中教審「質の高い教師の確保」特別部会は、「審議のまとめ」で給特法を現行のまま維持することを提言した。
給特法を巡っては、周知のように、評価が大きく分かれている。論者の間だけでなく、学校現場でも同様の傾向がみられる。筆者らが行った学校に対するアンケート調査(※注)でも、給特法を何からの形であれ見直すべきとしている教員に、その具体的な見直し内容を尋ねた回答では、「教職調整額を維持しつつ時間外勤務手当を加算する」が小学校50.3%、中学校49.6%、「教職調整額を維持しつつ時間外勤務に相当する振替休暇を措置」が小10.7%、中6.2%、「教職調整額を廃止し時間外勤務手当を措置」小21.2%、中28.3%、「教職調整額を廃止し一定割合の時間外勤務手当を措置」小11.6%、中8.9%――などとなっていた。しかも、時間外勤務時間の多寡で給特法の実際の作用も違ってくるという錯綜する面もある。
そうした状況を踏まえて、今回、「審議のまとめ」(たたき台となった自民党特命委の提言)は、給特法本来の趣旨が生きて機能するように、将来的に時間外在校等時間を月20時間程度まで縮減する目標を示すことで、給特法の維持を広く容認してもらうという戦略的な提言をしたと考えている(給特法本来の趣旨については、4月のオピニオンで既報)。
確かに、それも給特法を巡るさまざまな論議に一応の決着をつける一つの方策であるとは思える。ただ、給特法維持の論拠として主張されている理由については、対立する主張間でかみ合う掘り下げた議論が十分に行われたとは感じられない。
「審議のまとめ」が、給特法を維持する主な理由として挙げている内容を再確認する意味で整理すると、以下の通りである。
第1に教員の職務の特殊性(職務命令下の職務と教員の自主性・創造性に基づく職務が混然一体の中、勤務時間を明確に勤務・職務内外と明確に区別することが困難など)、第2に教育の成果は勤務時間の長さではないこと(業務処理の能力などに関係なく、勤務時間が長いことを理由に、時間外勤務手当をその分支給することは不適切など)、第3に県費負担教職員制度下で服務監督権者(市町村教委)の時間外勤務縮減のインセンティブが機能しないこと、第4に公立は国立・私立と違い多様な地域と児童生徒に対応する分、教員の臨機応変さと裁量がより大きく、職務上の特殊性でも国立・私立とはその発現の有り様は異なること――などを挙げている。
給特法維持の上記のような理由に対しては、さまざまな疑問、批判もある。ここでは、一例として、日本労働弁護団の「公立学校教員の労働時間法制の在り方に関する意見書」(2023年8月18日、以下、「意見書」)の指摘を参照しながら、給特法維持の理由に対して疑問を呈したい。
第1の教員の職務の特殊性に対して、意見書は、教員以外にも勤労者の自主性、創造性が求められる仕事は多数存在しており、殊更に公立学校教員だけ差異を設ける理由はないと批判している。一例として、勤労者の裁量に多くを委ねる専門業務型裁量労働制も、実労働時間ではなく「みなし」時間を基に、労基法上の労働時間規制に服していることなどを指摘する。
産業構造や労働形態が大きく変わり、働き方の態様も多様化し、専門職型・企画型裁量労働制などのような、勤労者に大幅な裁量を認める職業が広がっているだけでなく、一般の企業・組織でも企画・研究などの勤労者の自主性・創造意性が求められている職務・業務が多くなっている中で、さまざまな工夫をして勤務時間管理を行い、ワーク・ライフ・バランスやウェルビーイングの向上を図ってきている実情がある。
それら民間企業・組織などの取り組みを参照しながら、公立学校においても、勤務時間の内外を区別する時間管理の在り方をさらに検討していくことが重要ではないかと思われる。
第2の「教育の成果は勤務時間の長さではないし、業務処理能力などに関係なく業務を迅速・的確に処理できない者の時間外勤務の長さに応じた時間外勤務手当を支給することは不適切」とする指摘も、皮相的な批判に感じられる。
多くの企業・組織でも勤労者が申請・報告した時間外勤務分をそのまま了承して、その分の時間外勤務手当を支給している実態があるわけではない。どんな職務のどんな時間を時間外勤務として認定するかなどのルール・基準を設ければ、そうした問題は解決できるはずであるし、実際、国立・私立学校でも、そうしたルール・基準を労使で合意し時間外勤務を管理している例がある。
第3の服務監督権者(市町村教委)のインセンティブが働かないという理由に関しても、意見書は、「給与負担の主体が異なるからといって市町村が野放図に時間外労働手当を支払うことは考え難く、市町村もその属する都道府県の一部であるから、かかる指摘はあまりに形式的に過ぎる。教員の労働環境の改善においては、市町村のみならず、国、都道府県、各学校等のそれぞれの主体がその権限と責任に応じた役割を果たすべきことが指摘されているのであるから、市町村の労働時間管理状況について都道府県等が把握・評価する仕組みを構築するなどして一体として取り組むように、国や都道府県がその責任を果たすことが求められているのであり、上記指摘の懸念も克服できる」と反論している。
至極まっとうな反論である。仮に、服務監督権者(市町村教委)のインセンティブに懸念があるのであれば、都道府県と市町村で合意する一定基準以上の時間外勤務に対しては市町村に時間外勤務手当を支給させる措置を図ればよい(そうした案に対しては市町村教委側から反発も想定されるが)。
そして、第4の国立・私立と公立の違いの指摘である。確かに、公立は地域性と児童生徒の多様性が大きく、抱える問題も複雑・困難であることは理解できるが、国立・私立と違い、教委という指導・支援・補完システムが存在しているという公立のアドバンテージも理解しておくべきである。そうしたアドバンテージがある中で、公立における職務上の特殊性の発現の違いを殊更に強調する必要はないのではないか。
以上のような論点を含めて、今後も引き続き、給特法と教員の勤務時間管理の在り方については検証と議論を続けていくことが必要であるし、また、そのことを文部科学省はじめ、関係機関に期待したい。
(注)アンケート調査の実施概要は下記の通り。
①全国都道府県の7ブロックから1県を選定し計7県を対象に、21年11月下旬から12月中旬の期間に実施
②県ごとに小学校全数の10%、関東と近畿のそれぞれの県は他県に比べ2~3倍の学校数であったため5%を無作為抽出し、調査票を郵送で送付・回収
③調査対象学校数:小学校221校、中学校110校
④調査票配布数:小学校は校長1枚、教員10枚、中学校は校長1枚、教員15枚
⑤回収率・回収数:小学校は校長87人(回収率39.4%)・教員651人、中学校は校長46人(回収率41.8%)・教員480人