたり、責められたりすることもある。香織さんの子どものように、小学校高学年になれば宿泊行事も始まるが、夜尿症の子どもにとってそれは、「同級生に夜尿症であることがばれてしまうのではないか」という大きな不安につながる。
夜尿症の子どもの支援を、学校はどのようにすればいいのか。
田村さんが提案するのは、就学前健康診断で保護者が子どもの健康状態を記入する際に、チェック項目の一つとして夜尿症を追加し、その後も継続的に学校で夜尿症の子どもを把握することだ。夜尿症が項目に入るだけで保護者が意識するようになり、早いうちに相談や治療につなげることができる。
そして、夜尿症について学ぶ機会を設け、夜尿症の子だけでなく、周囲の子どもや教員が夜尿症について正しく理解する必要があるという。
「誰にも分かってもらえないという気持ちを夜尿症の子どもは抱えている。学校で教えることは、その子にとっても他の子どもにとっても、教室が安心できる場所になる第一歩になる。そして、やがてその子たちが親になったとき、子どもの夜尿症について正しく向き合うことができるようになる」と田村さんは期待を寄せる。
その上で田村さんは「夜尿症は学習に集中できなかったり、自尊心が低く友達と対等になれない気持ちを抱いたりして、学校生活にも支障が出ている。不登校などの問題と比べて見えにくいが、確かに存在している。夜尿症について教員が正しく理解し、その子の状況を意識することができれば、言葉掛けや向き合い方も変わるはずだ」と、子ども理解の面からも、教員が夜尿症に対する意識を変えることがプラスになると語る。