保護者向けの講演会やセミナーをしていると、皆さん非常に情報収集に熱心で、時代の変化に敏感だということが分かる。
最近よく聞かれるのは、「AI時代に必要な力は学校では身に付かないのではないか?」「先が見えない時代を子どもが生き抜いていくために親にできることは何か?」「AIに仕事を奪われないようにするにはどうすればいいのか?」といった質問だ。
そこで今回は、「AI時代に必要な力は何か?」、さらに「AI時代を生きる子どもたちのために、学校現場で取り組めることはあるのか?」という2つのテーマについて、私の考えを述べたい。
まず一つ目のAI時代に必要な教育について。AIに奪われやすい仕事という観点で考えると、事務職などのホワイトカラーが影響を受けやすいと言われており、逆にブルーカラーと呼ばれる仕事はAIの影響を受けにくいという。
特に、AIがまねできないのは、人の感情を理解する「共感力」と、ゼロから新たな価値を生み出す「0→1」ができる「創造力」だ。
そのため、子どもに基礎学力をつけるのは大前提として、いろいろな人とのコミュニケーションを通じて多様性や協働性を学ぶ経験や、五感を使ったアナログな体験をさせて、共感力と創造力を育むことも大事だろう。
次に、ChatGPTにできることと人間にしかできないことの違いについて考えてみたい。
ChatGPTの最大の強みは、データから「中央値」を出すことだ。「外れ値」を出すことはできない。もっと分かりやすく言うと、ChatGPTはネット上にある情報や意見の要点をまとめるのは得意だが、ネット上にない情報を出すことはできないのだ。
でもわれわれ人間は、何か気になることがあれば関係者から直接話を聞いて、現地で見聞きした一次情報の「外れ値」を知ることができる。これはAIにはまねできないことだ。
また、ChatGPTはこちらから問い掛けなければ何も答えてくれない。自分が求めている回答を得るためには、適切な問いを立ててAIとコミュニケーションを取らなければならない。
さらに、問いに対する回答が正しいかどうかを見極め、その内容の良し悪しを評価できなければ、ChatGPTを有効活用することもできないだろう。
こうしたことを踏まえると、AI時代に必要な力としてまず次の4つが考えられる。
①自ら問いを立てる
②問いを言語化してAIとコミュニケーションする
③AIが出した答えの正誤を見極め、評価する
④AIの回答をどう活用するか判断し、実行する
では、こうした力を育てるために学校でどんなことができるだろうか。
最近、導入するケースが増えている探究学習は、①の力を育てるのに適しているだろう。生徒が自ら課題を設定し、その課題を解決するために必要な情報を収集、分析して、他者と意見交換や協働を繰り返しながら学習活動を進める必要があるからだ。
もう一つ私がお勧めしたいのは「哲学対話」だ。これは、コロンビア大学哲学科教授のマシュー・リップマンが1970年代に確立した教育プログラムで、日本では東京大学大学院総合文化研究科の梶谷真司教授が始めた取り組みだ。
私も哲学対話のワークショップに数十回ほど参加・主催したことがあり、さまざまな職業、年齢の人と対話した。
哲学対話には、次の8つのルールがある。
・何を言ってもいい。
・人の言うことに対して否定的な態度をとらない。
・発言せず、ただ聞いているだけでもいい。
・お互いに問い掛けるようにする。
・知識ではなく、自分の経験に即して話す。
・話がまとまらなくてもいい。
・意見が変わってもいい。
・分からなくなってもいい。
このルールを守って、あるテーマについてその場に集まった人が、話したいだけ話す。ただこれだけのシンプルなプログラムで、ゴールや結論があるわけではない。
けれども、自分の考えを言語化して人に話さなければならないため、自分と向き合い頭の中を整理する必要がある。また、いろいろな人の考えを知ることで、自分を見つめ直すきっかけにもなる。つまり内省ができるのだ。
私はどちらかというとせっかちな性格だから、哲学対話で人の話をじっくり聞く忍耐強さも身に付いた。その場で何か結論が出るわけでもないからモヤモヤが残ることも多いのだが、梶谷先生は、モヤモヤが残ることはいいことだとおっしゃっていた。なぜなら、結論が出なければ考え続け、問い続けるからだ。
哲学対話は、グーグルやアップルなどのGAFAと呼ばれる世界トップ企業をはじめ、日本のビジネスの現場でも導入されている。教育現場でも、現行の学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び」が重視されてから、「子どものための哲学対話」が注目されるようになった。
哲学というと難しく聞こえるが、素朴な問いから始めればいいのだ。「なぜいじめはなくならないの?」「学校って何?」「生きるってどういうこと?」……。子どもたちに問いを考えてもらうと、「ゲームがやめられないのはなぜ?」といった身近なテーマも出てくるかもしれない。そのとき、先生も一緒に問いを立て、自分の考えを伝えて、生徒たちとお互いに問い掛けて対話してみてはいかがだろうか。
これまでの学校の勉強は、正解が一つしかない勉強を効率的に学ぶことを重視してきた。しかし今は正解のない時代だ。であれば、自分で答えを見つけるか、自分で選んだことを正解にしていかなければいけない。そのためには、自ら問いを立てて、試行錯誤しながら粘り強く考え続ける学びが、子どもはもちろん、子どもを指導する教員や保護者にも必要だと考えている。
教員と保護者の間でその共通認識ができれば、より良い学びになるだろう。
※見出しで「想像力」とあったのを、「創造力」に修正しました。