教科専門性こそ高校教師の原点 内田全高長新会長に聞く

教科専門性こそ高校教師の原点 内田全高長新会長に聞く
全高長の新会長に就任した内田都立三田高校校長=撮影:藤井孝良
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 教科教育の専門性を立脚点に――。先月にさいたま市で開かれた全国高等学校長協会(全高長)総会で、新会長に選出された内田隆志東京都立三田高校校長は、就任のあいさつで高校現場に向けてそう呼び掛けた。高校現場では、探究学習の取り組みや、大学入試・高大接続改革が進む一方で、働き方改革や教員不足などの課題も残る。難しいかじ取りが求められる中で、指針として内田新会長が打ち出したキーワードが「教科専門性」だ。なぜ「教科専門性」なのか。内田新会長にその真意と、高校教育が目指すべき今後の方向性を聞いた。

教師による研究団体への支援を

――全高長の総会で高校教員の教科教育の専門性を強調していたのが印象的でした。

 高校は大学などの高等教育につながり、普通科でも専門学科でも、教科・科目ごとに深い専門性を持った教師が教えています。そして、それぞれの教科・科目の持つ学びの面白さを子どもたちに提供し、それに触れた子どもたちが最終的に自身の進路を選んでいます。

 前会長の石崎規生東京都立桜修館中等教育学校校長はずっと「教育に対するリスペクト」を訴えてきました。教職に携わる者として、学校で教えること、生徒と接することの楽しさは誰しもが感じることですし、それこそが世の中から教師がリスペクトされることだと思います。特に授業はその根本で、授業こそ教科の専門性が問われます。

 この専門性はそのままでは陳腐化してしまうので、常に新しい内容や指導技術を取り入れてブラッシュアップしていく、まさに学び続ける教師であることが求められます。ただ、今の学校現場は非常に忙しくなっていて、学ぶ時間も学ぶ機会も失われている傾向にあります。公的な研修や大学での学びも大事ですが、これまでの教師の学びを振り返ってみると、教師によるさまざまな研究団体の存在の大きさに気付かされます。高校でも、都道府県ごとに教科・科目などの研究会があり、全国組織があって、定期的に大会を開いている。そういうところに出かけて、自分自身の実践を磨き、仲間と意見交換していくことで、教師として成長し、子どもたちに還元していました。それが難しくなってしまうと、教育が衰退していく可能性があるのではないか。だからこそ、この原点に立ち返って、高校における教科専門性の重要性に触れました。教員養成や公的な研修の充実だけでなく、こうした研究団体への支援も忘れないでほしいというメッセージを込めています。

内田新会長は、高校教師の教科専門性を高めていくことを強調する=撮影:藤井孝良
内田新会長は、高校教師の教科専門性を高めていくことを強調する=撮影:藤井孝良

探究学習で大学とつながることが高大接続の理想

――高校生がさまざまな探究学習に取り組み、その成果が出ている一方で、指導の難しさも指摘されています。

 探究学習は、やはり、生徒の自由な発想で自分がやりたいこと、社会で課題になっていることなどからテーマを見つけることが大切だと思います。かつて「総合的な学習の時間」だったときは、調べ学習が中心になってしまうことも多かったですが、「総合的な探究の時間」となって、学びの幅が広がりましたし、世の中の受け止め方も最近は好意的なものに変わってきたように感じます。

 一方で、幅が広いだけに、教員側の指導体制が問われています。例えば「世の中にはこんな事例がある」「この分野なら、あの大学のこの先生が詳しいからつないでみよう」などができれば、生徒の進路にも広がりが生まれます。高大接続改革の理想は、そういった大学の専門と生徒の興味関心を結び付けることにあると考えます。そのためにも、管理職も含めて教師の学びが高大接続の第一歩になればいいですね。

 もちろん、基礎学力を高校で身に付けた上で、望む進路に向けてチャレンジすることが大前提です。そして、そのチャンスはどの高校、どの地域にいても平等でなければなりません。だからこそ、大学入試では公平な選抜、機会の均等をしっかり担保していくことが、これからも大切です。

――高校での遠隔授業の規制緩和が行われ、不登校生徒への支援や地域間格差を埋めることへの期待も高まっています。

 コロナ禍でオンラインを使った教育やコミュニケーションが発達し、さまざまな可能性が広がっています。一方で危惧されるのは、オンラインでいいのであれば、良質なコンテンツを配信して、それで学べばいいという発想に陥ってしまうことです。

 重要なのは、オンラインで学んだことをどう咀嚼(そしゃく)するかです。遠隔授業を受けた後に、教室で生徒が内容を理解しているか、そこからどんなことを考えたのかを対話するといった直接のフォローアップこそ、オンラインをより高度な学びに活用するためには必要不可欠です。オンラインを推進していく上でも、リアルな教室で生徒にフィードバックをもたらす教師の存在をしっかり位置付けていかなければいけないと感じます。

業務に見合った定数改善へ先行投資を

――働き方改革は高校でも課題になっています。

 中教審の質の高い教師の確保特別部会が取りまとめた「審議のまとめ」では、教職調整額を少なくとも10%以上に引き上げることが注目されましたが、さまざまな業務がこの何十年かの間に累積したり、地域と家庭のハブとして学校が頼りにされる部分が大きくなったりして、結果的に教員の負担が増えたという現状があるわけですから、その業務に見合った定数改善は避けては通れないというのが、われわれ全高長の考えです。

 さらに優秀な人材を確保するのであれば、厳しい業務ほど賃金を増やさなければいけない。その一つの方法として教職調整額の引き上げがあるのかもしれませんし、あるいは働きに応じて残業代を支給するという可能性もあるのかどうか。これは、社会全体で考えていかなければいけない課題です。

 これは最終的に国の財政や経済に関わってきます。今のところ財務省は否定的ですが、そうではなくて積極的に、国の将来を見据えた先行投資を考えていく段階に来ています。今こそ対策を打たなければ、手遅れになる。危機的な状況だと思っています。

――教員不足は高校も深刻だと思いますが、特有の事情もあるのではないでしょうか。

 多くの人が教員養成大学・学部で教員免許を取得する小学校と異なり、高校は一般の大学・学部の学生も教職課程で教員免許を取ることが多いので、より他の公務員や民間に人材が流れやすいというのはあります。そこで、都道府県や政令市では、教員採用試験の実施時期を早める動きが出ています。こうした教員を確保する時期やシステムの問題ももちろんあると思いますが、やはり一番深刻なのは、自分が子どもたちに伝えたいということが十分に教えられず、仕事の忙しさのあまり自己実現ができない状況になっていることではないでしょうか。

 本来、高校教師は自分の教科・科目を教えることが楽しいし、生徒からのフィードバックが面白いから教師をしているので、魅力がない仕事ではないのです。むしろ、自分のやりたいことを実現していける仕事になれば、教師を目指す人は増えてくれるはずです。

 他方で、高校の場合、例えば英語や情報の教師など、教科によっては民間でも人手不足になっている場合もあります。地方では学校規模や持ちコマ数の関係で専任教員として採用できないケースもあり、そうなればますます人材確保は難しくなります。例えば、そうした人材を正規で採用し、複数の高校に派遣したり、地域全体の授業の質を上げるための教材開発に携わらせたりするといった発想も必要ではないかと思います。

「それって面白いね」から新しい学びが始まる

――読者にメッセージを。

 高校の教師として、自分自身が楽しいと思うこと、面白いと思うことを、まずは授業や学校の中で生徒に披露していく、実践していくことが大切だと思います。私も、生徒から「校長先生が一番楽しそうだね」と言われることがあるのですが、やっぱり教える側が楽しんでいれば、生徒が興味や関心を持ってくれるし、そこから探究学習などに発展していきます。だから、教育者として自分が面白いということを常に持って、子どもたちに伝えることを大事にしてほしいですね。

 生徒と教員が「それって面白いね」とお互いに語り合えれば、そこから新しいもの、新しいことが生まれるエネルギーになるはずです。

【プロフィール】

内田隆志(うちだ・たかし) 1965年、長野県生まれ。私立高校の勤務を経て、92年4月から東京都立白鴎高校教諭。専門は理科「生物」。東京都立総合工科高校副校長、東京都教育庁地域教育支援部兼指導部主任指導主事、都立浅草高校校長などを経て、2023年4月から現職。「生徒と同じように先生を励ましながら、校長自身も学校生活を楽しむこと」を大切にして、日々の学校経営にあたっている。

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